「ふう、終わったわ」
控室に当てられた部屋に戻ってきたアルフィンは、さすがに緊張が解けたようだった。表情がいつものゆったりしたものに戻っていた。
まだワンショルダーのドレス姿のまま、結い上げていた髪をピンを抜いて解いた。
ぱさっと長い金髪が背中にかかる。首の後ろをそっとさすりながらほつれを直した。
「お疲れ」
「きれいだったぜ~アルフィン。ほんもののモデルさんみたいだったあ」
ジョウとリッキーが出迎える。タロスが「今日はまんまモデルだろ」と突っ込んだ。
「確かに。本部からギャラが振り込まれるしね」
うふふ、いつかなあと現金な計算に頬が緩む。
「何か飲むか」
ホテルの一室だったが、備え付けのバーがある。ジョウが訊くと、アルフィンが言った。
「ありがとう。喉カラカラだったのー」
「炭酸水でいいか」
「うん」
ジョウがすすんで動いてくれるのを見て、アルフィンはタロスたちと目を見交わしてちょっぴり笑った。
「気を遣ってくれてるのね。本部からのオファーだから?」
「……」
ジョウはボトルを取り出して、グラスに注ぎながら「無理させたんじゃないかって。アラミスの親父からの依頼だったから」と背中で答えた。
「ーー無理なんかしてないわよ。仕事だから受けただけ。あたしにできる範囲だったからね」
仕事に支障ない時期だったし、とも付け加える。それでもジョウはまだもの言いたげだ。
今日は撮影だった。本部の広報部門からアルフィンに白羽の矢が立った。国内外への宣伝用のスチールモデルをやってくれないかと、数カ月前に打診があった。
実は、今回のオファーが初めてではない。アルフィンがクラッシャーに転身してからこっち、何度も話を向けられていたが、ジョウがすべて断っていたのだ。クラッシャーとしてまだ間もないのに、そんな宣材みたいなことさせられるか。ちやほやして新人を潰されたらかなわないと。
でもアルフィンがミネルバに来てからもう3年も経過した。仕事ぶりも一人前。そろそろ新人とかそのような言い訳で門前払いを食らわすのも苦しい。そうリーダー自身自覚していた時だった。
だから、「また打診が来てるが、どうする?」と初めてアルフィンに確認をした。彼女は「んー、そうね。やっても、いいかな」と意外とあっさり引き受けた。
そして、今日撮影の運びとなったというわけだ。
制服を身に着けた写真を何枚か撮ったあと、ドレスアップした姿で動きを付けた感じでいきましょうとスタッフたちは動画も撮っていた。スチールだけではなく、配信にも使うつもりらしい。
クラッシャーにドレスを着せて一体どーすんだと突っ込みたいジョウだったが、身体のラインが出るワンショルダーのドレスを身に着けたアルフィンはそれはそれは綺麗で、素直に見とれた。撮影の間は、まさに眼福だった。
「素材がいいですからねえ。映えますねえ、何を着ても何をしても」
手放しに誉めていたスタッフたち。《素材》《映える》それらの言葉に引っかかりを感じないでもなかったが、自分だって着飾ったアルフィンに見とれていたわけで、それは取りも直さず俺には引っかかる権利もないということだった。それを今更のように感じ、ジョウは忸怩たる思いでいた。
言われたアルフィンは「有難うございます」と口にしていたが、苦笑は隠せなかった。
「……嫌じゃなかったか、撮影。容姿のことを取り立てられるのは、アルフィンの本意じゃないだろう」
グラスを手渡しながらジョウは言った。クラッシャーは旧態依然、いまだ男社会なので、見た目に注目が集まることで嫌な思いもしただろう。自分の知らないところでたくさん。
「そうね。ちょっと面倒だなあって思うこともあるわよ。誤解を恐れずに言うんなら」
お礼を言ってグラスを受け取り、アルフィンはそれに口を付けた。きれいに塗られた口紅のピンクが、縁にちょっとだけ移った。
