我が家にはホオミドリアカウロコインコとコミドリコンゴウインコがいます。以前はセキセイインコや文鳥も飼っていましたし、ときどき雀を保護し一時非難しますが、それぞれの個体によってインコ臭が違います。文鳥と雀はインコではありませんが、鳥特有の匂いがあるのです。
匂いの発生源は、餌と尾脂腺から出る脂の匂いという考えがあり、穀物の種子が配合された混合シードを食べる子と、小麦、とうもろこしなどを原料にしている総合栄養食のペレットを食べる子では、匂いが違うといいます。
我が家で飼っている鳥たちは、ハリソンフードというインコ・オウム用のペレットを獣医に勧められてあげていますが、同じ原料のものを食べてもそれぞれに匂いが違うので、尾脂線から出る脂の匂いは大きく影響しているかな??と思います。
匂いには個体差があるのですが、一番匂いが強かったのはセキセイインコのミントでした。粉っぽい感じで嗅いでいると咳き込む感じになります。その次がコミドリコンゴウインコのナッツですが、ナッツは少し獣臭がします。そしてダントツいい匂いなのはホオミドリアカウロコインコのマメで、そのかぐわしい匂いはずっと嗅いでいたいと思うほどです。ちょうど布団を干した時の太陽のにおいです。うっとりとしてしまいます。
鳥を飼った経験がない方は”変態?”と思われるかもしれませんが、なんと!インコ臭のアイスや香水もあるほどなのですよ!!それほどインコ臭は魅力的ということなのだと思います。
そんなインコ臭を嗅ぎながら、この小さな体の美しい模様に違いがあったり、体から放たれる匂いに違いがあるように、私たち人間にもそれぞれに違いがあることに思いを馳せました。肌色の違い、目の色の違い、体系の違い、言語の違い、文化の違い、生まれた国の違い、宗教の違い…挙げたらきりが無いほどです。時にそうした違いが差別や格差をうむこともあり心が痛みますが、こうした違いはどうしてあるのでしょうか。みんな同じなら差別や格差など生まれないだろうに…なんて思います。
そこでシルバーバーチの言葉から、人種の違いについて述べている箇所を引用したいと思います。(*1)
「私たちは一人の例外もなく大霊の一部です。
そのうちのある者の肌の色を赤くし、ある者を黒色にし、ある者を黄色にし、ある者を無色(白色)にしました。
しかし、こうしたことは大霊の計画の一端なのです。
いつの日か、大霊の摂理に対する理解が行きわたり、すべての肌の色の人々が混じり合い、互いに愛の心で睦み合うようになれば、地上に調和が訪れるようになります。
あなた方は、肌の色の違いが意味するところを理解していません。
異なる肌の色が与えられたことには重要な目的があり、それぞれが生命の摂理の成就に貢献することになるのです。
すべての人種が一つに混じり合い、人間の肌の色で見分けるのではなく、その奥の魂で見分けるようになるまでは地上界に真の平和は訪れません。
(中略)
どの民族も他の民族にはないものを所有しており、そうした独自のものをそれぞれが持ち寄ることによって最高のものができ上るのです。
黄色人種には黄色人種ならではの貢献の場があり、白人には白人ならではの貢献の場があるこということですが、地上人類は、こうしたことに理解が及んでいません。
あなた方は自らが大霊の一部であることを忘れてはいけません」 シルバーバーチの教え・上巻 P90-91
このシルバーバーチの言葉は心に響く言葉です。
どの民族も他の民族にないものを所有していて、それを持ち寄ることで最高のものができるように神はこの地球創造の時に計画を建てたということなのだと思います。そして人種が一つに混じり合い肌の色ではなく魂で見分けることで平和が訪れるような構想になっているのですから、いかに人間が間違った方向に進んでいるのかが分かります。そしてみんなが同じでは平和は生まれないということなのだと思いました。互いの違いを認めてこそ平和は生まれるのです。
