「ジョウ、お前さんは、どんな女がタイプかね」
昼飯のさなか、こう尋ねたのはガンビーノだった。
俺は口に入れたばかりのスープを吹いた。ぶ!と咽せる。
「なんじゃ、ばっちいのお」
「ほれ」
ゲホゲホ咳き込む俺に、テーブルの向こうからタオルを放ってくれるのはタロスだ。首に掛かっていたやつだから、なんだか汗と潤滑オイルの匂いが染み付いていないでもない……。
しかし贅沢は言ってられない。俺はそれで口を押さえ、息を整えた。
ぜろぜろ喉を鳴らしながら、
「な、なんだよいきなり。飯時の話題かよ?」と、ガンビーノに噛み付く。
気にする風もなく、爺さんはヒャヒャヒャと笑って、
「いやー、えらくめんこいお姫さんがテレビに映っておるでの、ちょうどお前さんと歳の頃も違わない」
目でダイニングのテレビを示す。
確かにさっきからニュースダイジェストで、どこかの国王ご一行がチャーター機で到着、という映像が流れていた。聞いたことのない国名だったんで、ふーん外遊かと聞き流していた。
「確かに美人だなー。いくつ……まだ12か」
タロスが反応する。俺はこの話の流れで画面を見るのも気恥ずかしくて、意固地にスープを啜ることに集中した。
「ジョウの女の好みを聞いたことなかったの、そういやあと思うて。ーーで?どうなんじゃ?お前さんも年ごろじゃ。こーいうべっぴんさんが好きかの?」
「……別に、好きとか、好みとか、わかんねえよ。だいたいジュニアハイだって通わずにこの仕事、始めたしな。女の子と知り合う暇もねえ」
ずず、とわざと音を立てて啜る。マナー違反は承知の上で。お行儀よく、してばかり、居られるかっつーの。
すると向かいからニヤニヤ笑いとバリトンの良いお声が飛んでくる。
「あの子はどうなんです?小学校の、一個下に生きのいい娘がいましたね」
「ああ、いたのう。いつもジョウの後を追いかけて、あれこれ注意して回る気の強そうな娘っ子」
俺は肩をすくめた。
「ルーか、あれはただの幼馴染だ」
いや。どっちかってーとケンカ仲間かな?
「んなこと言ったら、ルーって子が気の毒ですぜ、ジョウ」
「何でだよ?」
素で聞き返すと、タロスはガンビーノと目配せしてやれやれと言った風に首を横に振った。
会話を引き取ったのは爺さんだった。
「ありゃあお前さんのことを好いとったじゃろう。誰が見ても丸わかりじゃったよ」
柔和な瞳でガンビーノが言う。
「嘘だね。俺、ルーにはクドクド説教食らった覚えしかねえもん」
「それは、アンタのことが好きだから。構いたいからそうするしかねえんでしょうが」
タロスが言う。
ーー?
