彼は未来(みらい)からやって来た。それも非合法(ひごうほう)なやり方(かた)で…。もし、時空警察(じくうけいさつ)に見つかればただではすまない。ずいぶんとお金(かね)がかかったが致(いた)し方ない。彼には目的(もくてき)があった。それは理想(りそう)の女性(じょせい)と巡(めぐ)り合うこと…。
彼のいた時代(じだい)は超個人主義(ちょうこじんしゅぎ)が主流(しゅりゅう)だった。誰(だれ)もが自分(じぶん)の意見(いけん)を主張(しゅちょう)し、張(は)り合っていた。それは恋愛関係(れんあいかんけい)にも及(およ)んでいた。どっちが主導権(しゅどうけん)を握(にぎ)るかが重要(じゅうよう)で、愛情(あいじょう)や思いやりなど二の次(つぎ)になってしまった。彼は、そんなことにほとほと嫌気(いやけ)が差(さ)していた。だから、過去(かこ)へ行くことにしたのだ。時代をさかのぼれば謙虚(けんきょ)な女性が必(かなら)ずいるはずだ。
彼は正(ただ)しかった。この時代へ来てまもなく、彼は理想の女性と出会(であ)うことができた。そして、一緒(いっしょ)に暮(く)らし始めるまでにそれほど時間(じかん)はかからなかった。彼女はいつも優(やさ)しく接(せっ)してくれた。彼のことを気づかって世話(せわ)をやく。彼は彼女との生活(せいかつ)を失(うしな)いたくないと思い始めた。彼女のことを心底(しんそこ)から愛(あい)してしまったのだ。
だか、そんな幸(しあわ)せも長くは続(つづ)かなかった。ある疑念(ぎねん)が彼を悩(なや)ませたのだ。なぜこんな素晴(すば)らしい女性が自分(じぶん)なんかと一緒にいるのか? 本当(ほんとう)に自分のことを愛しているのか…。もしかしたら、自分は欺(だま)されているのでは…。彼はこの苦(くる)しみから逃(の)れようと彼女に問(と)いただした。すると、彼女は平然(へいぜん)と答(こた)えた。
「あたし、時空警察なんです。あなたを元(もと)の未来へ送還(そうかん)します。――あたし思うんですけど、こんな犯罪(はんざい)を犯(おか)さなくても、あなたを好(す)きになる女性はいたと思いますよ」
<つぶやき>そんなこと言われても…ですよね。でもじっくり周(まわ)りを見回すと、いるかも?
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その研究室は大学構内の奥まった場所にあった。そこへ行くためには、迷路のような通路を通り、いくつもの扉を抜けないとたどり着くことはできない。大学関係者ですら、この研究室にたどり着けた者は数えるほどしかいなかった。そんなわけだから、学生でこの研究室の存在を知る者など、全くと言っていいほどいなかった。
この研究室では、ある実験が行われていた。それは、いろいろな物を掛け合わせて、新しい物を作り出すというものだ。教授はこの実験を何十年も続けていた。
ある日、教授は研究室の前まで来て驚いた。部屋の中から美味しそうな匂いが漂ってくるのだ。研究室に入ってみると、助手のかえでが机の上にたくさんの料理を並べ、昼食を取っていた。
「君は、何をしているのかね?」教授は驚いた顔で助手に尋ねた。
「すいません」かえでは申し訳なさそうに、「食堂まで行くのがめんどうなので、つい…」
かえでは偶然この研究室に迷い込んできた学生で、どういうわけか教授のことが気に入ってしまい、押しかけ助手として研究の手伝いをしていた。
「それにしても」教授は机に並んだ料理を見て、「どうやってこんなに作ったのかね?」
「ほんとに、すいません」かえでは深々と頭を下げると、「実は、あの装置を使ったんです」
「装置を?」教授は研究室の一角を占領している機械の塊を見て、「まさか君、この装置で料理を作ったのかね? 信じられない。そんな使い方ができるわけがない」
「でも、教授。それができちゃったんです」かえではそう言うと、まだ残っていたジャガイモや豚肉などの食材と調味料を容器の中に入れると、装置のボックスにセットした。
「えっと、これでパワーを弱にして…」かえでは装置のスタートボタンを押した。
