背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

冬は、スポ根 【4】

2009年02月02日 04時33分03秒 | 【図書館危機】以降

【3】へ
試合三日前。朝練のインターバル、体育館の隅で汗を拭きながら、郁が尋ねた。
「あんた、柴崎に言ったんだって? そのう……、バレーが苦手だってこと」
ぶ。
手塚は口に含んでいたポカリを吹き出した。
ぎゃあ、と郁が飛び退る。もうちょっとでまともに食らうところだった。
「なにすんのよ! きたないなあ、もー」
手塚は苦しげにげほげほと咳き込みながら、首に下げていたタオルで口許を覆った。
「な、なんでそれを……」
「なんで、って。同室だよ、あたしたち。ツーカーだもん」
「女同士って、何でも話しちまうのか」
「そう言うわけじゃないけどね。
でも、いいの? 柴崎に話してさ。あんたの弱点」
「……あいつには、弱みを色々と握られてるからいいんだよ。もう一個くらい増えたって」
手塚は仏頂面で答えた。
無論、郁には分かるはずもない。朝比奈の件で、二人が隠密で動いたこと。昇進試験の際、手塚の苦手とする読み聞かせのアドバイスを柴崎がしてやったことなど。
自分の家の事情のことまで明かすことになって、なんとなく親密さは増した気がするものの、それ以上踏み込めない関係であるのが現状。
特に焦る気持ちはないけれどな、と誰にともなく内心弁解してしまう。
郁は弱みって? と怪訝そうな表情になる。手塚はそれを見て言葉をかぶせた。
「それに、大会当日ヘマをやって笑われるより、前もってばらしてたほうが傷は浅い」
郁が笑った。
「へたれー。手塚ってば予防線引いたんだ」
げらげらと笑い声が体育館の高い天井に反響する。
手塚はむきになって声を上げた。
「そ、そんなことはない。俺はただ、ほんとの姿を見てもらおうとだな」
「無理しなくていいって。そうだよねー、あんた見たくて押しかける応援部隊も多いはずだもんね。業務部の子とか、横断幕作ってるって話よ? 柴崎情報によると」
「げっ」
手塚が青ざめる。
横断幕、だと?
「【手塚一士、ファイト!】なんて幕振られて、しかも大声援の中、ミスったら目も当てられないもんねえ。手塚のイメージ大暴落って感じ? しかも、柴崎に見られるとしたら……ぷっ」
郁は吹き出しかけたものを手で押さえ込んだ。
「た、楽しすぎる……」
「~~お前なあ、性格悪いぞ」
怒るよりも、呆れ顔で手塚は郁を見下ろした。
「何で人の不幸をそう喜ぶかな。アクマか、お前」
「だって愉しいんだもん。あたしがあんたの優位に立つなんて、滅多にないんだからいいでしょ」
それにこうやって朝練つきあってやってんだからさ! と腕をはたく。
それもそうか、と納得したような腑に落ちないような、複雑な面持ちで、手塚は「それは感謝してるけどさ」と言い足した。
面と向かって感謝とか言われると、郁も照れてしまう。
「まあ、えらいと思うよ? あんたのこと、実はちょっぴり見直した。
サイボーグみたいになんでもできちゃう奴かと思ってたけど、案外人間味あるって今回分かったし。伊達にプライド高いだけじゃなくて、ちゃんと陰で努力できるってすごいことだよ」
タオルで首をごしごしとやりながら、あさってのほうを向いて言う。
「……お前に褒められると複雑なもんだな」
思わず呟くとぶうっと郁が派手に膨れた。
「何よ!せっかく人が珍しく褒めたのに!
前言撤回する! あんたやっぱやな奴! 当日楽しみにしてなさいよ、あたしとあんたは敵同士なんだからね。思いっきり狙ってやる。徹底的に」
「あ、きたね。それってフェアプレーじゃないだろ」
狼狽する手塚。
郁はふふふ、と悪の手下のように芝居っけたっぷりにあくどい笑みを浮かべて肩を揺すった。
「穴を狙うのは団体種目のセオリーだもんね。柴崎に思いっきりみっともないとこ見せるがいいわ」
「~~~あああ、大体なんであいつも参加することになってんだよ。柴崎さえいなきゃ、こんな企画、誰がなんと言おうと蹴って出場なんかしないのに」
手塚は頭を掻き毟る。
え?
「それってどういう意味? 柴崎が来るからって、……え」
郁が目まぐるしく頭を回転させる。
でもなかなか真相にはたどり着けない。
手塚はわずかに赤くなって、そっぽを向いたまま口早に言った。
「合コンだよ! 試合後にセッティングするんだろ? 隊長が。
業務部の女子との打ち上げに、あいつも参加するっていうじゃないか。珍しく」
郁は目を丸くした。
「あんた……、まさか」
そのために?
柴崎が景品、というかダシにされてる祝勝合コンがあるから、こんなに毎日涙ぐましく練習に練習を重ねてるって訳?
それに参加するために? 勝ちたくて?
て、手塚……。
郁はふるふるとタオルをきつく噛み締めて、手塚を見上げた。
その眼の色合いが異様にぎらぎらしているので、彼は一瞬怯んだ。
「か、勘違いするなよ。俺は別にあいつを狙ってる訳じゃなくてだな。
ただ、特殊部隊には酒が入ると人格が変わるのもいるから、見張ってないと心配なんだよ。ちょっと」
お前も知ってるだろう。連中の酒癖の悪さは。と言い訳する。
でも郁はもう聞いていない。うるうると瞳を涙で潤ませ、乙女モード全回で、手塚に詰め寄る。
「手塚、あんたの男の純情、しかと受け取った! あたし、感動したよ!
こんなとこで休んじゃいられないわ。さ、休憩終わり。さっさとコートに戻る! ビシバシしごくよっ」
そう言ってタオルを投げ捨て、コートに飛び出していく。
「ええ?」
手塚は情けない声を漏らした。さっきまでしこたましごかれた後のやっとの小休止だったのだ。
それなのに、まだやると?
「早くきて、手塚! 後三日しかないんだよ、本番まで。あんた、今のままじゃ、柴崎と合コンできないよ」
「お、おい待て。お前完全に勘違いしてるだろ」
「目指せ! 合コン! 柴崎の隣の席をゲットだよ! 手塚」
「笠原、頼むから俺の話を聞け。――うわっ」
いきなりものすごいスピードでバレーボールが飛んでくる。
顔面にヒット、という寸前に手塚は交わした。
「なにすんだ! お前」
「試合じゃあね、どっからボールが来るか分かんないのよ。いざとなったら顔でも上げろ。足を使ったっていいんだからね! 今のルールじゃ」
ボールを地面に落とさない限り、バレーは負けることはないの! いい?
腰に手を当てて、笠原は言い切った。
な、なんて乱暴な論理だ……。
手塚が毒気を抜かれていると、続けざまにボールが飛来してくる。
「さあ拾って。死ぬ気で食いつけ。そしてレシーブよっ!」
「できるか! こんな四個も五個も一気に投げられて」
「動体視力を鍛えなさい! あんた、狙撃手でしょっ」
「む、無茶言うなっ」
どしんばたんと、お世辞にもスマートとは言えない、バタ臭い感じの練習の音がコートを埋め尽くす。
すっかり勘違いしてスイッチの入ってしまった鬼教官を前に、手塚はとほほ、な気分で必死に白球を追った。



