前回からの続きです
ふくよかな初老の女性が、
人懐っこい笑顔で手を振っている
彼女が店主であり、今回のお客様
外観と同様、昭和感たっぷりの店内は、
親戚の家のような親しみ易さがあります
このホッとする感じ──……
レトロゲームで例えるならば、
満身創痍でセーブポイントに辿り着いた感覚
ドラクエ2のロンダルキアの祠とか
オートセーブが主流の今では、
あまり感じることのないスリル感よ……
それはさておき
「やっと辿り着けました」
「酔っ払いにでも絡まれたかい?」
そんなありふれた物じゃねぇ
「お茶を用意したんだ、まずは座って」
促されるまま席に着くと、
程なくしてお茶が運ばれて来る
中身はチャイかな
優しいミルクと仄かなスパイスの香りが
立ち上る湯気と共に周囲に広がって
この店内にいると、
時間の流れが緩やかに感じます
ここは店主のテリトリー
ある意味、守られている状態です
店内でトラブルに巻き込まれる事は
無いだろうという安心感に、
緊張がほぐれて行くのを感じます
ああ……
ようやくトラブルの連鎖から解放される……
「外は寒かったっしょ?
道は滑らなかったかい?
うちの旦那も転んで腰をやっちゃってね」
店主の気さくな道産子訛りが、
アットホーム感を更に引き立てています
この飾らない雰囲気は嫌いじゃない
決して嫌いではないのだけれども──……
「うちの常連さんがね
親戚の子を預かってるんだけど、
その子がまた問題のある子なんだわ
学生時代にギャンブルにハマって、
多額の借金作ったらしくてね……
まだ若いから、今の内に何とかしないと」
突如始まる世間話
アットホームなのは良いけれど、
店主のお喋りが少々長めなのが困る
「知り合いのホストクラブで、
雑用として雇って貰ったんだけどね
そこでまた問題を起こしたらしいんだわ」
「そ、そうなんですか……」
ええと……
その話、長くなりますか?
「一度ガツンと言ってやらなきゃ、
あの子の為にもならないって話になってさ
これからこの店に呼び出して説教タイム」
え
ちょっと待って
「そんなわけだからさ、
ちょっと場が荒れるけど気にしないでね」
荒れる事は確定かよ
いや、それよりも
そんなタイミングで、なぜ自分を呼んだ⁉︎
修理作業の日程なんて、
いくらでもズラせたでしょ⁉︎
「第三者がいる場の方が、
逃げられないで済むからって
それでウチの店が待ち合わせ兼、
説教部屋として選ばれたんだわ
この時間帯なら客もいないからね」
それなら尚更、
自分の場違い感が際立つ
彼らの事情とは全く無関係の、
オブジェの修理に来ただけの人だよ?
なぜ自分がこの場にいるのだろう
出直した方が良いのでは……?
「ミルくんがいれば、
何かあった時に対処して貰えるかなって」
悪びれもせず言うな
そもそも自分、
争い事は苦手なタイプです
全力で殴れるのは、
せいぜいスイカくらいだし
「頼りにされても困りますよ……」
「ミルくんなら大丈夫だって‼︎
その目力は十分に威圧感があるからさ‼︎」
「ガンつけた、って怒られません?」
「身内相手にしか強く出られないらしいよ」
裏弁慶タイプかな
「そんなわけだからさ、
同じ空間にいてくれるだけで良いんだわ
安心してお仕事に専念して大丈夫だから」
「そ、そう……」
店内に入ればトラブルから解放される
そう思っていた時期が自分にもありました
まさか店の方が巻き込む気満々で、
トラブルを用意してるなんて誰が予想する⁉︎
「胃が持たない……」
「胃薬とチャイの材料って似てるんだってさ
だから、前もって飲んでもらおうかと……
おかわりもあるからさ、沢山飲んでね」
微妙過ぎる優しさ
ウェルカムドリンクで、
胃痛への予防線を張らないで……‼︎
「用意周到ですね」
「まぁ、ひとつ頼むよ
仕事の邪魔はさせないからさ」
まぁ、仕方がない
自分が成すべきことに、
ただ真摯に向き合えば良いだけのこと
案外、仕事に没頭している間に、
件の説教も終わっているかも知れないし
「それじゃあ本来の目的──……
仕事の準備を始めたいのですが……」
「ああ、そうだね
テーブルに新聞紙を敷くから、
そこで作業をして欲しいんだよ」
よいしょ、と
店主が抱えて来たのは宝船のオブジェ
黒塗りの船の上には
サンゴや小判などが積まれていて、
いかにも縁起が良さそうです
「船の帆の部分が根本から折れちゃってさ
他にも小さなパーツ部分に傷があって」
「なるほど」
「クリスマスが終わったら、
ツリーの代わりにコレを飾るんだよ
店の開店祝いに貰った品でね、
もう、かなり年季が入ってるっしよ?」
確かに年代を感じるものの、
大切にされてきたことも伝わります
作品は、ただ作るだけでは未完成
人手に渡り大切に使い込まれる事によって、
初めて完成となる……とは、良く言ったもの
うーん
こういった作品を見ると、
こちらも自然と背筋が伸びてきます
先人の仕事に敬意を払いつつ、
まずは修復箇所の洗浄から行いましょう
「へぇ……やっぱりプロなんだね」
「はい?」
「オブジェを前にした途端に、
ミルくんの顔つきが変わったよ
まるで別人みたいな迫力だね」
待って
迫力って何⁉︎
仕事モードの自分って、
周囲からどんな目で見られているの?
