一般的に頭は悪いより良いほうがいいと思われている。私もずっとそう思っていた。しかし、最近、頭がいいことが決して「幸福」になれることを意味しないと感じるようになった。
世の中にはある分野で驚異的な天才性を発揮する場合がある。たとえば、本を一度読んだだけですべての内容が頭の中に入る人や、一度見た風景を1年後に正確に絵に描ける人、また一度聞いただけで10万曲もの楽譜を暗譜できる人がいる。こうした人々は今日、サヴァン症候群といわれる。
一度見たり聞いたりしたことをすぐ記憶できるというのは、うらやましい限りである。小さいころかかりつけだった開業医の先生も、今から思えばサヴァンだったのかもしれない。「教科書なんか1回読めば全部頭に入る。なんでそんなに一生懸命勉強するのか?」と不思議がっておられた。東大の理Ⅲ卒だった。ただし、賢すぎたのかいつ医院を訪れても患者はほとんどいなかった。
世の中にはサヴァンとまでいかなくても、記憶力がいい人は多い。そしてそのことで得をすることも多い。しかし、記憶力がいいということは「いやなこともずっと覚えている」ことでもある。だから必ずしもいいこととは限らない。実際、昔のいやなことをいつまでもずーっと引きずって苦しんでいる人を知っている。
いやなことを「忘れたい」「忘れたい」と思っても、昨日のことのように繰り返し繰り返し記憶がよみがえってくる。前を向いて人生を歩まなければいけないのに、バックミラーを見ながら前進するようなものだ。それってすごく「しんどい」に違いない。ふとしたことで昔のことを思い出し、挙句の果てに言わずもがなのことを口走り、周囲の人の気分を害することもある。
その点、私は幸せである。うれしかったことも嫌なこともすぐに忘れることができる。もちろん勉強したことだって例外ではない(苦笑)。でも、そのおかげで毎日幸せである。「頭が悪くてよかったなあ」としみじみ思う。ただし、他人から受けた「恩」だけは心に刻んで忘れないようにしている。