背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

美しい彼女

2024年01月02日 01時40分44秒 | CJ二次創作
しなやかな腕、細く伸びた指。その先の先まで神経を行き届かせる。
スローモーションで幾重も線を空中に描くように。
見えない光を追い求めるように、アルフィンが腕を宙へと伸ばす。
膝を畳む。そして伸ばす。トウで立つ。首をまっすぐ伸ばす。音は立てない。一羽の白い鳥になる。
1・2・3……アン・ドゥ・トロワ。カウントはゆっくりと。頭の中のメトロノームのリズムに合わせて。アルフィンは動く。
じっとりと汗が背に滲む。呼吸が次第に上がってくる。体温が上昇する。
でも、身体の熱は外には見せない。内に内に、力を収縮させて閉じこめる。
情熱は秘めてこそ、花。それがバレエの基本。
バーは掴んでいるけれど、掴んではいけない。体重を預けてはいけないと教わった。
手は、あくまで添えるだけだと。足ではなく背中で、背骨ですっくと立つのだ。バレリーナは。
あたしは優雅に羽を広げる蝶。水の中の魚。空を流れる雲。
自分が自分でなくなる感じ。ーーこの、頭が空っぽになってその場に溶け込むような感覚が、それに触れることがあたしはずっと好きだった。
いま、バーレッスンをしながら、そのことを緩やかに思い出していくーー


「アルフィンって昔バレエを習ってたの? ピザンにいるとき」
「ん。ちょっとね。たしなみ程度よ」
「バレエって、あのひらひらしたチュチュを纏ってこう手足をスラーと伸ばして踊る方のバレエですかい。バレーボールの方じゃなく」
タロスがベタなボケをかます。それを華麗にスルーして、リッキーが深追いする。
「えーすげー。白鳥の湖とか? くるみ割り人形とか?ああいうの踊ってたわけ」
「意外と演目に詳しいわね、あんた。そんな大層なもんじゃないわよ。少しかじったくらい。あたし、飽きっぽいからジュニアハイに入る前にはお稽古辞めちゃったしね」
「ーー見たい」
ぼそっと、そこでジョウが話に加わる。小声で。
え? 彼をのぞく3人が一斉に彼を見る。
視線を集めてもジョウは動じなかった。アルフィンが淹れてくれたコーヒーを口に運びながら、繰り返した。
「君がバレエ踊ってるところ、見たいな。似合いそうだ」
興味本位ではなく、純粋にそう思ってくれているのが伝わる穏やかな口調。それが分かるから、アルフィンは「また、もう~。無理よ、無理無理」と軽く一蹴できない。
「……えー」
アルフィンはコーヒーメーカーに手を添えて、困り顔を見せた。
「いいね。俺らも見たい。ねねね。動画とかないの、踊ってるところの」
「いいですねえ」
ジョウにつられて期待値に胸を膨らませて自分を見ているチームメンバー。
なんだかおかしな流れになっちゃったわ、とアルフィンは戸惑った。


ことの発端は、食事の後ふと、ジョウが漏らしたのがきっかけだった。
「アルフィンって、いつも姿勢いいな。背筋が伸びて凛としてるっていうか」
え? そう言われたアルフィンが手を止める。朝のルーティンでコーヒーを丁寧に淹れていたところだった。
「……本当? ありがとう」
唐突に褒められたせいで、驚いたように目を見開く。照れた様子で少し笑ってみせた。そこで、話が終わりと思いきや、
「それそれー。俺らもそう思ってたー。きれいだなって、なんつーの。立ち居振る舞いが」
「育ちがいいですからねえ、アルフィンは。お姫さまだから、生まれながらに品があるんですよ」
リッキーとタロスも同調する。朝から持ち上げられてアルフィンは赤くなった。
「止めてよ……。でももし、そうだとしたら、きっとバレエのおかげかな」
「バレエ?」
「うん。3つの頃からレッスン受けてたの。厳しい先生でね~立ちの姿勢基本からみっちり鍛えられたなあ。なつかしー」
「へええ」
……という訳だ。そして冒頭のやりとりに戻る。


そして、「見たいな」「うん俺らも見たい。昔の発表会とかの映像、ないの?」「王室のHPのアーカイブにはなかったと思うけど……」「国王か王妃に言ってデータ送って貰うってのは?」「タロスあんた、うちのお父様とお母様を何だと思ってるの?」「まあまあ、怒るなって冗談だよ、冗談」「でもきれーだろうなー。アルフィンのバレエかあ。見たいなあやっぱ」「そうだな」「……そ、そう?」「うん。見たい」
なんとなくそんな風にみんなで盛り上がって、バーレッスンでもいいから見せてほしいと頼み込んだ。
ミネルバの中だから、バレエ練習場のような専用のバーはない。渋るアルフィンに、リッキーが「ジョウの簡易ジムでいいんじゃない? あそこにはいろんな器具があるよ」と提案した。
ジョウが、身体を鍛えるため筋トレのマシンを置いてある狭い倉庫の別称だ。
「ああ確かに、あそこならいいかもな」
「手すりみたいなものもあるし。どうだい? アルフィン」
「ええ……もうずいぶんやってないし、無理よ」
アルフィンは尻込みした。トウシューズもないし、無論ウエアもチュチュも持ってきていない。自分は密航したのだ。この船に。からだ一つで故郷を飛び出した身。
「それに今更バレエなんて……」
「今更なんてことはねえよ、アルフィン。やれるときにやる。舞えるうちに舞う。花の命は短いもんですぜ、案外」
タロスが噛んで含めるように言った。
見るとリッキーもジョウも同意するように頷いている。
やれやれ。おかしなことになっちゃったわね。これは引っ込みがつかなくなった感じ?
でも、まあ。たまにはいいかな。しばらくぶりに踊るのも。ストレッチを十分して、手脚を広げて空を抱きしめる。あの感覚に浸るのも。
アルフィンは腹を決めた。ひょいと肩をすくめて3人に言う。
「うまくいかなかったらご愛敬ね。勘弁して。5年ぶりとかだもん」
「やりィ! そうこなくっちゃ」
リッキーが指を鳴らす。
こうして、急きょアルフィンのバレエレッスンが始まることと相成った。

「……アルフィンって、きれーだねえ」
じっくりと、ゆっくりと、時間をかけて羽化をする蝶を見守るように、3人は倉庫の片隅でバーに寄り添うアルフィンを息を詰めて見つめる。
レオタードもない、トウシューズもない、チュチュもない。華やかさは一つも見受けられない普段着でのレッスンだけど、みんなの頭にあるバレエのイメージとは違っていたけれど。
アルフィンが動くと、それはとても神聖なもののように映った。
光る汗が首筋を濡らし、結い上げた髪のおくれ毛が張りつく。
深く肺を満たす呼吸の音が空気をかすかに震わす。
ジョウは壁際に寄りかかり、腕を組んで彼女のレッスンを見守る。ふくらはぎの筋肉が締まり、彼女は片脚だけで身体を支える。
まるで重力を感じさせない。
「ああ……きれいだな」
本当に美しいものを目にすると、ひとは言葉を忘れる。
アルフィンが描く軌跡をただ心に焼き付けた。

END

「美しい彼」というTVドラマシリーズが好きです。
繊細な演出がとても素敵です。

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