10.ファーストコンタクト
清々しい青空の下、草原にはスー族の8人の戦士がジョンの砦を訪問しました。
馬の尻尾や戦士たちの整えられた髪がなびいています。
”蹴る鳥”と”風になびく髪”が近づいてきました。
ジョン:
「ようこそ。歓迎するよ」
「ハーイ!」
ジョンは後ろの戦士たちにも手を振ります。
ジョン:「さあ、座ってくれ」
二人は腰を下ろしました。
ジョンは四つん這いになって座り込み、何かをし始めました。
”風になびく髪”:「こいつはバカだ」
”風になびく髪”は話にならないと思い帰ろうとしますが、”蹴る鳥”は止めます。
”蹴る鳥”:「タタンカ!」
ジョン:「タンカ?」
”蹴る鳥”は角のジェスチャーをしてわかったよという風に言います。
”蹴る鳥”:「タタンカ」
ジョン:「タンタンカ?」
”蹴る鳥”はジョンが聞き取りやすいよう、一文字ずつ丁寧に発音しました。
”蹴る鳥”:「タ・タ・ン・カ」
ジョン:
「タタンカ?」
「タタンカ。バッファロー」
「バッファロー」
”蹴る鳥”は”風になびく髪”に聞き取れたかという風に顔を見合わせます。
”蹴る鳥”:「バッファ・ロ...」
ジョンのナレーション:
「1人は戦うのを遠慮したい強そうな男(”風になびく髪”)で、正直で率直な感じを受けた」
「一方静かな男(”蹴る鳥”)は辛抱強く、好奇心があり、私は好感を持った」
「かなりの地位を持つ男らしい」
「次の訪問では、彼らを感心させた」
「彼らが見たこともない、コーヒー挽き器」
緊張感の張り詰めた場面で、リズムを取って陽気に挽き器を回すジョンは彼らの心を和ませます。
戦士たちは怖い顔をしながらも、ジョンに渡された金属のコーヒーカップを持ち、ジョンのコーヒーができあがるのを待ちます。
ジョン:
「まずいか?」
「たぶん濃すぎたのだろう」
ジョンは砂糖を差し出しました。
”風になびく髪”は砂糖をなめて、少し笑ったように見えました。
ジョン:
「砂糖だ」
「入れるか?入れろよ」
ジョンは”蹴る鳥”に砂糖を勧めます。
”風になびく髪”は手のひらにたくさん砂糖を握りしめ、”蹴る鳥”のカップに投げ入れました。
ジョンはその様子を見て、
ジョン:「入れ過ぎだ...」
”蹴る鳥”はカップに手を覆い、それ以上入れるなとジェスチャーします。
ジョンのナレーション:
「やっと友だちができた」
「言葉は通じなかったが、”蹴る鳥”は何か聞きたげだった」
「コーヒーと砂糖をたっぷりと土産に持たせた」
「友好関係の土台はどうやら築けたようだ」
11.通訳
ジョンが助けた女性は、実は白人女性でした。
幼い頃からスー族の下で暮らしていました。
”蹴る鳥”はこの女性”拳を握り立つ女”に通訳を務めるように要請しますが、彼女はジョンを怖がり、了承しません。
”蹴る鳥”:「傷はよくなったか?」
”拳を握って立つ女”:「ええ、お陰様で」
”蹴る鳥”:「私の家では幸せかね?」
”拳を握って立つ女”:
「ええ、感謝しています」
「でも時々、夫が恋しくて...」
”蹴る鳥”:
「時を待って再婚するといい」
「白人がやってくるという話を耳にした」
「やがて我々の土地にもくるだろう」
「砦にいる白人はいい心を持っているようだ」
”拳を握って立つ女”:
「私はあの人が怖いわ」
「私のことをほかの白人に話して、私を連れ去るかもしれない...」
「そういう奴らよ」
”蹴る鳥”:
「その時は戦うよ」
「私は彼の言葉を話さず、彼はスー語を話さん」
”拳を握って立つ女”:「私だって白人の言葉はもう...」
”蹴る鳥”:「思い出してくれ」
”拳を握って立つ女”:「そんな無理よ」
”蹴る鳥”:「頼む」
”拳を握って立つ女”:
「無理よ」
「死んでしまった言葉よ」
”蹴る鳥”:
「私のためではない。部族のためだ」
「白人の事を聞き出すのだ」
「思い出してくれ」
”拳を握って立つ女”:「だめよ、できないわ」
”蹴る鳥”は村の重役なのですが、その奥さんにはとても頭があがらないようです。
こういった所も愛らしくて和むシーンです。
昔の西部劇ではインディアンは残忍で盗賊で不潔といった、白人の敵、物語としての悪役としてしか描かれていませんでした。
