アクセサリー作りの日。
指定されたカラオケボックスにて、
音楽教室帰りの親子連れを出迎える。
しんしんと雪が降り積もる穏やかな夕暮れ。
各々、食事をしながら会話に花を咲かせ、
落ち着いた頃にアクセサリー作りを開始。
「こちらがアクセサリー用の素材です」
「わぁ……‼︎」
「宝石みたいに綺麗‼︎」
持参したテーブルクロスに
アクセサリー用のパーツを並べる度、
わっと歓声を上げる少女たち。
期待と好奇心を湛えた瞳は、
レジンの輝きも霞むほどに輝いています。
「はい、じゃあ好きなの選んで──……」
その言葉を言い終わるや否や、
四方八方から伸びる6人分の腕。
あっという間にテーブルの上は、
完全なる無法地帯に
「ちょっ……落ち着け‼︎」
この光景。
既視感あるな──……と思ったら、あれだ。
お正月の福袋争奪戦
ワゴンに群がる買い物客たちだ
「そ……それじゃあ、
パーツを好きな様に並べてね
レジンでその形に固定するから──……」
少女たちの勢いに圧倒されながらも、
とりあえずサンプルとして、
手持ちのパーツを適当に並べてみる。
「材料は沢山持ってきたから、
色違いが欲しい時も遠慮無く言ってね」
「えっと……それじゃあ、
この形でルビーっぽく出来る?」
「私は金色のお花とエメラルドが良い」
「紫の宝石をいっぱい‼︎」
待て
一斉に言うな
なんだかんだで6人の少女たち全員が、
アクセサリー作りに参加する事になって。
賑やかで楽しい反面、
労力も6倍かかります。
ママたちの勢いも凄いけれど、
少女たちのパワーも侮れません。
むしろ無邪気さが上乗せされているね。
容赦ないレベルで元気
指定場所がいつものファミレスではなく、
カラオケボックスだった事に今更ながら納得
これなら大声を出しても大丈夫、
第三者への迷惑を気にしなくて良いね
そもそもカラオケボックスに、
こんな大部屋があるなんて知らなかった……
『吹奏楽サークルが時々利用してるよ』
……という言葉に納得。
色々な使い方があるわけですね……
デザインが決まった子から順次、
レジンで硬化させてアクセサリーの完成。
ちなみにその間ママたちは、
ゲーム機を囲んで盛り上がっています。
「あら、女の子も作ったのね」
「ミルさん……
この中で1番遅く始めたくせに、
どうしてレベルが100を超えてるの……」
「へぇ……なるほど
こういう色使いも面白いわね」
「とりあえずフォローしても良い?」
お願いだから、
12人が一斉に話し掛けないで
彼女たちの声を聞き分けられるような、
聖徳太子超えレジェンドイヤーなんか無いよ
少女たち全員分のアクセサリーが
完成する頃には既に疲労困憊……
普段の仕事とはまた違う疲れ方をしています
ここ最近、睡眠不足気味だし、
今日は帰ったらベッドに直行しよう……
「ところでミルさん、
このあと、ご予定はあるの?」
「え」
「今日のお礼も兼ねて、
私たちから何かデザートでも
ご馳走させて頂こうかと話していたの」
「え゛」
「いかが?」
お気持ちだけで結構です
引きつらないよう気を払いながら、
精一杯の作り笑顔で申し出を辞退。
「まあ、遠慮なさらず」
遠慮はしてません
さて
どう切り抜けたものか──……
そんな矢先、
丁度良いタイミングで社長からの着信が。
いつもは嫌な予感しかしない着信が、
この時ばかりは天からの助けに感じます……
12人の女性を相手にするより、
社長を相手にする方が気分的には楽です。
……耳の負担も少ないし。
「会社から急ぎの案件の様です
慌ただしくてすみませんが、
本日はこれで失礼します……‼︎」
「あら残念
お仕事、頑張ってね」
テーブルクロスの上で
作業をする利点のひとつに、
『撤収がスピーディー』
というものがあります。
風呂敷のように、
そのまま四隅を結んで
カバンに突っ込める手軽さ。
周囲も汚さないから掃除の手間も省けるね。
外は既に真っ暗
吐き出した白い息が、
ネオンの鮮やかさに消えて行く
通話ボタンを押すと、
聞き慣れた社長の声
「ミルくん突然ごめんね」
「それで、ご用件は?」
「今すぐ作って欲しい物があるんだ」
本当に突然だね
「予定は大丈夫?」
「ええ、まあ……」
体力的には問題あるけれど
「今、どこにいるの?
