【5】へ
「さあやってまいりました、第一回玄田杯争奪、バレーボール大会。解説はもと体育大でバレー部主将を務めた経歴を持つ、山本二正です。山本さん今晩は」
「今晩は」
「いやあ、すごいギャラリーですねえ。特殊部隊の人気のほどがうかがわれます。
実況は業務部広報担当、氷川が行います。そして特別ゲストとして、今日はこちらのブースにこの方をお呼びいたしました!
わが図書隊の華、柴崎麻子女史です! 柴崎さん、どうぞーっ」
会場に割れんばかりの歓声と拍手が響き渡る。
その中飛び上がったのは当の柴崎とコートに整列した郁。
「な、なんなの、そんなの聞いてないわよ」
珍しく動揺する柴崎を、周囲の観客がさあさあと実況ブースまで押しやる。
即席の実況席に無理矢理座らされる。
「柴崎、あんたなんでそんなとこにいんのよっ」
黒のTシャツの肩を怒らせて郁が下から噛み付く。
「こっちが聞きたいわよ。訳がわかんないわ」
「まあ今日はお祭り騒ぎなので硬いことは言いっこなし、ということで。柴崎さんは特殊部隊の面々とも親交がおありだと聞いておりますし、玄田チームの笠原さんとも同室ですので、選手の素顔に迫るコメントなどを伺えるのではないかと期待が膨らみます。本日はよろしくお願いします!」
実況、氷川の熱弁に気圧され、柴崎はため息をついた。
しぶしぶ、「……よろしくお願いします」と肩をすくめる。
氷川はマイクを握りなおす。ノリノリだ。
「さーそんなこんなで、いよいよホイッスル。サーブ権は、コイントスにより玄田チームが獲った模様」
コート上、郁は葛藤していた。
言うべきか、言わざるべきか。煩悶していた。
無論、相手チームの穴、手塚のことをである。手塚狙いで行きましょう。徹底的にあいつを狙えば、間違いなく自分らが勝てます! そう言うべきか、言ってもいいのか苦悩していた。
郁としては勝負事に関してはフェアでありたい。でも、陸上とは違い、バレーは団体種目だ。自分ひとりの力では勝利を呼び込めないことも承知している。
ああだけど、自分の口からそのことをばらすのは躊躇われた。
そのうちピーっという長笛の音が鳴り響き、審判がサーブを促した。
自軍のサーバーは、小牧。
「行きます」
と、そつなくフローターサーブで相手コートに打ち込む。
赤組後衛が「オーライ」とレシーブ、「ほらよ」と進藤がトスアップ。
レフトで控えていた手塚にそれはそれは美しいオープントスが上がる。
絵に描いたような、定石の攻撃。
手塚は助走に入って、きゅきゅっとコートのアタックラインを踏みしめ、ジャンプした。
右腕を刀のように振り下ろす。その、しなる身体はぴんと張り詰めた弓のようだった。
ネット越しに、思わず郁が「うわあ」と見とれてしまうほど。
バシ!
「ぶっ」
でも次の瞬間、郁の目の前に星が散った。
顔が熱い。いや、痛い。
何が起こったのか瞬時に掴めない。ただ、自分の身体が後ろに吹っ飛んだのは辛うじて分かった。
「笠原!」
どうっとコートに仰向けにひっくり返る。
世界が回る。
ギャラリーから悲鳴にも似た怒号が湧き起こる。
手塚のスパイクをブロックにいったとき、真上から叩き込まれた。それをまともに顔面に食らった。
ダメージがひどい。鼻血が出ている。
「うわあ、なんということでありましょう。いきなり流血スタート! 笠原一士、被弾! 先取点は、赤組だー!」
実況のアナウンスが場内に反響する。きゃああと女子の声が尾を引く。
「笠原っ」
思わず腰を浮かしかけた堂上。途中ではっと我に返り、パイプ椅子に腰を戻す。
いかんいかん、俺は今、敵の大将だった。そう言い聞かせているのがありありと分かる。苦い顔でコートに倒れた郁を窺っている。
「救護班! ティッシュを!」
小牧がベンチサイドに声をかける。ボックスで!と。
「あー、あれはひどいですね。痛いはずです」
解説の山本が眉をひそめた。
「まともに食らいましたからねー」
「インナースパイクですよ。あの角度で食らったら、ひとたまりもないでしょう」
「お、おい。大丈夫か……?」
脳震盪でも起こしたのではないか。心配そうに、ネットをくぐって様子を見に来た手塚。
