映画に行こうと言ったのは手塚だったか柴崎だったか。
休みの日、仕事明け問わず、二人で出かけるのは初めてではない。
サシで飲みにも何度か行っている。
だが、付き合うようになってからは初めてのおでかけだ。
ひとはそれを「デート」と呼ぶ。
デートといえば映画でその後食事が王道だという、固定概念がいつのまにか植えつ
けられていたのかもしれない。寮を出た二人は駅に向かい、最寄のシネコンになん
となく出かけ、上映時間が手頃なチケットを買う。
柴崎が財布を出す暇を手塚は与えない。駅でも映画館でも。
じゃあせめて映画の後の食事は奢らせて? と言ってもいい顔をしない。今日は俺
にもたせてくれないかと言う。
この頑なさは何だろうと思って見上げると、少し気まずそうに、
「……初めてお前とのデートらしいデートだから、今までの割り勘とか会費飲みと
かで出かけてたのとちゃんと線引きしたい。……だめか」
だめかと尋ねる硬いこの感じに弱いのよね。白い光が背後から当てられる銀幕を見
ながら柴崎は思う。
と、不意に、手が握られた。
隣りあわせで座る手塚が触れてきたのだと気がつくと、字幕を追っている目が日本
語を認識できなくなる。
手塚の指や手の感触は、割と知っているほうだと思っていた。武蔵野基地の中で
は。
でもこんなふうに彼女に触れるやり方で触られたのはあまりなく、柴崎は自分が動
揺しているのだと、急に遠くなったようなスクリーンで知る。
隣の手塚を覗いたい。いまどんな顔しているのか。
でも横を見あげる素直さが数センチ足りない。--付き合いだして、まだ間もない
から。
そんな苦しい言い訳を誰にともなくしてみる。
隣を直視できない。でもあたしもしたい。この人があたしに暗がりで体温をそっと
手に移してくれたみたいに。できることを。
柴崎は、自分の手を握る手塚の指に指をそっと絡めた。
長い指の付け根にきゅっと指を食い込ませると、恋人つなぎになった。
目線は銀幕にあてたまま。お互いに。
手塚も自分を見ようとしない。――ううん、見られないのかも。
左右に客がいないことをいいことに、柴崎は指をつないだまま、手塚の肩にその小
さな頭をちょこんともたせかけた。
筋肉質な肩は、いいクッションとなって柴崎を受け止める。
髪に癖ついちゃうけど、いいか。
そう思いながら結局その体勢のまま、2時間洋画を見続けた。
映画が終わり、劇場から出るときも二人は恋人つなぎのままだった。
手塚は深々と息を吐き出して、緊張の度合いを覗わせた。そして、
「ああ、内容全く頭に入ってこなかった」
と言った。
柴崎も、
「ホント。字幕追うのでいっぱいいっぱいいだったわね」
とくすくす笑った。
「……」
手塚は吐き出される人波から少し脇に逸れて立ち止まり、柴崎の髪を空いているほ
うの手で優しく直してやった。
fin.
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頑な王子は超可愛い。
手櫛で柴崎の寝癖? 直してあげるの。手塚の特権です。