そういえば、はるか以前の話ですが…タイのプーケットに旅行に出かけたとき出店で飲み物を買いましたが、前に並んでいたのは白人の方でした。その方とは同じ飲み物を買ったはずなのですが、にもかかわらず値段が違ったのです。私の方がかなり高かった記憶があります。そのとき初めて黄色人種として、日本人として白人と差別されていることを感じショックを受け、とても不快に思いました。
世界では今も人種や民族、肌の色の違いで虐げられ差別されている人々が居るのかと思うと、それは私が経験した差別とは比にならないほど肉体的にも精神的にも辛いことなのだろうと思いました。そして目に見えることや聞こえてくることなどの五感でしか判断できない地上人は未熟な存在なのだと改めて感じます。
とはいえ、自分がそうした差別を持っていないかというと、そうではありません。息子の中学時代の友人にナイジェリアと日本のハーフの子がいましたが、初めて会ったときに2M近い身長と黒い肌に威圧感を覚えました。もし暗がりの中を一人で歩いていた時に、出会ったらきっと恐いと感じるだろうと思ったのです。息子に聞いたところでは、とても優しくて臆病な子だよ…とのことでした。
それは私が見た目で判断していたからですが、地上に蔓延る肌の色での格差の概念が私の中にも根強くあるからだと思います。どんな国の人も、民族も、肌の色の違いや宗教の違いも超越して、魂で見分けるのは大変な努力の居ることなのだと思います。
そんな時、私はその人が今、霊体という身体をまとい幽界という同じ場所にいることや神から賦与された同じ神性をもち霊的な繋がりがあることに思いを馳せます。(*2)その肉体がその人自身ではなく、本当のその人は魂そのものなのだと意識を切り替える訓練です。また、それぞれの環境での体験や経験を持ち寄ることで最高のものが出来上がるとイメージを膨らませます。
すると誰一人として必要のない人がいないように神は創造計画を建てたことに思いが至り、その計画を人間が勝手に変えてしまったのですから、神の建てた計画へと戻すことが必要だと思えます。誰もがかけがえのない存在だと思えるのです。
しかし私がそう思えるのは意識してでのことですので、自分の中に根強く残る差別の概念ととって変わるほどに真理を精神の一部にしなくてはいけないのだと痛感します。私は人種での差別や格差、貧困や飢餓、戦争や紛争がなくなり、みんなが生命の摂理の成就に貢献できる世界になってほしいと思っています。
そのためにも以下のシルバーバーチの言葉を支えに自分の心を律して意識改革に励んでいきたいと思います。(*1)
「手本を示すほかありません。
あなたたち自身の生活ぶりの中で、魂には黄色も赤色も黒色もないこと、肌の色は魂の資質とは何の関係もないことを示せば、そうした差別、禁制、防柵に苦しめられている人たちの注意を引くようになります。
大霊はその無限の叡智でもって子等にさまざまな肌の色をもたせ、それらが一体となって美事な全体色を出すように意図されたのです。
白い肌は霊の優劣さの証明ではありませんし、有色の肌が霊として劣っていることの証明でもありません。
本当の霊の試金石は神的属性を発揮する時、すなわち霊が物質を超越して優位を占めた時です」 シルバーバーチの霊訓9 P126-127
私は有難くもシルバーバーチの言葉から、肌の色の違いの意味を知り神の願いを知ることできました。誰もが一人として例外なく神と同じ資質を宿した霊的存在であることや誰もが神の子どもであることも理解しました。であるならば、知った者の責任として手本を示せるようにならなくてはならないと思います。
出来なくても諦めず、挫けず、霊が物質を超越して優位になることを生涯の目標に頑張りたいと思います。
その中の「コトとシンのうちゅういちふじぎなおはなし」には人間の体の構造についてが、 「コトとシンの10のどうして?」には人間の誕生の秘密が描かれています。
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