背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

SQUALL(最終話)

2021年08月03日 05時16分12秒 | CJ二次創作
(4)

「ほんと、あなたがこんな意地悪なひとだなんて、知らなかった」
泣き顔を見せたのが照れくさいのか、わざとジト目で睨みつけて、アルフィンは言った。
「局地的に、ときたまこうなったりするんだよ。気まぐれなタチでね」
おどけて俺は両手を広げて見せる。
彼女の肩の柔らかな感触が、まだ手のひらに残っていた。
「この星の天気みたいね、まるで予測できないわ」
そういえば、さっきも降ってたね。言ってアルフィンは、ハッチの扉を見遣った。
もう雨音は聞こえない。いつの間にかスコールは上がったようだ。
ーーああ、でも。
降ってる。俺の中にはまだスコールが。
予測できないうねりとともに、激しい雨が叩きつけてる。
あんたと出逢ってから。
そこで、ようやく俺は悟る。自覚が雲の切れ間から射しこむ光のように、俺の目の前を明るく照らした。
ーーああ、そうか……。
そうだったのか。
俺はアルフィンを改めて見つめた。不意に呼吸するのが苦しくなる。
胸が、灼けるようにひりつく。
「......アルフィン、俺は」
俺は、あんたが好きだ。
ジョウと一緒にいるあんたを見た時から、目を覚ましたあんたに、名前を呼ばれてから。
あんたに恋をしてた。
ジョウの名を呼びながら、溶岩台地を捜すあんたは、それはそれは綺麗で、目が離せなかった。
そして、ジョウに再会してその胸に飛び込んだとき、アルフィン、あんたは悲しいくらい女で。
強いくせに脆くて、何もかもが、まぶしかった。
見ているだけで心が締め付けられた。嫉妬のあまり、ガキみたいに意地の悪いこと言って泣かせてしまうくらい、どうしようもなく好きに
なってた。
そう、好きなんだ。俺は、あんたが。
いったん堰を切った想いは、津波となって俺を襲う。
「え?」
何か言った?  アルフィンは金髪を揺らして俺を仰ぐ。
かすかに鼻の頭が赤い。さっき泣いた名残が窺えた。
ーー告げたい。
今じゃなきゃ、だめな気がする。
なんでだか知らねエけど、そんな感覚が不意に濃密に車内に立ち込める。
切羽詰まってるのは俺のほうばっかりで、アルフィンはまたてきぱきと出発の支度に取り掛かっている。
言わなくては、今、あんたに。
コトリ、と心臓が音を立てる。やがてそれはどくどくと脈打ちながら、俺の手足に血を勢いよく巡らせる。
信じられねえ。
……震えてるぜ。俺。
たった一人の女の子を前にして、どきどきして身動きもろくにできやしねえ。
しかもその子には大本命がいて、俺なんか全く目に入っていないときた。
なのに、なんでだ。なんでなんだよ。こんなのってありかよ。
「……アルフィン」
「なあに? さっきから、ヘンよ?」
ほんの少し苦笑して、そして同じだけもどかしそうに俺を見る目。笑顔。
ああ……、そうだよ。俺、触りてえんだ。そのすべすべした頬に。
抜けるように白い首筋に。
この手で。
理屈とかそんなのは抜きで、ただそうしたい。不規則な心臓の鼓動がそれを教えてくれる。
俺は右手を持ち上げた。
ほんの数十センチ先に、艶やかな金髪と、疵ひとつない肌、そして見たこともないくらい澄んだ碧眼があって、俺は目を離せない。
乾いた唇から、花が花弁を開く時みたいに声が押し出されそうになる。
「ーー、ア...…」
「アルフィン」
はっと面を上げると、ハッチが開いていて、ジョウが顔を覗かせていた。
こちらをじっと見つめている。
俺は反射的に上げかけた手をおろした。不自然に見えないように。
ジョウは黙って俺に視線を当てていたが、ふと逸らして「準備はいいか。もう時間だぞ」とアルフィンに言った。
「うん。今行く」
声を弾ませてアルフィンがそちらに向かう。ブロンドがさらりと宙を舞った。
「足場が悪いから気をつけろ。ほら」
「ん!」
ジョウが手を差し出すと、アルフィンがそれに自分の手を重ねた。
きゅっと握る。
