するとスタッフが何もしなければ高視聴率を確保できたはずで、若者向け路線になったので視聴者を失ったのだろうか。
まず、佐野浅夫の『水戸黄門』の場合、中谷一郎と高橋元太郎はもちろん、あおい輝彦、伊吹吾郎、野村将希といったレギュラーの高齢化による降板は避けられなかった。
また、1990年代末から2000年代初めまでの平成10年代にナショナル劇場のスタッフがおこなった「改革」の目的は松下電器の廣告効果を上げることである。
春日氏によると『水戸黄門』だけでなくナショナル劇場全体の視聴者の年齢は、普通の時代劇の視聴者のそれよりさらに高かったらしい。
これでは『水戸黄門』の視聴率が20%前後でも松下の製品が賣れないことになる。
そうなると2001年当時のナショナル劇場にとって、石坂浩二の『水戸黄門』におけるキャスト変更などより、間のドラマを現代劇にすることのほうがもっと必要な事だったことになる。
春日氏によると21世紀のナショナル劇場はみな10%前後だったらしいが、『水戸黄門』と他の現代劇では視聴者層が異なっただろう。現代劇は10%でもほとんどが30代前後一覧であれば、松下電器の製品を買ってもらえる可能性があった。
もし『水戸黄門』の視聴者の半分以上が高齢者であれば、松下電器にとって有効な若年層の視聴率は5%未満、あるいは2~3%程度だった可能性がある。
パナソニックにとっては廣告効果が第一なのであって、重要なのは若者にCMを観てもらって製品を買ってもらうことであり、そのために若者に観てもらう番組のスポンサーになる必要があったわけだ。TBSがナショナル劇場に放映する番組はそのパナソニックの廣告のための手段に過ぎない。
むしろ今後のパナソニックの課題は、『水戸黄門』がなくなったあとのパナソニックドラマシアターで現代劇を続け、若い視聴者を多数引き付け、廣告効果を上げることである。
『水戸黄門』という作品自体は、もともと講談だったのだから林家三平が落語にしてもいいし、水戸黄門漫遊一座が舞台の芝居として継承すればいい。徳川光圀をメインにした時代劇はテレビ東京でも前例がある。もし水戸市が『水戸黄門』の継続を願うならTBS以外のテレビ局やパナソニック以外のスポンサーにも当たってみるべきであった。
TBSもまた『水戸黄門』を続けるために存在しているわけではない。
春日氏によるとスタート当時でも『水戸黄門』はアナクロ(時代錯誤)な企画でTBSは反対していたらしい。また、毎日新聞などの記事によると、例の印籠シーンもテレビ局(おそらくTBS)内では権威主義的として反対していたらしい。
そうなるとTBSにとってはもともと嫌だった『水戸黄門』とやっとおさらばできるということになるだろう。
TBSも『JIN-仁-』や『南極大陸』のほうが数字が取れれば、それらのほうに制作費をかけるのは当然である。
一部報道で『仁』が「変化球的な時代劇」で、一方の『水戸黄門』が「時代劇の王道」という見方があるようだが、むしろ『仁』のほうがドラマとしては王道であったと言えるだろう。
何しろ『水戸黄門』は始まって2年か3年で定番化した「印籠シーン」や、17年たった第16部(1986年)で始まった「由美かおるの入浴シーン」などの「お約束の場面」だけを観たがる視聴者に支持されて、瞬間視聴率を稼いできた経緯があり、もはやドラマのファンが観る番組ではなくなっていたのである。『水戸黄門』を時代劇の王道とする考えは改められるべきであろう。
『水戸黄門』のスタッフは1996年以降は世帯視聴率でなく「若者の個人視聴率」を上げることを考えたはずだ。この場合、「高齢者の個人視聴率」を切り捨てても「若者の個人視聴率」が上がれば廣告効果は期待できたはずだ。
ところが2001年以降、ナショナル劇場の視聴率が10%前後になったとき、若者の個人視聴率が上がったのか下がったのかがよくわからない。もともとスタッフは今まで『水戸黄門』を観ていた高齢者を手放してでも若い視聴者を獲得したかったはずだ。
そして里見浩太朗の起用となったが、これはスタッフとしては「過去の視聴者をとりもどす」ことが目的だったのか、それとも「新しい視聴者を獲得する」ことが目的だったのか、そこが曖昧である。
『水戸黄門』の悲劇は、特に逸見稔没後に「若者向け」と「高齢者向け」、「固定視聴者維持(または回復)」と「新視聴者獲得」、さらに「マンネリ維持」と「脱マンネリ」の間で番組の路線がころころ変わり、方向性を失っていたことであろう。
もともと若者向けに家電を宣傳すべき松下電器が高齢者向けのボランティアとしてナショナル劇場を時代劇枠にしたこと自体が特殊であった。その特殊な期間が42年も続いてしまっただけで、終わってみればナショナル劇場が現代劇枠だった時代に回帰するだけだろう。
もっともナショナル劇場の42年間のボランティアが日本の時代劇に果たした役割は大きい。
なお、2012年1月9日に始まる『ステップファザー・ステップ』についてスタッフはナショナル劇場の「傳統」を踏まえて、祖父母から孫まで楽しめるドラマを目指すと言っているが、2012年以降のナショナル劇場は明らかに「若者向け」「新規視聴者獲得」「脱マンネリ」の路線で行くであろう。
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