装置はぶうぉーんと音を響かせて動き出した。しばらくすると、ボックスから白い煙が立ち上がった。それを合図に、かえでは装置のスイッチを切った。そして、ボックスの扉を開ける。中から出てきたものは、肉じゃがだった。
「でも、難点は…」かえでは肉じゃがを机の方に運びながら、「どんな料理になるのか、わからないことです。同じ材料を入れても、同じ料理ができるとは限らないんです」
「これは、たまげたな」教授はそう言うと、容器の中で湯気を立てている肉じゃがを、まじまじと見つめた。
「食べてみますか?」かえではそう言うと、教授に大きなスプーンを手渡した。
教授は恐る恐る口にした。その瞬間、教授の顔色が変わり、目から大粒の涙がこぼれた。かえでは教授の変わりように驚いて、急いで出来たての肉じゃがを口にしてみた。
「…まずい! 何で、これだけ。他の料理はとっても美味しいのに」
「これは、妻の味だ。私の妻は、どういうわけか、肉じゃがだけがまずくてね」
「妻って、あの、教授の、行方不明になっている…」
「そうだ。もう、二十年になる。私と一緒に研究してたんだが、この研究室で事故があってね。それ以来、行方がわからなくなっていたんだ。だが、とうとう見つけた。あいつは、この装置と同化していたんだ。ずっと、私のそばにいてくれたんだよ」
<つぶやき>愛する人のことを思い続けることができるなんて、素敵なことですね。
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彼は数(かぞ)え切(き)れないほど生(う)まれ変(か)わっていた。大変(たいへん)なこともたくさんあったが、いろんな人たちと出会(であ)い人生(じんせい)を楽(たの)しんでいた。
あるとき、彼は面白(おもしろ)そうな本(ほん)を手に入れた。その本にはタイムマシンのことが事細(ことこま)かに書かれてあった。彼は何度(なんど)も何度も読み返(かえ)した。
それ以来(いらい)、彼は生まれ変わるたびにタイムマシンを造(つく)ることに熱中(ねっちゅう)した。今まで出会ってきた人たちとまた会いたい。そして、彼が最初(さいしょ)に生まれた時(とき)へ戻(もど)りたくなったのだ。
しかし、何度も生まれ変わって研究(けんきゅう)を続(つづ)けてみたが、タイムマシンを完成(かんせい)させることはできなかった。それでも彼はあきらめなかった。彼には時間(じかん)はたっぷりある。いつか必(かなら)ず完成(かんせい)させることができるはずだ。彼は確信(かくしん)していた。
――彼は不思議(ふしぎ)な夢(ゆめ)を見るようになった。今まで彼が出会ってきた人たちが現(あらわ)れる夢。しかも、最後(さいご)を迎(むか)えるときの…。いろんな別(わか)れがあった。病気(びょうき)で亡(な)くなったり、殺(ころ)された仲間(なかま)もいた。そして愛(あい)した人の死(し)もあった。深(ふか)い悲(かな)しみが、夢の中で彼を苦(くる)しめた。
人と別れることには慣(な)れていたはずだった。彼の決意(けつい)は揺(ゆ)らぎはじめた。また会ってどうするんだ? 人はいつかは死ぬんだ。それを変えることはできない。そうだけど…。
彼は何日も、何か月も考(かんが)え続けた。そして、続けようと決(き)めた。それでも、彼らと再会(さいかい)したいのだ。まだ話したいことがいっぱいある。後悔(こうかい)をなくしたいのだ。
<つぶやき>悔(く)いのない人生。もしそんな生き方ができたら、それが一番の幸(しあわ)せかもね。
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「おまつりの夜」1
もうすぐ夏祭り。七夕まつりが始まる。私は初めてだから、わくわくしている。いつもは静かなこの町も、この三日間は騒がしくなるんだって。
商店街には大きな笹飾りが取り付けられて、屋台がいっぱい並ぶの。いろんなイベントもあるんだって。のど自慢とか、ヒーローショー、それに仮装行列。青年団や商店街の人たちが企画したゲームコーナー。聞いているだけで楽しくなってくる。最後の夜には花火が上がるんだって。海の花火! 私は一度も見たことがない。きっと奇麗なんだろうなぁ。