”蹴る鳥”の妻:「白人の言葉を思い出すって?」
”蹴る鳥”:「できないと言ってる」
”蹴る鳥”の妻:
「あの娘、泣いてたわ」
「あんたが無理強いしたのね」
”蹴る鳥”:「私が?...」
12.心の砦
ジョンと狼のふれあうシーンです。
ジョン:「”2つの靴下”、ベーコンだよ」
ジョンのナレーション:
「”2つの靴下”と友だちになったが、手からは食べなかった」
「その鋭い目と耳が私の警報になった」
狼が警戒すれば、それは誰かがやってきました。
”蹴る鳥”:「バッファ・ロ..」
ジョン:「いいや、バッファローは見かけない。すまん」
”蹴る鳥”はジョンに立派な毛皮をプレゼントしました。
ジョン:
「腹は減っているか?」
「食い物ならたくさんある」
”蹴る鳥”と”風になびく髪”はわざわざ、贈り物のために訪ねてくれました。
遠くでこちらを見守る男たちにもジョンはお礼代わりに、手を振ります。
すると一人の男が手を挙げて、返事を返してくれました。
ジョンのナレーション:
「彼らが盗人だという話は大うそだった」
「あやしい宗教も持たず、礼儀正しく、ユーモアを解した」
「だが思うように話が通じず、互いにいら立った」
「成功より失敗で何とか進歩が得られていた」
「助けた女の安否を尋ねたかったが、そういう複雑な話は無理だ」
「バッファローを待っている事だけは分かった」
「昨日はよく話が通じて、彼らの村へ招待された。楽しみだ」
ジョンは”蹴る鳥”のテントに招かれます。
部族のタバコを喫煙し、文化交流を図ります。
ジョンはたくさんの剥製を目にします。
”拳を握って立つ女”が入ってきました。
”蹴る鳥”:
「よく来てくれた。お前を待ってた」
「『来てくれて嬉しい』と伝えてくれ」
”拳を握って立つ女”:「ハロー...あなた...ここ...うれしい...」
ジョン:「ありがとう。僕もとても嬉しい」
”拳を握って立つ女”はジョンの言う通りを”蹴る鳥”に伝えました。
”蹴る鳥”:「なぜ兵隊が砦にいるのか、聞いてくれ」
”拳を握って立つ女”は、幼い頃の記憶を頼りに英語を思い出しながら、片言ずつ話しています。
”拳を握って立つ女”:「兵隊の砦...あそこへ...」
ジョンは言葉を遮りました。
ジョン:「まず名前を教えて欲しい」
”拳を握って立つ女”:「名前?」
ジョン:「彼の名は?」
”蹴る鳥”:「彼の言う通りだ。名を名乗り合おう」
”拳を握って立つ女”:「彼は...蹴る...もっと...」
ジョン:「もっと蹴る?」
”拳を握って立つ女”:「”蹴る鳥”」
ジョン:「彼は首長かい?」
”拳を握って立つ女”:「いいえ...」
じれったい”蹴る鳥”は”拳を握って立つ女”に催促しますが、思い出すのに時間がかかるので、”蹴る鳥”は怒られてしまいました。
”拳を握って立つ女”:「彼は聖...聖人よ」
ジョン:「君の名は?」
”拳を握って立つ女”はジェスチャーを交えて、ジョンに自分の名前を伝えます。
ジョン:「立ち上がる?」
”蹴る鳥””拳を握って立つ女”は首を振り、もう一度ジェスチャーします。
ジョン:
「立つ?」
「立つ?”立つ”かい?」
「”立つ”って名前かい?」
「もっと?拳?」
「拳を握って立つ?」
「”拳を握って立つ女”!」
「僕はジョン・ダンバー」
”拳を握って立つ女”:「ジョン...ジョン・ダンバー」
”蹴る鳥”は聞こえた通り発音してみました。
ジョン:「”ダンベアー”じゃない」
”蹴る鳥”:「ダン・バー」
三人は素晴らしい夕陽と共に秋の訪れた自然の中を散策しました。
ジョンのナレーション:
「英語を話す女がいて、理解が進んだ」
「だが、あまり答えぬほうがいい」
「軍人意識のせいか私は答えを控えた」
「砦に戻るとホッとする」
「隣人を訪れても私の家はやはりここだ」
「交渉が実を結ぶ事を望みながら、援軍を待とう」
時折記されるナレーション形式のジョンの日誌に、心の変遷が読み取れます。
まだ心はアメリカの北軍の軍人ですね。
砦に帰り一人の時間を過ごすと心がやすらぎます。
