8月13日、お盆の入り。
8月15日、送り火の日。
ここ数年、凄く細やかに思い出すんです。
母方のお婆ちゃんの事。
元気だった頃から、入院を経て、お盆に迎え火と送り火をした事。
母 『13日には地獄の蓋が開くと言って、死んだ人が家に帰って来るんや。
せやから、家はココやで~って教えてあげなアカンねん。』
そう言って、お盆の入りにはお団子を玄関先に用意して、何かをしたと記憶しています。
そして、お盆が終る15日までお婆ちゃんが住んでいた団地に泊まり(母の弟がまだ済んでいた)15日には、ナスやキュウリに割りばし等で馬等を作り、送り火を焚いていた。
団地で送り火って、今だったら、完全にOUTですよね(^^;)
ですが、当時は結構、アチコチで送り火の煙が上がっておりました。
火事が出なかった事を思うと、当時は相当、火には気を付けていた人が多かったと思われます。
幼い頃、母方のお婆ちゃんが元気だった頃に泊まりで遊びに行った時には、お婆ちゃんの家のベランダから夜景を見る事が凄く好きでした。
団地の10F以上のフロアに住んでいたものですから、それは、夜景も綺麗でしたよ~✨
大きな黒い犬を飼っていて、降りる時は階段を使い散歩に出かけ、帰りは誰かがエレベーターに乗るのを待っていて、自分が住んで居る階に止まるとちゃんと降りて帰って来て居ました。
kugachanも妹とお菓子を買いに行った帰りに、お婆ちゃん家の犬と出くわし、一緒にエレベーターに乗った事を記憶しています。
自分の家のある階でエレベーターが開くと、サッサとエレベーターを降りて、自宅に戻っていた事にはビックリでした(*^▽^*)
その後、お婆ちゃんは入院、亡くなった時は、流石に幼いと言う事で、お婆ちゃんの妹に来て貰い、面倒を見て貰いました。
その後、お婆ちゃんが住んでいた団地でお盆らしい事をしたのは1回だけでした。
母にとっては、毒親だったそうですが、kugachanは好きでした。
まだ、幼かった事もあったのでしょうけど、ベランダから見た夜景も、お婆ちゃんちの間取りも覚えています。
そして、お婆ちゃんを探しに、同じ団地内の婆ちゃん友達の家に、お婆ちゃんを探しに行った事も覚えています。
さて、想い出話しはここまでにしましょう。
記事の初めの方に書いた、母の言葉。
今でも、ご年配の方なら口にする事もあるかも知れませんね(^-^)
ですが、不思議に思うのです。
『地獄の窯の蓋が開く。』『地獄の窯の蓋が閉まる。』
何故???
お盆は、地獄に落ちた人だけが、情けか何かで帰って来れる日なのかしら?
地獄に落ちた人だけ・・・と言うなら、地獄の窯の蓋が閉まるとか以前に、その魂は逃亡しちゃうのでは???
幽霊とかになってでも、この世に留まってしまう気がしちゃいます。
まぁね、天国に行けた人は、極楽浄土と言われるような、何か、とんでもなく素敵な場所らしいので、現世にたったの1日でも戻りたくないのかも知れませんけどねぇ・・・。
生まれ変わりが有るとしたら、kugachanも誰かの生まれ代わりか、何かの生まれ変わりなのかも知れませんが、記憶に無いのでねぇ・・・。
修行不足なのかな???(^^;)
今の世代では、各家では迎えたり送ったりしないようですね。
中には、そう言う風習が残っているトコロもあるでしょうし、形を変えてお盆を迎えているトコロもあるのでしょうけど・・・。
良い習慣は残して、悪しき習慣は消してしまいましょうね。
火事等が怖いなら、形を変えてでも大切な亡き人をお迎えし、お送り出来ると良いですね。
kugachanは、今年は母方のお婆ちゃんの事を、元気な頃から入院していた時の頃まで、随分と細かく思い出しました。
今も、涙が出ます。
母は、お婆ちゃんが亡くなった時の年齢を超えました。
心の中で、お婆ちゃんを送りたいと思います。
父方の祖父母も亡くなってはいるのですが、おばぁの時はちゃんと顔を見る事も出来たし、空に還って行く煙もちゃんと見ました。
母方のお婆ちゃんは、知らぬ間に亡くなり、遠い所で永代供養をしてくれるトコロに、母の兄と一緒にいるようです。
子供の頃の8月は楽しさMAXでしたが、大人になり、子供達が成人すると、忙しさもかなり減り(子供が小さい頃は24時間勤務と同じでした💧)、思い出してしまう事が増えてしまうのかも知れませんね(^^;)
それでも、やはり、母の言葉は地獄に落ちた人だけかよっ!と、ツッコミを入れたくなるkugachanでした( ̄▽ ̄;)
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