「ねえ、さくらはお祭り見に行く?」ゆかりが聞いてくる。私は、
「どうしようかな…」曖昧に答える。
実は、一緒に行ってくれる人がいないんだ。パパもママも町内会の手伝いで、私の相手をしている暇はない。一人で行くのは…。
私、方向音痴なんだ。この町には私の知らない場所がいっぱいある。知らない所に一人で行くのが怖いの。前に住んでいた所で迷子になったことがある。一人で泣きながら歩いていた。道を一本間違えただけだったのに…。
親切なおばさんが私を交番まで連れて行ってくれた。私が泣いてばかりで、何も話さなかったから…。
お巡りさんは私にお菓子をくれた。私は、それでやっと落ち着いた。お巡りさんに住所を聞かれたんだけど、まだ引っ越したばかりだったから覚えてなくて。でも、近所にあるお店を覚えていたから、そこまで連れて行ってもらって…。
なんとか家にたどり着いて、ほっとした。ママの顔を見たらまた泣いちゃった。それ以来、知らない場所に一人で行けなくなってしまったんだ。恥ずかしいけど…。
「私も行きたいんだけどなぁ」
「ゆかりは行かないの?」
「家の手伝いしないといけないから。親戚の人とか、お客さんがいっぱい来るの。ご馳走作るの手伝ったり、いろいろあるのよ。兄ちゃん達はどうせ遊びに行っちゃうし。弟は、あてにならないから」
…大変なんだ。と思いつつ、ゆかりが料理するところを想像できなかった。
「料理、出来るの?」思わず聞いちゃった。
「失礼しちゃうなぁ。私だって出来るわよ、それくらい」…そうなんだ。
「私も手伝ってあげようか? どうせ一人だから、暇なんだ」
実は、ゆかりが料理するのを見てみたかった。ちょっとした好奇心。ゆかりには内緒だけど…。
<つぶやき>人それぞれ、得手不得手があるものです。得意なことを極めましょう。
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朝(あさ)、目覚(めざ)めると、まったく知(し)らない場所(ばしょ)にいた。ここは…、どこなんだ?
起(お)き上がって周(まわ)りを見回(みまわ)す。まるで、子供部屋(こどもべや)だ。いや、子供部屋そのものだ。身体(からだ)に違和感(いわかん)を感(かん)じて手を見ると、小さくなっている。身体が全部(ぜんぶ)縮(ちぢ)んでしまったようだ。いや、違(ちが)う! 俺(おれ)は…子供になってるんだ。しかも女の子…?
俺はベッドから出ると部屋の中を歩(ある)き回った。そして、考(かんが)えた。どうしてこんなことになってしまったのか。でも、何も思いつかない。だって、昨夜(ゆうべ)はちゃんといつも通(どお)りに、自分(じぶん)の部屋でベッドに入って眠(ねむ)りについたはずだ。それなのに…。
こうなったら自力(じりき)で、自分の家(いえ)に帰(かえ)らなくては。でもどうやって…。そうだ、金(かね)だ。お金がなくては話(はなし)にならない。部屋の中を探(さが)し回ったが、見つかったのはブタの貯金箱(ちょきんばこ)だけだった。しかも、小銭(こぜに)しか入ってない。そりゃそうだ。小学生(しょうがくせい)が札束(さつたば)を貯(た)め込(こ)んでいるわけがない。ここは…、しばらくこの家にいるしかない。そう思い至(いた)った。
幸(さいわ)いなことに、この家の大人(おとな)は子供を大事(だいじ)に扱(あつか)っているようだ。それは、この部屋の様子(ようす)を見れば分かる。きっと多少(たしょう)のわがままも聞(き)いてくれるんじゃないのか?
ここで、俺はハッとした。そうだ、今日は大切(たいせつ)な商談(しょうだん)があるんだ。どうするんだよ!
子供の姿(すがた)じゃ行けないし…。もし、元(もと)に戻(もど)らなかったら? 小学生からやり直(なお)しかよ。
<つぶやき>ここはポジティブに考えて。別(べつ)の人生(じんせい)を歩(あゆ)んでいくのもありかもしれません。
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