そわそわ わくわく。
武蔵野図書館付属寮でも、年に一度 この日ばかりは浮き足立つ。
2月14日を前にすると、寮生、特に男子が挙動不審な動きをとり始める。
夕食が終わってもなかなか共有スペースから去らないで、女子と雑談を続けたり、洗濯の際いつもよりたっぷり多めに柔軟剤(芳香剤入りの)を注入していい匂いに仕上げたり。同期の女子の荷物を持ってやって、点数稼ぎに走ったり。
寮母さんなどからしてみれば、「涙ぐましい努力」に力を注ぎ始める時期が来た。
「なんかうざいんだけど。【俺って甘党なんですよ、知ってました】とかわざわざ言ってくるの。神経疑っちゃうわ」
手厳しいのは柴崎だ。取り付く島もない物言いで、最近の寮の風潮を一刀両断。
手前に座った手塚が苦笑する。
「そう言ってくれるな。男の純情ってやつだ」
「チョコの数を競うのが、男の純情? 女を馬鹿にしてるわ」
はん、と肩を怒らす。
どうやらここ数日、あちこち多方面からかなりモーションをかけられたと見える。
柴崎のチョコはプレミアだ。業務部、特殊部隊問わず、男なら喉から手が出るくらいほしい垂涎ものだ。
そのせいで、ストレスが溜まりまくっているらしい。今日、たまたま夕食後、手塚と一緒になったのをこれ幸いと、鬱憤を晴らしている。
「義理でも何でも欲しいって了見がわかんないわ。いじましい。本命からもらえれば、それだけでいいって一途な男はいないの?」
「本命からもらえる希望があるやつならな」
手塚は言って、手元に広げた夕刊に目を落とす。
「……」
柴崎は口を噤んだ。
今のって……あてこすり?
まさかね。
腹芸ができないまっすぐな男を窺う。手塚は紙面を一枚繰りながら、
「お前は誰かにあげないのか。バレンタインは忌み嫌ってるみたいだけど」
「バレンタインが嫌いな訳じゃないの。単にイベントに乗っからされるのがやなだけ」
あげたいときには、自分で決めた日に相手に渡すわ。
そう言うと、「お前らしいな」と微笑が返ってくる。
「……あんたは、今年も断るの、チョコ」
手塚が昨年、義理も本命もひっくるめてチョコを全く受け取らなかったのは、寮内で有名な話だ。寮生男子全員を敵に回したという逸話を作った。
「ん、まあな」
「なんで? 義理ぐらい、受け取っても罰は当たんないんじゃないの」
訊いてみたかった。去年、訊きそびれていた。理由を。
手塚は、
「うん、でもな、……受け取ったとしても何も返せないから」
その人に、と言葉を結ぶ。
それはたぶん、ホワイトデーとかの返礼の事を指しているのではないのだろう。柴崎はなんとなく口を噤んだ。
そして、空気を変えるみたいに、わざとおどけた口調で切り出す。
「バレンタインまで、あたしが傍にいてあげようか。【女避け】として」
効果あるかもよ? とソファの背もたれに寄りかかる。
手塚は新聞を畳んで立ち上がった。
「いや。いいよ」
すげない答えにカチンとくる。
「なんでよ」
「お前に傍にいて欲しいときは、俺が言うよ。無理して悪役ぶろうとするな」
じゃあな、と立ち去る。
手塚はラックに新聞を差し込んで、その場にいた同期と二、三言葉を交わしてから自室に引き取った。
柴崎はその後ろ姿が見えなくなるまで見送る。
「あれ? どうしたの、柴崎」
用事があって後から食堂から出てきた郁が、柴崎を認め、声を掛けた。
「なんか顔、赤い。熱でもあるんじゃない?」
「……え、そう? 何でもない。平気」
「ほんと?」
心配そうな郁に、「大丈夫。ちょっと、考え事」と笑う。
悪役ぶろうとするな、か……。
参ったなあ。
「……あいつ。もし、あたしが渡しても、断るのかなあって考えてただけ」
呟いた声は、あまりに低く、切なく、郁の耳にも届かないほどだった。
~My Valentine~
今年の手柴のバレンタイン物は、こんな感じで。
付き合う前のじれじれ感たっぷりでお送りしてみました。
少しでも気に入ってくだされば幸いですv
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通販ラインナップ
武蔵野図書館付属寮でも、年に一度 この日ばかりは浮き足立つ。
2月14日を前にすると、寮生、特に男子が挙動不審な動きをとり始める。