13.益をもたらす者
夜中、ジョンが寝ていると地響きが聞こえてきます。
外に出てみると、バッファローの群れがうごめいていました。
ジョンは大慌てでスー族の村にバッファローの訪れを知らせに走ります。
スー族は儀式の最中でした。
太鼓に合わせて声を出し、リズムを取り、火に囲まれて踊ります。
ジョン:「バッファロー!バッファローが現れたぞ!」
まだ信用されておらず、他の村人と面識の無いジョンは、男たちに囲まれて取り押さえられます。
ジョン:「タタンカ!タタンカ!」
人差し指でバッファローの角を模して、必死に思いを伝えます。
部族に益を告げる白人。
コミュニケーションとは何だろうと思わずにはいられません。
白人とスー族を繋ぐ、唯一のパイプ。
純粋に相手を喜ばせてやりたいという真摯な気持ちがそこにはあります。
ジョンのカタコトのスー語が通じ、村人たちは一転して歓喜に湧きました。
ジョンのナレーション:
「私は砦で用意を整え、意気上がる村人と合流」
「その能率とスピードは、訓練された軍隊にも優った」
「一夜にして私は”疑わしいよそ者”から”信頼できる男”になった」
「ほほ笑みと感謝の眼差しが注がれ、言うなれば”有名人”だった」
村の子供たちが笑顔でジョンに挨拶をします。
子どもたち:「ダダーン!ダダーン!♫」
ジョン:「ダダーン!♫」
ジョンも笑顔で返します。
ジョンのナレーション:
「斥候(敵軍の動静・地形などをひそかに探り監視するために、部隊から差し向ける少数の兵)は群れの行方を突き止めた」
「困難な仕事ではない」
「蹴散らされた巨大な道が地平線まで延びていた...」
「道を作るほどの動物の数は想像を絶する」
この作品のもう一つの特長はスペクタクルな自然と動物を見ることができることです。
その雄大な馬の放牧、バッファローの動のエネルギー、狩る集団の洗練された動き、とても貴重な映像は映画でしか見ることができない瞬間です。
ジョンは”蹴る鳥”に促され、前方に移動しました。
そこには無惨に殺されたバッファローの姿が多数ありました。
その理由とジョンの複雑な気持ちをナレーションで聞いてみましょう。
ジョンのナレーション:
「誰がこんな事を?」
「魂と心を持たず、スー族の儀式を踏みにじる奴らの仕業だ」
「馬車のわだちが証拠だ」
「白人だと知って私の心は沈んだ」
「舌と毛皮だけのために殺され朽ちるバッファロー」
「活気に満ちた声は沈黙に変わった」
「明日の狩りを祝う席にも私は居づらかった」
「彼らと一緒の所では眠れなかった」
「彼らの目に非難の眼差しはなく、ただ未来への不安と混乱があった」
14.バッファロー狩り
村人たちは狩りの前に、馬に綺麗な装飾を施しました。
安全祈願のお守りみたいなものだと思います。
村の男たちとともに四つん這いになって移動し、伏せて丘の下のバッファローを確認します。
このシーンで、もうジョンがスー族の一員だとはっきりと分かります。
物音を立てて逃げられるとお終いの狩りの行動に、共に役目を担えることは誇りです。
男たちは雄叫びをあげて、颯爽と狩りを始めました。
狩るもの、狩られるものに向けたリスペクトに溢れる、猛々しい、スピード感満載のシーンです。
たちこめる砂煙、バッファローの重低音の足音、スー族の男たちの追い込みの声、素早く射る弓矢、倒れ込むバッファローの巨体。
ここは大きなスクリーンで観たいですね。
手負いのバッファローが落馬した青年戦士の”笑っている顔”に襲いかかります。
ジョンの銃が、間一髪”笑っている顔”を救いました。
”風になびく髪”は捕らえたバッファローの新鮮な臓物を取り出し、食べろとジョンに渡します。
あっけにとられるジョンでした。
とても名誉な事だと知ったジョンは、臓物をかぶりつきました。
仲間だと認められた瞬間だと思います。
本作品の分岐点ですね。
ジョンは自らのアイデンティティーをこの場所に手に入れたのです。
15.『大切』なもの
ジョン:
「もう、無理だよ。これ以上、喰えないよ」
「今日の話ももう語り尽くした」
”風になびく髪”はジョンの軍服のキラキラしたボタンに興味を示し触ります。