「そうなのか、よく。わかんねー」
「罪作りよのう、ジョウも」
「無自覚なのが、一等いけやせんぜ」
俺は形勢が悪い気がしてようやくそこでテレビ画面に目をやる。
恰幅の良い初老の男性と、身なりが良く品のある女性ーー国王夫妻なのか、宇宙港で歓迎の使節団から花束を受け取って、にこやかな笑みを浮かべていた。
その脇にブロンドのきれいな女の子が映っている。
俺はそのニュースを眺めながら、パンをちぎって口に放り込んだ。犬歯で噛み裂く。
「第一、お前らの武勇伝ばかり聞かされてでかくなってきたから、今更女がどうのこうのって方が難しいんだよ。エロ話、ナンパ話ばっかり仕込んで俺を育てたのはどこのどいつだ?」
もぐもぐしながら突っ込んでやる。
ミネルバに乗る前から、わしは若い頃それはそれはモテた、とか、港ごとに待ってる女がいたとか、耳にタコができるくらい艶っぽい話を聞かされてきたのだ。女って生き物にあまり夢や望みを持てなくなったのは、誰のせいなんだと言ってやりたい。
そんでもって、話の締めはいつも異口同音に「でも、おやっさん、ダンが一番モテた。どこへ行っても、誰と居てもみんなオンナはダンに惚れてた」というオチになるのだ。
タロスとガンビーノはさすがにバツが悪そうな顔をした。
「まあ、そのう。武勇伝を伝えることで、変な女に引っかからねえようにっていう、なんだ、俺たちなりの親心ですよ、ジョウ」
「何が親心だ、タロス。今朝だってさらっと朝帰りしたくせに」
「え」
「何だと?タロス、お前さん、停泊中なのを良いことに、昨夜お楽しみじゃったか?このー、いい歳こいて。好き者め!」
わしにも声、かけんかい!と冗談か本気かガンビーノが声を荒げる。
やれやれ。今度は俺がため息をついて天を仰いだ。
そうだなあ……。ぼんやり夢想する。
「タイプとかはわからないけど、やっぱり可愛い子がいいかな。でも、見た目っていうより内面が可愛い方がいい。気が強くても、ほろっと弱音や本音を打ち明けてくれるみたいな。俺のこと、信じてついてきてくれるみたいな。いざという時には、芯がしっかりしてて、ブレない。そういう感じ?かな」
「ふうん。そーかそーか」
「うんうん。いいねえ」
は。
頭の中でイメージしただけのつもりが、なぜか口から言葉となって溢れていたらしい。ダダ漏れ。
2人の反応でそのことに気付かされ、俺は一気に体温が跳ね上がるのを感じた。
顔が、あっつい。
「健全でよろしい。ーーでも、外見も大事じゃよ?」
男も女もな、とウインクを決めきれずにガンビーノが言う。
「じーさんがそれを言うか」
「当たり前じゃ。で、ジョウよ、お前さん、こういうのはどうなんじゃ?」
くい、と下品に立てた親指の先には、くだんの国王夫妻の娘と思しき美少女が品の良い微笑みを浮かべて画面に映し出されている。淡い水色のワンピースに金髪が映えていた。
俺は数秒、その画面に目を留めた。それからおもむろに「ごっそさん」と食卓から立ち上がった。
「わかんね。身分が違いすぎらあ」
「ーーま、確かに」
興が削がれたように、ガンビーノが突き出した指をしまう。
「それにしても、めちゃくちゃ可愛いお姫さんだな。どこの国だって?」
「ん?さあ、何やらさっき、ピザとかなんとか言うとらんかったか」
「ピザ?んな、食いものみてえな国があるかよ」
「わしや、近頃耳が遠くての」
やり取りする二人を残して俺は自室に戻る。
ダイニングを後にしながら、自動ドアをくぐる前、俺は肩越しにテレビを振り返った。
……たしかに、ほんとに、可愛い子だなぁ。
名前なんて言うんだろ。そう思った矢先、ニュースが別のものに切り替わる。
ちえっ。
少し残念な気持ちを残して、俺は通路を歩き出した。背後でドアが閉まる音がした。
4年後。
俺が、その時のお姫様の名前を知るのは、4年後のこととなる。
end
モテ自慢は海の男の武勲。武勇伝をたんと聞かされて大きくなったと思います。
特におやっさんの。笑笑
好きな子のタイプとか若干厨二なJ君のカワユイ事よ。君もブレずにぴったりな子を見つけて良かったねえ。
この2人はこの時に会っても子供すぎて上手く行かなかっただろうし、10年後だったらお互い立場を考えちゃってやっぱり上手くいかなかったような気がしました。新作ありがとうございました。
お父さんのモテっぷりを聞いて育った彼も、姫が唾をつけなければきっと相当モーションをかけられていたでしょうねえ。。。などと思いつつ。
ふふふ