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▲明治維新

▼江戸幕府の終焉、明治維新(『翔ぶが如く』、『獅子の時代』、『デビルマン』)
1867年のパリ万博を視察した日本人一行が『獅子の時代』で描かれている。

1867年に慶喜が大政奉還。そのあとの王政復古は当時の暦では慶應3年(1867年)になるが、今の暦では1868年になるようだ。
鳥羽・伏見の戦いが始まり、1868年の前半が慶應4年、この年の9月8日から明治元年になったようだ。
慶應四年のできごとは、『必殺からくり人・血風編』で描かれている。
また、中村主水は鳥羽・伏見の戦いに出陣し、殺しの目撃者を槍で殺害した。
この戦のことは『白虎隊』、『五稜郭』、『翔ぶが如く』などで描かれている。よく、沖縄の集団自決に関して強制の有無が問題になるが、それなら壇ノ浦の合戦や白虎隊の自決などについても、どこまで本人たちの意思だったか、検証すべきであろう。

1867年、大政奉還のあとに、坂本龍馬は近江屋の二階にいたところを暗殺された。
龍馬を暗殺した犯人に関しては、映画『竜馬を斬った男』を参照。

『JIN-仁-』によると龍馬は南方仁の手術で師走まで生きのびたが、仁から明治維新後の日本の歴史を聴いて、満足して息を引き取った。

『巨人の星』で星一徹は龍馬が生前、「ドブの中でも前のめりに死にたい」と語ったと飛雄馬に告げた。龍馬が没して1世紀ほど経過した1968年正月のことである。漫画の性質上、龍馬がドブの中で前のめりに倒れている絵も何度か描かれた。しかし、これは龍馬が語った願望であり、龍馬がそれを言ったのが事実だとしても、実際に龍馬がこんな死に方をしたわけではない。『巨人の星』では龍馬の実際の最期については一言も触れられていない。

1869年(明治2年)、蝦夷が北海道と改称。

チェーホフ(Chekhov、1860~1904)の『かけ(賭け)』によると、1870年当時、25~6歳だった法学者が、おそらく年上と想われる実業家との賭けで幽閉生活を送ることになった。1870年11月14日の12時から1885年11月15日12時(昼らしい)までの15年間、法学者が幽閉生活に耐えられたら、実業家が200万ルーブルはらうことになっていた。結果はぎりぎりで法学者が逃げ出したため、実業家の勝ち。

『巨人の星』で星一徹が語ったところによると、
1870年、フレディ(またはフレッド)・ゴールドスミス
(Fred-dy~またはFred Goldsmith)が
コネチカット(Connecticut)でカーブの世界第1号を投げた。ところが邪道だと批判され、カーブ發明者の地位も横取りされたらしい。一徹がこれを語ったのは1968年、日本シリーズと契約更改の間の時期である。
カーブの發案者についてはキャンディ・カミングス
(Candy Cummings)だとする説もあるらしい。

あの『フランダースの犬』も1870年ごろが舞台らしい。
GyaO!の解説でそうなっていた。
検索結果 番組 フランダースの犬 - GyaO!ストア
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1871年(明治4年)に廃藩置県。『獅子の時代』によると、会津で藩に尽くしていた高齢の武士が、廃藩置県の噂を聴いて愕然。その息子・平沼銑次(ひらぬませんじ、銑≠鉄)は「会津は無くしても、あいつら(明治政府)が薩長を無くすわけがない」という政治的判断でそれを疑っていたが、当の老武士は自刃。藩は消滅した。

映画『北の零年』のホームページによると、明治政府は四国の稲田家の人々に北海道への移住を命じ、この年、第1次移民団546名が北海道に到着した。大黒屋光太夫が蝦夷に到着した1792年から79年の月日が流れていた。
さらに10年後の1881年(明治14年)の北海道開拓は『獅子の時代』で紹介されている。
『春の波涛』は女優・川上貞奴(かはかみ~→かわかみさだやっこ、1871~1946)の物語。

1972年、ホーレス・ウィルソン(Horace Wilson)が
baseballを日本につたえた(2007年、東京ドーム、野球体育博物館の冊子より)。

NHKの『獅子の時代』のDVDを紹介するホームページによると、1872年の終わりに太陽暦が採用され、陰暦の明治5年(1872年)12月3日が陽暦の明治6年(1873年)元旦に改められたらしい。

第7騎兵隊を倒したのは誰か
1876年ごろ(推定)、中村主水らが天保時代からこの時代のアメリカにタイムスリップ(『仕事人意外伝・主水、第七騎兵隊と闘う・大利根ウエスタン月夜』)。ネットで調べると、中村主水は現地の人たちの恨みを晴らすため、カスター将軍率いる第七騎兵隊と戦ったらしい。

『EAST MEETS WEST』で忍者「タメ」と武士「ジョー」がやってきてから16年後のことで、為次郎は酋長になって長生きしたそうなので、このときもアメリカにいた可能性がある。

『新デビルマン』の「リトル・ビッグホーンの悪魔」でもデビルマンが第7騎兵隊を壊滅させた話が出てくる。
白人の部隊が先住民を多数虐殺し、デビルマンが仇を討った。主水に協力した次郎右衛門(漢字表記はWikipediaより)はアメリカに残り、ジェロニモになった。
「リトル・ビッグホーンの戦い
(Battle of the Little Bighorn)」のことだろう。
Wikipediaによると、1890年には
「ウンデッド・ニー(Wounded Knee)の虐殺」もあり、第7騎兵隊が
スー(Sioux)族の集まり300人近くを虐殺したらしい。
(猿谷要著『西部開拓史』岩波新書、黄表紙)

白人側は先住民が白人を虐殺したと言い、先住民は白人が先住民を虐殺したと言う。歴史とは相対的なもので、アメリカが金科玉条のように言う「テロとの戦い」にしても、アメリカと戦っている側から見ればアメリカこそテロリストである。シナ、ロシア、フランスとアメリカ自体がテロリストによってできた国である。

この1876年、あの野口英世が生まれた。1900年に渡米、1928年、黄熱病の研究中に没した(生没年、経歴などは『広辞苑』、『大辞林』より)。映画『遠き落日』で野口英世の生涯が描かれている。

「西郷隆盛征韓論」は誤解か
『翔ぶが如く』で、「西郷隆盛は征韓論に含むところがある」との噂に対し、隆盛自身は「自分は朝鮮を討てとは一度も言っていない」と反論した。「西郷隆盛が征韓論をとなえた」は周りの推測による誤解である可能性がある。

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2008年9月14日 [3]

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1867 大政奉還 獅子の時代 1868 西郷隆盛 デビルマン
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