ジョン:「着てみるかい?」
”風になびく髪”は彼のこれまでの功績であろう、身につけていた立派な装飾品をジョンに手渡します。
”風になびく髪”は軍服を着ました。
そして彼はジョンにも装飾品を身につけるように促します。
”風になびく髪”は持っていけというジェスチャーをします。
ジョン:「これはもらえないよ」
”風になびく髪”は「いいんだ。何も言うな」というジェスチャーをします。
ジョン:「じゃあ、交換だ。いい取引だ」
ジョンは段々と彼らの世界へと歩んでいくんですね。
”風になびく髪”は無骨で喜びを表情には出しませんが、もっと飲もうとさらにジョンを誘いました。
ジョン:「勘弁してくれ。腹いっぱいで疲れた」
それでも”風になびく髪”は強引に彼を連れていきました。
ジョンも根負けしてついていきます。
大きなテントの中に、子どもも女も男も老人もみんな肩を寄せ合い、焚き火を中心にして語らいます。
ジョンは片言のスー語とモノマネ、手振りでタタンカとの奮闘を熱弁します。
ジョン:「大きなタタンカ」
銃声とバッファローが倒れていく様を真似ます。
ジョン:「プシュー。ゴロゴロゴロ」
村人は大笑いでジョンの話を聞いていました。
そこには確かにジョンがこれまで感じたことがないような、温かで情熱的な人間味がありました。
男の一人がいつのまにかジョンの帽子を被っています。
ジョン:「おれの帽子だ」
男:「おれが拾った。おれの物だ」
ジョン:「おれのだ」
二人は立ち上がり、その場に緊張が生まれます。
ジョンの隣にへばりついていた”風になびく髪”が男に言います。
”風になびく髪”:「それは中尉の物だ」
男:「いいや。彼は草原に捨てていった」
”風になびく髪”:
「返してくれと言っている」
「兵隊の帽子って事は皆知ってる。誰がかぶっていたかも知ってる」
「欲しけりゃ何かと交換しろ」
男は納得して身につけていた装飾品をジョンに手渡しました。
ジョンも納得した様子です。
”風になびく髪”:「いい取引だ」
”風になびく髪”は自分との物々交換の時に言ったジョンの英語をジョンにささやきました。
ジョンは歴史上、これまで身ぐるみ剥がされ力で奪われた白人の品物を、信頼関係で手渡した最初の人となります。
人との関係は”与え合う”ことで、深い関係が築けます。
どんな民族にも”返報性の法則”があるのだと思います。
相手を気にかけ、相手のことを考える。
すると何かしてあげたいと思う。
物や行動、言葉を優しく与える。
相手は感謝してくれる。
またこちらもいい気分になります。
これはオキシトシンホルモンです。
与えられた方も感謝された方もいい気持ちになる。
感謝としてお返しをくれる。
するとこちらが感謝する。
いい気分。
お互いに何を与えたらいいのか、深く考え調べる。
そうしてよく互いを知っていく。
”知り合う”ということは恐怖からでなく、思いやりからです。
かたや、”奪い合う”にも返報性の法則が働きます。
それが”復讐”です。
”目には目を、歯には歯を”
”奪い合い”がいいか”与え合い”がいいかは一目瞭然です。
貰うばかり、求めるばかり。
これも”奪う”ことと同じことです。
人間関係ではとても大切なことだと思います。
朝焼けが紫色に染まり、地平線を挟んで豊かな肥沃な土地と調和しています。
ジョンのナレーション:
「毎日が奇跡を生んだ」
「神が何であれ私は神に感謝した」
「選べるだけの肉は手に入れた。もう十分だ」
「3日間の狩りで、被害は6頭の馬とケガ人3人」
「笑い声が絶えず、何よりも家族と仲間を大切にする人々」
「”調和”という形容しかない」
「今までも孤独だったがこれほどの孤独を感じた事はなかった」
真剣に、真摯に生きるスー族を見て感じて、ジョンはこれまでの自分の生き方と比べたのだと思います。
単に”独り”という以上に、心と体がバラバラ、意欲の発揮する場所がない状態で過ごしてきた人生だったのかもしれません。
そうした”孤独”もあるのだと思います。
『大切』という言葉があります。
この『切』とはどういう意味でしょうか?