後姿なので見えないが、きっととびきりいい顔を向けているんだろう。アルフィンを見下ろすジョウの表情を見れば分かる。
「じゃあ、ブロディ、気をつけて。また向こうでね」
アルフィンは言って、足取りも軽く梯子を上って外へ飛び出した。
ジョウはハッチを閉めようとして、ふと思いなおしたように、俺に向き直った。
「じゃあな。くれぐれもぬかるなよ」
言われて俺は無理矢理にいっと口を横に広げてみせる。笑っているように見えるだろうか、ちゃんと。
笑え。引き撃ってでも、なんでもとにかく余裕綽々ってとこを見せろ。
「誰にものを言ってるんだよ。とっとと行け」
頭をしゃくるとジョウは目を細めた。口の端に笑みを溜めて「またな」と扉を閉める。
「あばよ」
パタンと閉じたハッチに、俺の声はぶつかる。
……あーあ。
やっぱ、俺の出番はねえようだなあ。アルフィン。
昔話に出てくるお姫様。彼女をラストでかっさらっていくのは、いつも王子の役目だもんな。
俺ア、誰がどう見ても、全然王子ってガラじゃねえし。
どっちかってえと、気のいい森のきこりってとこだぜ。釣り合うはず、ねえよ。
分かってるよ。
何も自分のものにしたいとか、大それたことを思ったわけじゃねえよ。
ただ、ほんの少し触れたい、気持ちを伝えたいって思っただけだ。
かすかな、刺すような独特の痛みが左胸に広がる。でももう、俺はこの痛みの原因を知った。これは、外側から与えられるものではなく、自分の内側から生み出されたものだ。俺の一部だ。
俺はぼんとジャケットの上からそこをはたいた。
絶対に手に入らないと知ってるからこんなにも苦しいのか。それとも生死どちらに転んでもおかしくないぎりぎりのラインに立たされる高揚が、そうさせるのか。
もう、自分でも分からねえ。
俺は、ショルダーストラップを肩に掛け直した。
「さて、と。俺も、行くとするか」
俺にア、手を差し伸べる相手、一緒に連れだって飛び出していく相手はいないけれども。
でも、それでも。
行くぜ。
運がよけりゃ、生きてまたここへ帰ってこられるだろ、きっと。
その時は御の字だ。僥倖だ。
ラッキーと天に両の拳を突き上げて、叫んでやるぜ。
そして、今度こそアルフィン、あんたに言おう。たとえジョウに俺の気持ちを知られることになっても。二、三発、殴られる覚悟はできたさ。
俺は笑ってる自分に気づいた。
悪くない。
こんな時、口許に笑みを浮かべてる自分は、全く悪くないぜ。
「さあ、行こう」
誰にともなくそう呟いて、俺は梯子を上りハッチのレバーに手を伸ばした。


Fin.

もしも、6巻のブロディがこんな思いを抱えて本拠地に赴いていったとしたら、……
彼の凄絶な最期のシーンも、違った味わいでお読みになれるかもしれません。
原作の雰囲気を壊すつもりはございません。
ただ、あそこで退場するにはあまりにも惜しい、愛嬌ある登場人物でありました。追悼。

⇒pixiv安達 薫

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2 コメント

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Unknown (おすぎーな)
2021-08-03 10:39:15
あっという間の最終話までの投稿ありがとうございます😆
原作が気になって、ひっさしぶりにソノラマ版「人面~」を読み返しちゃいました😄
ブロディの風体好きですわぁ😍アルフィンとだったら「美女と野獣」な感じで、案外お似合いかも💕
そして、読んでたら、JがA嬢の額にキスする描写が❗️😚❗️わぉ❗️キュンキュン💓しちゃった😁
返信する
6巻は、 (あだち)
2021-08-03 18:49:42
二次創作のネタの宝庫なのですよ>おすぎーなさん
ブロディ視点でも、ウーラ視点でも書けるんです。好みは、あるでしょうけれど。

そして残念なお知らせが。ハヤカワ版ではキスシーンはカットされておりますです。。。合掌。
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