そう言えば──……
今の会社に入ったばかりの頃は、
『仕事中のミルくんに話し掛けるの怖い』
そう言って社長や他の従業員たちが、
かなり遠巻きに自分を見ていました
今ではすっかり慣れた様子だけれども
「そんなに迫力あります?」
「普段とのギャップが、かなり激しい……
というのもあるかも知れないけどね
いつもはニコニコして話しかけ易いから」
つまり
要するに
真顔が怖いと
そういう事なんだね……?
普段から人と接する時は、
笑顔を意識しているのだけれども
仕事モードに入ると、
目の前の作業に集中しちゃうから
笑顔が消えてしまうみたいだね
うん
そっか……
…………。
いや
悪い方に考えるな
仕事中の姿に迫力を感じるのなら、
それを最大限に活かして身を守れば良い
例え場が荒れようが、
仕事に集中さえしていれば
巻き込まれずに済むじゃないか‼︎
「それでは仕事を始めますね」
「うん、頼むよ」
よし、気を取り直して
まずは空気を吹きかけて、
オブジェの埃を綺麗にします
同時に細めのブラシで汚れを落として……
チリン
近くでドアベルの音
店内が静かなせいか、妙に響く
「まだ叔母さん来てない?」
「いらっしゃい、待っていたよ
彼女はまだだね
先に何か食べるかい?」
「じゃあハンバーグ定食」
例の問題児が来たらしい
今の所は特に問題行動は見られないけれども
「バイト先で大変だったんだって?」
「あー……うん
出禁になった客がいてさ
それでも未練がましく店の前に来るから、
ちょっと声を掛けてみたんだ
上手いことやればその客に、
借金肩代わりして貰えるかも知れないし」
動機が酷い
「他の店に呼んで何度か一緒に飲んだんだ
そうしたらその女……
会う度にだんだん言動がヤバくなって‼︎
流石に手を切ろうとしたら、
今度はストーカー化しやがった……‼︎」
出禁になるからには、
やっぱりそれ相当の理由があるわけだね
「店にも叔母さんにも怒られるし、
何で俺ばかり不幸なんだろうな……」
わりと自業自得だよ?