迎えに行くから待っていて」
「ええと──……」
社長の到着を待つ間、
掻い摘んで聞いた説明によると
社長はお得意様のお宅で、
仕事の打ち合わせを行っていたらしい。
帰り際に男性の怒鳴り声が聞こえたので、
お得意様と一緒に様子を見に行くと。
そこには作業着姿の若い男性と、
彼に掴み掛かっている中年男性の姿。
慌てて止めに入って事情を聞くと
2人はガラス細工職人とクライアントで、
揉め事の原因はクライアントの発注ミス。
注文する数を間違えたから大至急作れ、
と大声で詰め寄るクライアントと、
指定数を期限内に作るのは無理だという職人。
『あの若者のことは知っている
彼の父親とは古くからの付き合いだ
なんとか助けになりたいが、
手伝える事が何も無いのが残念だ』
そう肩を落とすお得意様を前に、
調子の良い我が社長がのたまったらしい。
『ミルくんに頼んでみよう』と。
さて──……
どこから突っ込むか
とりあえず
ガラス細工は専門外
今回の無茶振りは無理‼︎
さすがにそれは無理過ぎる‼︎
ぶっつけ本番で、
難易度が高すぎません⁉︎
「自分、足手纏いにしかなりませんが⁉︎」
「とにかく頼むよ‼︎
行けばなんとかなる‼︎」
ならねぇよ
迎えに来た社長に、
半ば強引に連行されることしばし。
「あー……不安しかない
クラクラしてくる……」
この頭痛と眩暈は、
疲労や寝不足だけが原因では無いはずだ……
頭を抱えて打ちひしがれている間に、
無常にも車は現場へ到着。
既に帰りたい
絶望的な気分で案内されたそこには
床に突っ伏して号泣する中年男性と、
彼に背を向け黙々とガラスを溶かす職人。
なんなの、この光景
カラオケボックスの喧騒とは違った部類の、
聴覚的ダメージがそこにあった
「あの、おじさん……
大丈夫ですか……?」
恐る恐る声をかけてみると、
彼は泣き腫らした目でこっちを見て──……
「もうダメだ終わったぁ──ッ‼︎」
更なる絶望の淵へ
おっさん落ち着け
まぁ、その絶叫内容には
同意しかないけれど
「あの爺さんが自信満々に連れて来るから、
どんな熟練の匠かと思ったら……
なんだよ、ガキじゃないか‼︎」
社長と自分、かなりの年齢差があるからね
お客さんたちからは良く、
『釣りバカのハマちゃんとスーさんみたい』
って言われているんだ……
まぁ、釣りバカ日誌のハマちゃんは、
お笑い担当のムードメーカーだから。
ストイックで職人気質の自分とは、
キャラの方向性が全く違うけれど。
……そうだよね?
「作業をしながらで失礼します
手を貸していただけるそうで……」
ガラス細工職人の男性が、
背を向けたまま応対してくれる。
しかし
残念ながら貸したくても、
貸せる腕がない無情な現実
「あの若造職人に毛が生えた程度のガキに、
一体何ができるっていうんだ?
冷やかしなら邪魔だ、さっさと帰りな‼︎」
ごもっとも
あまりにも正論すぎて、
何も言い返す事ができません
ガラスの素材とか、
取り扱った事ないもん
「な、何も出来ません
ごめんなさい帰ります」
「そんな、せっかく来ていただいたのに」
お願い職人さん
引き止めないで
何も出来ないから‼︎
「そもそも自分、
ガラスは専門外で」
「じゃあ何しに来たんだ?」
わかりません
本当に自分、
ここに何をしに来たんだろうね?
「こっちはな……ツリーを飾るための、
オーナメントが足りなくて困ってるんだ‼︎
あと最低でも50個は必要だってのに‼︎」
「ツリー用のオーナメントですか……
それってサイズはどのくらいですか?」
「手のひらサイズくらいだな
職人の丁寧な仕事が感じられる、
手作りのオーナメントで飾ったツリーを
今年のメインにしようって会長が……」
そこまで言って、再び涙を滲ませる男性。
その『会長』にミスを叱られたのだろうか。
「会長の拘りは『職人の仕事』であって、
必ずしもガラス製である必要はない……?
