複数で
一度してみたいといったのは、いつのセックスの後だったか。
今はもう記憶が朧だ。だが、そう遠い昔ではないはず。
激しいセックスに身を委ねた後の、気だるく、なんとも甘美なピロートークの時間だった。
俺は何気なく口にした。さほど深い考えがあったわけではなかった。……はずだ。
「なあ、こんど三人とかでしてみないか」
「……三人、ですか」
ここで、もしも夕子が拒否反応を示したら、俺はたぶんうそだよ、冗談だよと言ってごまかしていただろう。
でも夕子はそうしなかった。俺の腕に抱かれながら、小首を傾げて俺に訊いた。
「それって……三人プレイってやつですか。アダルトビデオとかであるっていう」
「ああ、まあな」
妻の口からアダルトビデオなどという単語を聞くと、なんだか落ち着かない気分になる。まさか、俺が隠れて見ているだろうと疑ってはいないだろうが。
夕子は少しだけ考えるように間を取った。そして、
「和哉さんと、私と、それと男の人を交えてセックスするってことですか。……じゃなかったら、女の人を?」
突かれて俺は戸惑った。そこまで考えて口にしたわけではなかったから。ただの思い付きだった。
「さあ……」
俺はぼかした。女二人に男という配置がいいのか、それとも反対がいいのか。言ったときの夕子の反応が読めなかったからだ。
女が多いほうがいいというと、まるで俺が色狂いみたいだし、男二人だと夕子が怖がるかもしれない。
「お前なら、どっちがいい。もしも複数でやるとしたら」
「私、ですか」
逆に聞き返され、夕子も逡巡した。でも案外と早く答えが返ってくる。
「女二人でしょうか。そっちのほうが和哉さんが気持ちいいですよね」
まっすぐ見つめられて、俺は鼻白む。
「俺は別に、そういうつもりで言ったんじゃないよ」
弁解しつつも、腹の底にある浅はかな願望を夕子に見透かされたようで、正直居心地悪かった。なるたけ沢山の女とまぐわりたいというのは、いかな紳士然とした風体の男でも、多かれ少なかれ心の底にもっている欲求だ。男として生まれた限り備わっている、本能と言い換えてもいい。
一生に一度くらいは、奔放を尽くしたセックスをしてみたい。
「お前はどうなんだ。複数の男に愛されてみたくはないのか。いちどきに」
そう言うと、夕子は恥ずかしそうに顔を俺の胸に押し当てた。裸なので、吐息が直接掛かって生温かく、心地よい。
「……そんなこと、思ったこともないです」
私はあなただけでじゅうぶん満足ですもん。小声で囁く。
妻に対する愛おしさが、こんなときにじわりとこみ上げる。俺はいっそう強く夕子を腕に掻き抱いた。
しばらく互いの心臓の鼓動を肌を通じで伝え合っていたが、ややあって夕子がぽつんと尋ねた。
「和哉さんは、不満? 私とのセックス」
問いがストレートすぎて、俺は慌てる。
「いや、そんなことは。あるはずがないだろ、不満なんて
「じゃあなんで複数でしようかなんて言うんです。急に」
わずかに夕子の声に追及する響きがにじむ。
俺は身体をずらし、なあ、と夕子の顔を覗き込んで言った。
「誤解しないでくれ。気に障ったら謝るから」
「気に障ってなんていません。ただ本当のことが知りたいだけ」
夕子は静かな目をしていた。気分を損ねたわけではないと分かって、俺はひとまず安心する。
ここは言い逃れできないなと腹を括り、言葉を選び選び話した。
「……お前とできることで、気持ちいいことを極めたいのかもしれない。二人きりでする以外に他にも選択肢があるのなら」
夕子は俺の目を見返して尋ねた。
「好奇心、ですか」
ふ、と俺の口から息が漏れる。笑っていると取られたかもしれない。
「違うよ。どっちかっていると、そうだな。探究心だよ」
「……」
夕子は口を噤み、俺の胸にまた頬を預けた。俺の心臓の鼓動を聞いているようにも、自分の考えて深く入り込んでいったようにも見えた。
俺はしばらく夕子、なあ、と呼びかけたがいらえがなかった。
俺は諦めて夕子を腕に囲ったまま、天井を見つめた。見慣れた官舎の天井はホワイトで、窓の近くの壁は日に焼けてわずかに色あせている。
俺たちがここに入居してから、早二年が経つ。
つまり、結婚してから二年という月日が経ったということだ。
俺は天井のホワイトとオフホワイトの境目がどこだろうと無意識に目で探しながら、さっき口にした自分の言葉を頭の中反芻させていた。
……お前とできることで、気持ちいいことを極めたいのかもしれない。二人きりでする以外に他にも選択肢があるのなら。
俺はそう言った。その選択肢に「複数ですること」が入るということになる。
単に、結婚生活のマンネリを打破したいのではないと信じたかった。
俺たちはぴとりと身を寄せ合っているのに、それぞれ別のことを考えていた。身体の熱をお互いに伝え合っているのに、それをひしひしと感じたのは、後にも先にもあの時だけだ。
か細い声で、夕子が囁いたのを憶えている。
「和哉さん、好きです」
俺は、夕子の顔を覗こうとした。けれども夕子はぎゅっと俺の胸に顔を押し当ててそれを許さなかった。
そのまま彼女は寝入った振りをした。でも、夕子が眠りに落ちていったわけではないことを俺はわかっていた。
俺も好きだよと口にすべきだったのかもしれない。
でも確実に言うタイミングを逃したのが分かった。
目をきつく閉じて寝息を立てる「振り」をする夕子がな
んだかいたましくて、俺は安易に言葉にするのを躊躇われた。今更口にしても空々しく聞こえるに違いないと思った。
だから俺は眠っている妻を優しく抱きしめる夫の役を演
じた。まるで少し衝撃を加えたら割れてしまう生卵を抱いてベッドに横たわっているようで、俺の緊張はいつまでも解けなかった。
あれは、そう遠くない昔の話。
今でも鮮明にあのときのことを思い出せる。
(ブロマガ連載「THREE]より抜粋)
今回のテーマは「複数」です。ドラマのパイロット版のような感じで連載します。
パートナー以外の第三者を交えた性行為に嫌悪感を催される方(それが創作、二次創作の話であっても)はくれぐれもご購読なさらないでください。特に、有川作品の鉄板CPに誰かを交えるだなんて想像もできないという方は絶対に読んではだめです。
インモラルな性的シチュエイションや、道具を用いたプレイなどが苦手な方にもお勧めできません。閲覧を控えてくださいますようお願いいたします。
通常の官能小説では飽き足らない、もうちょっと「毒」がほしいという淑女にはぴったりかと思います。
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