『親切』『適切』『切迫』『切実』
辞書によると、「刃物で切り取って、心が行き届くように自分の身近なところに置く」という意味です。
『親切』とは 昔『深切』と書いていたそうです。
自分の懐深くに置く。
「お気に入り」「優先」「ひいき」ということですね。
ジョンはスー族を受け入れ、スー族はジョンを受け入れた。
彼と彼らは特別な存在となったのです。
16.記憶とは思い出の束
ジョンは砦で独りおもむろに、薪を集め火を焚き、その周りを無心に、そして情熱的に踊ります。
自然な心から湧いて出た行為。
とても神聖で美しい場面です。
猛々しく燃え上がる炎、力強い腕の振り、軽やかな力の抜けたステップ。
ジョンの精神性とエネルギーと身体がリズムに乗って”調和”を生み出していました。
”2つの靴下”もシスコもジョンの動きに目と心を奪われていました。
ジョンのナレーション:
「2日が1週間に思える」
「新しい友達が恋しい」
「顔を思い描くだけでは足りない」
「隣人なのだから明日は黙って訪ねてみよう」
私たちは子供の頃、時間を長く感じていたと思います。
それは暇な時間が多かったのもあるかもしれませんが、今の瞬間に心も身体も入り込み、体験し、楽しんでいたからだと思います。
多くの扉を入っては出て、入っては出てと冒険していた。
大人になるに連れて、習慣ばかりが増え、「やらねばならない」行動が増えてしまった。
冒険の扉は閉じられ、何年先も予想がついてしまう時間の過ごし方になった。
世界は単純化されて退屈になる。
記憶がスカスカだと時間があっという間に感じるのだと思います。
思うに、何か記憶の束というものが時間の長さの単位として、私たちは感じるのではないでしょうか。
思い出の数が少ない!
そもそも人間は何を記憶しようとするのか。
一番はそれが危険かどうか。
心理的にも身体的にも危ない目にあったことは絶対に忘れない。
痛み、悲しみ、興奮したものは記憶に残す。
探検、冒険、怪我、喧嘩、親しい人・ペット・物との別れ。
そして、危険を避けるために、一度得た安心の時間も忘れない。
美味しいものをお腹いっぱい食べたこと。
家族や仲間と心から触れ合った時。
誕生日や旅行、部活動、卒業、結婚、出産。
ストレスホルモンのコルチゾール、アドレナリン、幸せホルモンのセロトニン、オキシトシン、ドーパミンが記憶を刻みます。
そして何度も思い出して追体験をする。
私たちの脳は喜びと刺激に満ち、パンパンだ。
脳だけではなく、胃も肝臓も手も脚も、身体全体があらゆる感覚が記憶に記録している。
ずっと忘れないで覚えている。
真摯に生きている人とさまよっている人とはこれだけ違いがある。
17.ビューティフル・ネーム
ジョンはシスコとともに草原を駆けています。
すると”2つの靴下”が後を追って走ってきました。
私は旭山動物園でシンリンオオカミを見たことがありますが、とても大きく神秘的な生き物です。
ジョン:
「帰れ!”2つの靴下”」
「悪いオオカミだ」
ジョンとオオカミは互いに追いかけ合い、鬼ごっこをします。
その様子を”蹴る鳥”たちが不思議そうに見つめていました。
ジョンのナレーション:
「秋が来て彼らと一層親しくなった」
「専用のテントも与えてくれた」
「”蹴る鳥”はしつこく私に尋ねた」
「”もっと白人がここへ来るのか”と」
「彼らは通過するだけだと私は答えたが、それで済まない事を私は知っていた」