「でもいいの。これがあたしだもの。外見も内面も取り繕ってないもの、いま、全然。だから楽よー、王女時代よりもずうっと。全然、楽」
だから安心して、と彼女は笑った。
「アルフィン」
「いい女だナア、アルフィン。いや、イイ女になった、かな?」
二人のやりとりを聞いていたタロスがしみじみと言った。
「兄貴がイイ女にしたんだろ。手塩にかけて」
「そういう言い方、なんかやらしくてやあね。リッキーあんた、ちょっとおっさんくさくなったんじゃない? タロスと居すぎて」
「ええ……」
しぼんだ風船みたいな表情になるリッキー。タロスは声を上げて笑った。
「それに、撮影中のジョウの目線、けっこ、嬉しかったんだ。男の人に見とれられるのって、言葉にできないくらい快感。それがジョウならもう、文句なしってことで。あんなジョウが見られただけでもこのお仕事引き受けてよかったな」
ピースサインを顔の横に出して見せる。ぴしっと。
言い当てられて彼は動揺した。まさか、ばれていたとは……
「う、それは」
美しいものに目が惹かれるのは、自然の摂理というか生き物として抗いがたい欲望というか……。一瞬のうちにあれこれ言い訳を並べたが、結局「すまん」とだけ小声で言うに留めた。
「何で謝るの? 嬉しかったのに」
アルフィンは小首をかしげる。ジョウは難しい顔を崩さなかった。
「今どきこの話題は、センシティブなんだ」
「兄貴ってけっこう繊細だよね」
「まあ、終わったんだからいいじゃねえですかい。アルフィンも着替えて、ぼちぼちここを出ましょうや。帰りにみんなでどっかに寄っていってもいい」
タロスがローテーブルに置いてあった小皿に盛られたお菓子に手を伸ばす。
個包装の見るからに高価そうなお菓子だった。包みを開いて口に放り込み、もぐもぐと咀嚼する。
「お、美味えな、これ」
「いいね! 俺らもどっか遊びに寄りたい。タロスの提案に賛成~。ってことでギャラ入るんだから、アルフィンのおごりでね」
リッキーが指を鳴らして自分もお菓子に手を出した。あっという間に口の中に中身を放り込む。
「うそ。何それどんな理屈よ?」
「まあいいじゃん。てか、アルフィンこのチョコめっちゃおいしいよ。スタッフさんが用意してくれたのかなあ。食べて帰らなきゃ損だよ、損」
「ん、もう調子いいんだから」
腰に手を当てて、肩を怒らせる。そんなアルフィンにジョウは「まあまあ。一個食ってみれば、君も」とウイスキーボンボンと思しき包みをひとつ、剥いてアルフィンに差し出した。あーんして、と目で促した。
「あ、ありがとう」
アルフィンは、ちょっと驚いた様子だったが素直にジョウに従った。口を開けて、まあるいボンボンを取り込む。
「あっま~い。でも、美味しい」
ほっぺたを押さえる。思わず。
そう声を上げてしまうほど美味しいチョコレートだった。リスのようにもぐもぐ味わうアルフィンを見て、ジョウは微笑んだ。
「労働の後だから、本能で甘いものを欲してんだよ。本当にお疲れさん」
「ん!」
それから4人で街へ繰り出し、カラオケやゲーセンで遊びまくった2月14日のこと。
ーーSweet Valentineーー
END
TBSドラマ「不適切にもほどがある!」に嵌っています。
面白すぎる……。ルッキズムを気にするリーダーのことは、ドラマから思いつきました。
美しいものを美しいと愛でて何が悪い、と思うし、酔ってする猥談は誰も傷つけないと信じて生きてきたのに時代は変わってしまいました。トホホ。
最高、最高です。今季のクドカンさん
私はあまり作品は合わないかなーの方でしたが、これはどハマりです笑笑 ドンピシャですねー世代ですかねえと毎週大笑いしています。もう、デロリアンが現代では路線⭕️⭕️からして笑えますし、ちよめちょめ表記がテロップに出てくるだけでも吹き出してました💬 お相撲さんの着ぐるみきて、テレビでおすもうとかもあったあったと大笑い デトックス効果満載で今後の展開から目が離せません👀