夕食が終わってもなかなか共有スペースから去らないで、女子と雑談を続けたり、洗濯の際いつもよりたっぷり多めに柔軟剤(芳香剤入りの)を注入していい匂いに仕上げたり。同期の女子の荷物を持ってやって、点数稼ぎに走ったり。
寮母さんなどからしてみれば、「涙ぐましい努力」に力を注ぎ始める時期が来た。
「なんかうざいんだけど。【俺って甘党なんですよ、知ってました】とかわざわざ言ってくるの。神経疑っちゃうわ」
手厳しいのは柴崎だ。取り付く島もない物言いで、最近の寮の風潮を一刀両断。
手前に座った手塚が苦笑する。
「そう言ってくれるな。男の純情ってやつだ」
「チョコの数を競うのが、男の純情? 女を馬鹿にしてるわ」
はん、と肩を怒らす。
どうやらここ数日、あちこち多方面からかなりモーションをかけられたと見える。
柴崎のチョコはプレミアだ。業務部、特殊部隊問わず、男なら喉から手が出るくらいほしい垂涎ものだ。
そのせいで、ストレスが溜まりまくっているらしい。今日、たまたま夕食後、手塚と一緒になったのをこれ幸いと、鬱憤を晴らしている。
「義理でも何でも欲しいって了見がわかんないわ。いじましい。本命からもらえれば、それだけでいいって一途な男はいないの?」
「本命からもらえる希望があるやつならな」
手塚は言って、手元に広げた夕刊に目を落とす。
「……」
柴崎は口を噤んだ。
今のって……あてこすり?
まさかね。
腹芸ができないまっすぐな男を窺う。手塚は紙面を一枚繰りながら、
「お前は誰かにあげないのか。バレンタインは忌み嫌ってるみたいだけど」
「バレンタインが嫌いな訳じゃないの。単にイベントに乗っからされるのがやなだけ」
あげたいときには、自分で決めた日に相手に渡すわ。
そう言うと、「お前らしいな」と微笑が返ってくる。
「……あんたは、今年も断るの、チョコ」
手塚が昨年、義理も本命もひっくるめてチョコを全く受け取らなかったのは、寮内で有名な話だ。寮生男子全員を敵に回したという逸話を作った。
「ん、まあな」
「なんで? 義理ぐらい、受け取っても罰は当たんないんじゃないの」
訊いてみたかった。去年、訊きそびれていた。理由を。
手塚は、
「うん、でもな、……受け取ったとしても何も返せないから」
その人に、と言葉を結ぶ。
それはたぶん、ホワイトデーとかの返礼の事を指しているのではないのだろう。柴崎はなんとなく口を噤んだ。
そして、空気を変えるみたいに、わざとおどけた口調で切り出す。
「バレンタインまで、あたしが傍にいてあげようか。【女避け】として」
効果あるかもよ? とソファの背もたれに寄りかかる。
手塚は新聞を畳んで立ち上がった。
「いや。いいよ」
すげない答えにカチンとくる。
「なんでよ」
「お前に傍にいて欲しいときは、俺が言うよ。無理して悪役ぶろうとするな」
じゃあな、と立ち去る。
手塚はラックに新聞を差し込んで、その場にいた同期と二、三言葉を交わしてから自室に引き取った。
柴崎はその後ろ姿が見えなくなるまで見送る。
「あれ? どうしたの、柴崎」
用事があって後から食堂から出てきた郁が、柴崎を認め、声を掛けた。
「なんか顔、赤い。熱でもあるんじゃない?」
「……え、そう? 何でもない。平気」
「ほんと?」
心配そうな郁に、「大丈夫。ちょっと、考え事」と笑う。
悪役ぶろうとするな、か……。
参ったなあ。
「……あいつ。もし、あたしが渡しても、断るのかなあって考えてただけ」
呟いた声は、あまりに低く、切なく、郁の耳にも届かないほどだった。
~My Valentine~
今年の手柴のバレンタイン物は、こんな感じで。
付き合う前のじれじれ感たっぷりでお送りしてみました。
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やっぱり安達さんの手柴はイイ(^w^)
柴崎さん、可愛いですww
王道ですね。
ちらりと見える柴崎の本音がもうもう、本当に可愛くて。
そして手塚がいいぞ~~~!
バレンタインの甘さ、いただきました!
たくねこさん まききょさん
いつも励ましコメント有難うございます
よいバレンタインをお過ごし下さい。