「だがそうは言えなかった」
「彼女はそれに感づいていたが、何も言わなかった」
「ポーニー族との戦いが迫っていた」
「私も参加を望んだが間違いだったようだ」
「スー族は私の友達、ポーニー族は彼らの敵だ」
「出過ぎた願いだったのか...」
ジョンのテントに”蹴る鳥”と”拳を握って立つ女”が訪れます。
ジョン:「座って」
”拳を握って立つ女”:
「”蹴る鳥”は尋ねてる。なぜあなたがポーニーと戦うのか」
「何も恨みはないはずだと」
ジョン:「スー族の敵だ」
”蹴る鳥”:「戦うのはスー族の戦士だけ」
ジョン:「僕は部族の若い戦士より戦いの経験がある」
”蹴る鳥”:
「スー族の戦い方は白人とは違う」
「白人のあなたにはまだ無理だ」
ジョン:「だがその戦い方は戦場でしか学ぶ事はできない」
”拳を握って立つ女”は訳す前に、驚きの表情で”蹴る鳥”と顔を見合わせます。
”拳を握って立つ女”:
「”戦いに出ている間、私の家族を守ってほしい”と」
「それを頼まれるのは名誉な事よ」
ジョン:「喜んで彼の家族を守ると言ってくれ」
”蹴る鳥”:「”狼と踊る男”に感謝する」
ジョン:「”狼と踊る男”って?」
”拳を握って立つ女”:「村の人は皆、あなたをそう呼んでいるの」
ジョン:
「狼と踊る?」
「そうか!あの日だな」
”蹴る鳥”は優しくうなずきます。
ジョン:「スー語では何て言う?」
”拳を握って立つ女”:「シュグマニツトンカ、オブワチ」
ジョン:「シュグマニツトンカ、オブワチ」
ジョンは感慨深そうに、スー語の名前を口にしました。
黄色く色づいた秋の葉がそよ風に揺られる音を心地よく聴きながら、ジョンと”拳を握って立つ女”はお互いのことを話しました。
ジョン:「ひげはない。今日剃り落とした」
”拳を握って立つ女”:「”草は野原に生える”」
ジョン:「”火は野原に生える”?」
”拳を握って立つ女”:「違うわ。”草は野原に生える”と言ったの」
ジョン:「笑うなよ」
ジョンもまたスー語を懸命に覚えていっているようです。
ジョン:「君の名の由来は?」
”拳を握って立つ女”:
「私がここへ来た時は、まだ子どもだったの」
「たくさん働かされたわ。毎日、毎日、たくさん」
「村の女たちの中に、とても私を嫌ってる女がいて、私にひどい事を言ってよく私をぶったの」
「ある日、その女が面と向かってひどい事を言ったので、私が殴ったの」
「私は小さかったのに、その女は倒れて動かなかった」
「私はそこに立って、拳を振り上げて言ったの」
「誰かほかに私に向かって何か言いたい人はいるかと」
「誰も私をいじめなくなった」
ジョン:
「だろうね。わかるよ」
「どこを?どこを殴った?」
”拳を握って立つ女”ははにかみながら、優しく拳をジョンの顎に触れました。
ジョンはノックアウトされたように、おどけてそのまま後ろに倒れ込みます。
村の子どもとの遊びでも、ジョンは矢に撃たれて倒れる演技をしました。
こうして、大きなアクションをしてあげると、君は大事な人だよと言ってあげているかのようですね。
ジョン:「結婚しないのか?」
”拳を握って立つ女”はとても戸惑う表情を見せ、ジョンはそれを感じ取ります。
ジョン:「ごめんよ」
”拳を握って立つ女”:「もう行くわ」
ジョン:「悪かった。その水袋を一緒に運ぶよ」
”拳を握って立つ女”:「いいの」
ジョンはしまったと質問したことをとても後悔しました。
~PART③へつづく