もしそこを妥協していただけるのなら、
ガラス風のオーナメントだったら、
自分でも用意出来ますが……」
「俺としては、それでも助かります
今はひとつでも多くの飾りが欲しい
もちろんクライアント次第ですが……」
ちらり
ガラス細工職人が視線を向けると、
中年男性は唸り声をあげながら宙を睨む。
彼の中で葛藤が起きているらしい。
「確かに……穴を開けるよりは、
頭数を増やした方がマシだろうな……
しかし技術レベルすらわからない職人に
依頼するリスクを考えると──……
100均で売っている程度のレベルなら、
手伝って貰った所で逆に迷惑なんだよ」
最近の100円ショップアイテムは、
わりと侮れないクオリティだけれどね……
「それじゃあミルくん、
試しにひとつ作ってみなよ
合格レベルに達していれば採用って事で」
「……まぁ、材料や素材は、
まだまだ沢山あるからね……」
作れなくはない。
正直このクライアントの事は苦手だけれど、
ガラス細工職人の事は応援したいからね。
工房の一角を借りて、
カバンの中に入れっぱなしだった
白いテーブルクロスを広げる。
テーブルクロスの利点として、
作業再開の準備が早いという点もあります。
適当な場所を見繕って広げれば、
簡易的な作業スペースの完成だからね。
手元に転がってきた素材を組み合わせて。
金属のパーツでアクセントを出しながら、
手のひらサイズのオーナメントを作成。
「……はい、こんな感じです
最後に紐を通せば完成ですよ」
これをツリーに飾れば、
光を反射しながらユラユラと揺れて
きっと寒々しい
見るからに冷気属性
戦闘中に道具として使えば、
ヒャドくらい飛び出そうな雰囲気です
「これは……綺麗ですね
氷で出来た花のようです
有り合わせの素材を使って、
即興で作ったとは思えませんよ」
意外と高評価
作業の手を止めて、
じっとオーナメントを眺めるガラス細工職人
「俺が今作っているオーナメントは、
シャンデリアをイメージしたデザインです
混ぜて飾っても違和感無いと思います」
「確かに……これなら使えるな
よし、この方向性で構わない
色やデザインを少しずつ変えながら、
とにかく大量に作ってもらいたい
完成品は全てこちらで買い取る」
「とは言え、さすがに50個は難しいですよ」
「俺が作れるのは、
せいぜい1日に10個が限界です
装飾を減らせば個数を増やせますが、
クオリティを下げたくないので……」
「うーん……」
「…………」
しばしの沈黙
その沈黙を破ったのは──……
「じゃあミルくんが30個、
職人くんが20個作れば良くない?」
よくねぇよ
社長、本日2度目の無茶振り
しかも憎いほどの満面の笑顔で
「大丈夫だって、
2日で完成するから」
一度で良いから、その口
レジンで硬化してやりたい
「30個も作れと⁉︎」
「でも、そうするしかないし」
「まあ……そうなんだけど……」
つまりそれって……
2日間、帰れないんだね
「若い職人が、ひとつ屋根の下で2人きり
何も起こらないはずがなく──……」
社長はとりあえず黙れ
既に起こりまくってるよ‼︎
2日間、拘束確定の修羅場が‼︎
やがてこの工房内も地獄と化すよ……‼︎
「手持ちのレジン液では、
一晩しか持たないと思うから──……
社長は明日の朝一番に、
手芸店をまわって買い物をしてください」
「ああ、もちろん
出来るだけサポートするよ」
そんなわけで
自分はひたすら、
パーツ作りに勤しむことに
少し離れた所では、
職人くんが黙々とガラスを溶かしている
無言の職人たちを前に、
今は特にする事がない中高年コンビ
「その……すみません
お恥ずかしいところをお見せしました」
「その謝罪は職人たちにするべきだよ
もちろん感謝の言葉も上乗せしてね」
「はい……」
自然と2人の間に会話が生まれる
「子供が生まれたばかりなんです
15年以上も不妊治療をして、
ようやく授かった初めての子で……
気持ちが浮ついていたのか、
変に力を入れて空回りしたのか、
最近は仕事のミスが多くなっていて……
会長から出産祝いがわりにと、
今回の仕事を任されたにも関わらず、
この有り様で……もう……」
頭を抱える中年男性
ぽんぽんと、その肩を叩いて慰める社長
「御社の職人にも失礼なことを……
それなのに手伝っていただいて……」
「ミルくんは一目で気に入ってね
わざわざ他社から引き抜いて、
うちに来て貰った子なんだよ」
「それは……やっぱり技術が?
それとも人柄に惹かれて?」
「顔が気に入って」
聞こえてるぞ
ほら、どうしてくれるんだ
全員の視線が、
こっちに向いちゃったぞ
どう対処すればいいんだ、
この微妙な空気
「えっと……それは……」
中年男性、困惑
「…………。」
ガラス細工職人、
聞かなかったふり
「ミルくんはね、
死んだ娘にそっくりなんだよ」
社長、爆弾発言
「たまに連れて帰ると、
妻も凄く喜んでくれてね
夫婦揃ってミルくんはお気に入りなんだ」
「へ、へえ……」
社長……
だから‼︎
どうするんだよ⁉︎
この空気を‼︎
もう、知らん
とにかく目の前の仕事に集中しよう……
なんか社長が、
『ミルくんのポテンシャルを見よ‼︎』
とか言ってゴスロリ姿の写真を
自信満々に見せて回っているけれど──……
何も見なかった事にしよう
そして
なんとも言えない雰囲気のまま夜明けを迎え
パシリに徹してくれる、
中高年コンビの助けも借りて──……
奇跡的に50個、無事に納品
睡眠時間は2日合わせて、5時間弱
もう……
色々と限界です
帰宅後、さすがに体調を崩して
数日間寝込んだけれど──……
11月の末で、この忙しさ
師走の訪れが今から恐ろしい今日この頃です