クッシング症候群にともなうステロイド精神病についての総説
J Intern Med 2020; 288: 168-182
精神症状および認知機能障害はクッシング症候群の主要な症状である。精神症状で多いのはうつと不安である。認知機能については、エピソード記憶、ワーキングメモリー、注意、実行機能など複数のドメインが障害される。クッシング症候群の治療後も 1/4 の患者は抑うつを経験しており、認知機能障害は部分的にしか改善しない。クッシング症候群では灰白質および皮質の容積が低下し、安静時および認知課題時の機能性の反応も低下している。また認知機能および情動形成に関わる白質線維の整合性 (white matter integrity) も広範囲に障害される。これらの脳の器質的変化は高コルチゾール血症を治療しても残存する。
1. 精神症状
クッシング症候群の精神症状で多いのは抑うつと不安で、躁や妄想は少ない。
クッシング症候群の治療により精神症状は改善するが、完全には消退しない。クッシング症候群の治療前には 67%で非定型うつを認め、同様の症状は治療後3か月後で 54%、6か月後で 36%、12か月後で 24%認めた。つまり、クッシング症候群を治療して 1年後の時点でも 4人に1人は精神症状を認める。
治療から時間が経っても精神症状は残るようである。最近報告された横断研究では、治療から中央値 11年経過したクッシング病の患者では、健常者および非機能性下垂体腺腫治療後の患者と比較して、無関心、易怒性、不安、不適応の頻度が多かった。
最近の大規模疫学研究によると、クッシング病患者の死因の 5%は自殺である。
小児では成人と比較すると精神症状が少ないようである。小児クッシング症候群患者では感情の不安定さ、易怒性、抑うつを含む精神症状は 19%しか認めなかった。
2. 認知機能障害
1980年代に Monica Starkman らはクッシング症候群患者の 83%で認知機能障害、66%で集中困難を認めたと報告している。その後、同じ著者らは、クッシング症候群患者の記憶障害と海馬の容積低下が関連しており、クッシング症候群を治療すると1年後の認知機能が改善していたことを報告した。
クッシング症候群では、記憶以外の認知機能、すなわち視空間処理、推論、概念形成、注意および実行機能も障害される。
25例の認知機能障害をともなうクッシング病患者のうち 8例において治療後6か月後の評価で認知機能の改善を認めた。一方、治療後も認知機能は改善しなかったと報告している前向き観察研究もあり、認知機能障害に対するクッシング症候群の治療の効果は限定的である。
クッシング症候群の治療から時間が経っても認知機能障害は残るようである。治療から平均 13年経過したクッシング病患者では、年齢・性別・教育の程度で調整した健常者および非機能性下垂体腺腫治療後の患者と比較して、記憶と実行機能が低下していた。
3. 脳の画像所見
クッシング症候群患者の剖検では大脳皮質の萎縮と脳室の拡大を認めた。その後、いくつかのコホート研究で脳の器質的変化は高コルチゾール血症によるものであることが確認された。
MRI での検討では、活動性のクッシング症候群の患者では健常者と比較して海馬の容積が低下しており、治療後は海馬の容積は増加するものの正常化はしなかった。これについては最近のメタ分析で確認されている。
活動性のクッシング症候群では脳全体の萎縮も認め、こちらも治療後も完全には回復しない。クッシング症候群患者では健常者と比較して中前頭回の灰白質、小脳皮質および灰白室の容積、右扁桃体 (小児の場合は両側)が小さいことが示されている。他の報告では前前頭皮質、前帯状皮質が萎縮し、両側の尾状核の体積は増加していることが示されている。
最近 10年でクッシング症候群患者の脳の活動を functional MRI: fMRI で評価した研究がいくつか報告された。fMRI では安静時および認知課題実行時の脳の血流を可視化することができる。
10-18歳のクッシング症候群の患者では、記憶している時の扁桃および海馬の血流が増加していることが報告されている。また健常者と比較して表情の識別をよく間違えるクッシング症候群の患者では、左上側頭回の前方の血流が低下していた。同部位は情動形成に重要なはたらきをしていると考えられている。
他にもクッシング症候群治療後の患者では健常者と比較して表情を作っているときの内側前頭前野の活動が低下していた。また、エピソード記憶やワーキングメモリーを要する課題を行っているときの前頭前野の活動が低下していた。
安静時の脳の活動を fMRI で可視化すると、クッシング症候群の患者では大脳辺縁系と前帯状皮質との連絡および外側後頭皮質(高次の視角野がある) におけるネットワークが増強していた。別の研究では、クッシング症候群の患者では海馬を含む内側側頭葉および前頭前皮質のネットワークの増強を認めた。さらに別の研究では、クッシング症候群の患者では後帯状皮質および左前頭前皮質を含む領域の一過的な活動パターンが健常者と異なり、これらの所見は治療後も残存することが示されている。
最近、拡散テンソル画像 (diffusion tensor imaging: DTI) を用いてクッシング症候群患者の白質の微細構造の異常が調べられている。van der Werff らはクッシング症候群にともなう抑うつは鉤状束 (辺縁系と前頭葉を連絡する線維) における白質線維の整合性と関連すると報告した。
Pires らはクッシング症候群における白質線維の整合性の低下は抑うつと認知機能障害の両方に関連すると報告した。
脳内の神経伝達物質の濃度はプロトン核磁気共鳴 (proton magnetic resonance spectroscopy) で計測することができる。この方法を用いてクッシング症候群治療後の患者の脳内の神経伝達物質の濃度を調べると、対照群と比較して海馬における N-アセチルアスパラギン酸の濃度は低下している一方、グルタミン酸/グルタミンの濃度は上昇していた。これは神経細胞が失われ、グリア細胞が増殖していることを示唆する。
他の研究では、クッシング症候群の患者では腹内側前頭前皮質におけるグルタミン (重要な刺激性神経伝達物質) と N-アセチルアスパラギン酸 (神経線維の整合性のマーカー) が低下していた。これらの濃度は高コルチゾール血症の期間と不安と関連していた。
https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/joim.13056