その声で、がばり、と郁は上体を起こす。
手塚の胸倉をぎりりと掴み上げた。
「あんたってやつは! 毎日朝練につきあってやった恩も忘れてなんてことおお~!」
「うわよせっ、鼻血が散る」
「どうせそんな赤Tシャツ着てんだから、目立ちゃしないわよッ! あったまキタ、もー許さないんだからねっ」
郁は自軍を振り仰いだ。
「みなさん、敵の穴はこいつです! 手塚は球技全般、むろんバレーも大の苦手なんです! 狙い撃ちにしてやりましょう」
「げ」
手塚の顔から血の気が一気に引く。郁の口を押さえるが、後の祭り。
「あらら」
実況ブースで柴崎が口を押さえた。言っちゃった、と。
意気盛んなのは、白組大将玄田だった。喜色を満面に浮かべて、
「なんだと! そりゃほんとか笠原」
「間違いありません! 毎朝練習みてましたけど、そりゃお粗末なモンでしたっ」
「お前、そりゃ言いすぎだろ!」
「ふーんだ。言いすぎなもんですか」
ティッシュをちぎって鼻の穴に捻じ込みながら、郁が冷ややかに返す。
「マジで? 手塚がバレー音痴?」
小牧が信じられないという風に目を見開く。
「確かめてみましょうよ、小牧教官」
ふふふ、と復讐に燃える目で郁が笑う。
「怖い、目が笑ってないよ、笠原さん」
「とにかく! 手塚ですよ! 手塚をターゲットにすればこっちのもんです」
「ようし、でかした笠原! うちはその作戦で行くぞ! 徹底的に手塚潰しでかかれい!」
玄田から高らかに指示が出される。応、と答える6人。
「たった今入った情報に寄りますと、手塚一士はどうもバレーは不得手だということですが、如何ですか? 柴崎さん」
柴崎はマイクを向けられ、半ばうんざり顔で喋りだした。
「さあ。私も詳しいことは存じませんが。手塚一士と親しい笠原一士がそう言うんなら間違いないのではないかと」
「それは意外ですねえ。手塚一士といえばエリート中のエリート、死角は無いように思うのですが」
「手塚だって、人の子よ。苦手なものだってあるわ」
柴崎の一言で、隣に座る山本も氷川も呑まれたように声を失う。
「そ、そうですよね」
「確かに」
そこで柴崎は相手を魅了してやまない、完璧な微笑を浮かべた。
「手塚が弱点だと知られた赤組が、玄田チームの攻撃をどうやって凌ぐか。堂上監督の采配が見ものですよね。私はそっちの方に興味がありますけど。それに、一つ言わせていただくならば、笠原の今のカッコ、同じ女としていかがなものかと!」
鼻穴にティッシュを突っ込んで、コートに仁王立ちしている同室を、ブースからからかう。
「悪かったね! なんとでも言って!」
「ほどほどに頑張んなさい。怪我しちゃだめよ」
柴崎はゆうゆうと手を振った。一瞬、コート上、強張った顔つきの手塚と目が合う。
――ガンバレ。
柴崎は声に出さずに心のなか呟く。
がんばれ、手塚。こっからが正念場よ、と。
【7】へ
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いよいよバレーボール大会開始ですね。
頑張れ手塚!
これからもがんばってください☆
途端に手塚ピンチですね。
どうなるんでしょう?
勝利の女神・柴崎はどちらに向かってほほえむのでしょう?
わくわく。ドキドキ。
郁ちゃんも鼻血に負けずがんばれ!!
オンリーお疲れ様でした! 地方部隊は指を咥えて見守るしかなかったですよう(><)充実した一日でしたでしょうね。お疲れ様です。今後もステキなSSを拝見できますことを楽しみにしておりますv
>ikeda_marchさま
はじめまして。コメント有難うございます。
このような手柴に傾倒した辺境サイトではありますが、お立ち寄りいただきまして本当に有難うございます。二次創作をなさっているとのこと。機会があれば作品などお目にかかれますことを。
>せらさん
メール有難うございます。ブログ開設おめでとうございます! せらさんの素敵SSを飾らせてもらってホクホクだというのに、更に作品をこれからも拝読できるなんて光栄です。オープンしたらすぐお祝いに駆けつけますね。