伝説のスナック「ファニー」
かつて、小田急線「成城学園前駅」の近くにあり、『ウルトラセブン』を撮影中のキャストとスタッフのご用達だったスナック「ファニー」。
第1期ウルトラシリーズの企画立案や脚本などを担当した金城哲夫氏、ウルトラマンのメイン監督・円谷一氏、ウルトラセブンのメイン監督・満田かずほ氏、特技監督の高野宏一氏。
そして、セブンの撮影スタッフやキャストのたまり場だった伝説のスナック「ファニー」について紹介します――。
円谷スタッフのたまり場
ファニーは、美センや円谷プロからタクシーで数分という距離にあったため、円谷スタッフのたまり場になっていました。
『ウルトラセブン』でアンヌ役を務めたひし美ゆり子氏は、撮影が始まった頃に満田監督に連れていってもらったとか。
当時20歳で、遊びたい盛りだったひし美氏は、それから毎晩のごとくファニーに通って騒いでいたそうです。
勘定は特撮班の高野宏一氏などが払ってくれたので、ひし美氏はサイドメニューの即席ラーメン代くらいしか払った記憶がないとか。
しかし、「女優としての意識に欠ける」とそういった生活態度を快く思わなかったウルトラセブンのメイン監督だった満田監督。
お灸を据える意味で、第9話『アンドロイド0指令』では台詞がたった1行、第11話「魔の山へ飛べ」ではひし美氏の出番が無くなってしまいました。
しかし、当の本人は「台詞がなくて楽だわ♪」と意に介していなかったという(笑)
ちなみに、ウルトラセブンの撮影中の1967年当時はグループ・サウンズブーム真っ只中。
ファニーで、スタッフが奏でるザ・ジャガーズの『君に会いたい』のアコギの弾き語りに合わせて、キャストやスタッフみんなで歌っていたそうです。
ウルトラシリーズの生みの親の一人・金城哲夫氏もファニーの常連で、沖縄から送られてきた泡盛を持参して訪れ、皆に振舞うこともありました。
当時、祖師谷に住んでいた金城氏は、祖師谷のエーゼットとファニーをハシゴして、自転車でフラフラ帰って朝起きたら、畑の中で寝ていたこともあったとか。
シュワッチ事件
ウルトラセブン第41話「水中からの挑戦」の撮影時、砧公園の夜間ロケの際のエピソード。
ゲスト俳優の撮影を先に行うことになったため、森次氏、石井(現・毒蝮)氏、古谷氏、ひし美氏は、満田監督の厚意でウルトラ警備隊の衣装のままファニーで待機することに。
古谷氏の車でファニーに向かった4人は、最初は撮影があるのでお茶を飲んでいたが、待てど暮らせどお呼びがかからない。
業を煮やした毒蝮氏は、満田氏のボトルを飲み始め、2時間ほどで9割がた残っていたボトルを一人で飲み干してしまう。
ようやく出番を知らせる連絡があった時、すでに出来上がっていた石井氏は「シュワッチ!」と言って、ファニーの2階の窓から飛び降りてビル前の歩道に華麗に着地。
しかし、撮影現場に到着後、酔いが回りすぎて呂律が回らなくなっていて、自分の台詞を何度も噛んでしまうため、結局フルハシの台詞をダンが言うハメになったという。。
成城マンションの2階
ここからは、ファニーがあった場所を見つけた経緯についての記述を少々。
1973年の成城学園前駅周辺の住宅地図を調べたところ、駅の北東にある成城マンションに「コーヒーファニー」という文字を発見。
グーグルマップで同じ場所を調べたところ、現在は10階建てのマンションになっていました。
成城マンションがあった頃の画像が残っていないかグーグルマップのストリートビューで遡ってみると、2008年のところで解体直前の成城マンションの画像が出てきました。
そこで、スナックファニーの常連だったひし美氏に確認をとったところ、「ズバリそこです。寿司屋の2階でした」との回答を頂きました。
その情報を元に、1986年のゼンリン住宅地図で成城マンションの各階のお店構成を調べたところ、喜久寿司の2階に「ファニー」を確認でき、裏付けがとれたという次第です。
ファニーでは、ウルトラセブン撮影終了後に有志で打ち上げも行われており、ある意味、ウルトラセブンゆかりの場所といえるのかもしれません。
なお、同じビルにあった「マイウェイ」というパブも、円谷プロの人たちがよく利用していました。
ひし美氏は、同じくファニーの常連だった作詞家の牧エミコ氏に「アンヌちゃん、アンヌちゃん」と可愛がってもらったそうです。
牧氏が作詞したパープル・シャドウズが歌う『小さなスナック』はファニーのことで、“白い扉の or 赤いレンガの小さなスナック”として歌詞に登場します。
編集後記
『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『マイティジャック』撮影時にキャストやスタッフのご用達だったお店は、祖師谷の「エーゼット」、成城学園の「ファニー」の2つ。
エーゼットについては、ウルトラ関連著書などで場所はわかったんですが、ファニーについては「成城学園前駅」前にあったという情報しかありませんでした。
しかし、ダメ元で成城学園前駅の周辺を調べたところ、“コーヒーファニー”という文字を発見。
その後、グーグルマップのストリートビューやゼンリン住宅地図の階構成などを調べて場所の特定に至りました。
“ウルトラセブン55周年”のアニバーサリーイヤーにウルトラファンにとっての伝説のスナック「ファニー」があった場所を特定できたのも何らかの導きなのかもしれません。
ちなみに、ファニーがあった成城マンションが閉鎖・解体されたのは、ウルトラセブンが撮影された美セン(東宝ビルト)が閉鎖・解体された年と同じ2008年です――。
【出典】「アンヌ今昔物語 ウルトラセブンよ永遠に…」「セブン セブン セブン アンヌ再び…」
「昭和42年ウルトラセブン誕生」「金城哲夫 ウルトラマン島唄」
「あれから55年・・アンヌのひとりごと」
「ゼンリン住宅地図」