ひそひそ……、ひそひそ……

ああ、そうだ。なんでも手塚が朝練してるらしい。

なんだって?

笠原と猛特訓だってよ。ここ一週間体育館に通い詰めらしい。

マジかよ。

あいつが特訓ってことになったら、手がつけられないんじゃないか? 笠原も笠原だよ、なんだって敵に塩を送るような真似すっかな……

なんでも手塚が公言してるらしい。
優勝を掻っ攫って、合コンに持ち込んで、その場で柴崎さんに告白するんだと。

なに!? ほんとか、それ!

……公開告白かよ。きったね~。それって断然盛りあがっちまうだろ。ムード満点だろ。

あいつ一人にいい思いさせてたまるか。柴崎さんが一人の男に独占されるのは、まだ早い。彼女にはこの先も図書隊の華でいてもらわねば。

そうだそうだ! その通り。

俺たちは断固手塚の野望を阻止するぞ! いいか、明日から俺たちも朝練だ! 体育館に集合せよ。

了解! 朝練だけじゃだめだ。夕方、就業時間開けも練習しようぜ!

望むところ!




……かくして。
試合直前。うわさはうわさを呼び、朝もはよから寸暇を惜しんでバレーの練習に明け暮れる、特殊部隊の男子で体育館は芋洗いのようになった。
手塚はなんでいきなり朝練の人口密度が増えたのか。そして、来るやつがみな自分を射るように鋭い眼差しで睨むのか、訳がわからずしきりと首を捻っていた。
郁が暢気に「盛り上がってきたね~、わくわくする」と興奮を隠せない顔ではしゃいでいた。

そしていよいよ試合当日。大会開催の日が来た。

【5】へ


web拍手を送る


コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 冬は、スポ根 【3】 | トップ | プリティー・ドリンカーの夜 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ああああああ(i_i) (たくねこ)
2009-02-02 06:58:03
笠原に頼むこと自体が間違っているよ~~~~。そこんとこ、懲りなさいよ~~~~~!!
返信する
ははは (安達)
2009-02-02 18:33:17
そこが懲りないのが手塚ってことで(^^;
表は健全に! 大会開始~♪
返信する

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

【図書館危機】以降」カテゴリの最新記事