そこに気付くためにも、
愛の説教は必要なのかも知れないね
「はい、召し上がれ」
彼の話に耳を傾けるものの、
特には何も言わない店主
それは叔母さんの役目だと、
彼女も分かっているからだろう
ただ、そっと料理を差し出す姿が妙に優しい
静かな空間に、
彼が食事をする音だけが響く
穏やかな食事風景だ
この分なら大丈夫だろう
安心して目の前の作業に集中する
以前、店主が自力で修理した名残りだろうか
変色した接着剤が所々に付着している
本体に傷をつけないよう、
注意しながら剥がさないと……
欠けたりヘコんだ部分は、
同じ色の顔料で埋める必要がある
折れてしまった帆の部分は、
ただ接着するだけでなく、
補強もした方が良さそうだ
どれも特に難しい作業ではない
持参した道具と材料で何とかなりそう
ただ問題は──……
「ごめん遅れたぁーっ‼︎」
ドアベルの音も掻き消えるほどの声量で
店内へ駆け込んできた1人の女性
彼女が例の『叔母さん』だろう
既に食事を済ませ、
食後のお茶を飲んでいた彼が顔を顰める
「叔母さん……
店の中で走るなよ」
「問題児のくせに、正論を……っ‼︎
聞いたよ、あんた客から、
財布を盗もうとしたんだって⁉︎」
「違うって‼︎
トイレで財布を拾ったから、
持ち主を調べる為に中身を見たんだよ‼︎」
「その言葉を誰が信じるってんだい‼︎
普段から信用を失う事ばかりして‼︎
そもそもの借金だって、
学費が足りないだなんて嘘付いて
親戚中から借りたんだろう⁉︎」
来店と同時に始まる説教タイム
かなり怒りを溜め込んでいたのか、
それとも彼女が元々勝気な性格なのか
どちらにしろ
集中出来ねぇ
あの……
わりと繊細な作業をしているのですが……
「──……って、説教は後だよ‼︎
あんたが被害にあっているっていう、
例のストーカーが近くにいるみたいなんだ
確証はないけど聞いてた特徴にピッタリで
念の為に避難しておいた方が良いよ」
「げっ……」
まさかの展開
嫌な予感しかしない
「あんた、後をつけられてたみたいだね
店の近くをウロウロしていたけど、
下手したら中に入ってくるかも……」
「ど、どうしよう……
あの女マジでヤバいんだよ……」
「爺さんに電話しておいたから、
とりあえずはそこで匿って貰いなさい
その連絡やら何やらで到着が遅れたんだよ
少しは感謝して貰いたいもんだね」
この叔母さん──……出来る‼︎
彼女の行動力と気遣いは見習いたいものです
「でも下手に外に出て鉢合わせたら……」
「じゃあいっその事、
彼女を店に招き入れれば良いっしょ
ホストくんはその間、店の奥に隠れてね
私たちが彼女を引きつけている隙に、
裏口から外に出てお爺さんの所に行こう
……それで良いかい?」
店主さんも頼りになる
この機転の働かせっぷりは、
人生経験のなせる技なのでしょうか……
「うぅ……
お願いします……」
「ミルくん、悪いけど頼まれてくれるかい?
私が合図したらホスト君を連れて、
お爺さんの所に送り届けてあげて」
「わかりました」
作業の途中だけれども、
それどころじゃねぇ
「それじゃあ彼女を連れてくるから、
ミルくんはバイトのフリでもしながら
パーテーションの前に立っていてね」
店の奥へと続く部屋にドアは無く
あるのは木製のパーテーションのみ
やろうと思えば、
簡単に中を覗くことが出来ます
ここに立つということは、
目隠しの役割も同時に担うということ
不審な動きをして、
怪しまれないようにしないと……
急いでテーブルの上を片付けると、
バイトっぽくメニューを小脇に挟んで
言われた通りにパーテーションの前に立つ
正直言って、
緊張感が凄まじい
胃痛を通り越して、
何故か背中まで痛くなって来たよ……
チリン
少し経って
店主が若い女性を連れて戻って来ました
女性が大切そうに抱えた
トートバッグからはみ出しているのは、
真っ黒に顔面を塗り潰されたお人形さん
ああ……
これ、
ダメなやつだ
「どうだい?
食べられそうなもの、あるかい?」
「この、ステーキ……」
「ステーキにするかい?」
「生のお肉だけ貰えますか?」
「生では出せないからレアにしておこうか」
「はい……」
生肉を注文する客、初めて見たよ
何処から突っ込めば良いのかわからない
「はい、お待ち」
程なくして
言葉通り表面を軽く焼いただけの、
ほぼ生の状態のステーキが用意される
彼女は徐にトートバッグに手を突っ込むと、
中から人形とナイフを取り出して
ざくっ……
なぜ?
なぜ、彼女は人形の顔面に、
ナイフを突き立てたのかな?
ざくっ
ざくっ
なぜ、彼女は人形と肉を交互に、
ナイフで突き刺しているのかな?
黒魔術?
黒き聖餐?
どちらにしろ、
震えが止まらない
「バイト君‼︎
あがっていいよ‼︎」
「はい‼︎
お先に失礼します‼︎」
反射的にそう返事をして
店の奥に行くと、
2人分のカバンを持ったホスト君が
裏口の前でスタンバイ中
よし
さっき見た事は忘れよう
無言で顔を合わせ、頷き合うと
そのまま夜の街へと全力疾走
目指すは何処の誰かもわからない、
『爺さん』とやらの住まいです
既に不安しか感じねぇ……
現在までに起きたトラブル
・全裸の男に焼き魚を投げられる
・公衆トイレで薄毛に呪われる
・痴話喧嘩のカップルに砂利を撒かれる
・仕事現場が説教部屋になる
・客が謎の儀式を始める
本当の地獄はこれからです
宜しければお付き合い下さい
つづく