http://mainichi.jp/feature/news/20130416dde012040010000c.html
特集ワイド:冬ソナ10年、韓流ファンは今 2国間冷え込み嫌韓デモも 逆風にも頑張らなくっちゃ
毎日新聞 2013年04月16日 東京夕刊
韓国ドラマ「冬のソナタ」が初めて日本で放映され、大反響を巻き起こしてから10年。衰え知らずだった韓流ブームに微妙な影が差している。竹島や従軍慰安婦の問題を巡って日韓関係は冷え込み、「嫌韓」デモが繰り返される。二つの国を近づけたかに見えたこの10年は水泡に帰してしまうのか……。韓流ファンに今の気持ちを聞いてみたくなった。【小林祥晃、山田道子】
◇「政治と文化は別」
4月2日午後6時、東京ドームのコンサート会場を約5万人が埋め尽くした。韓国のアイドル3人組ユニット「JYJ」の3年ぶりの日本公演初日。ステージにキム・ジェジュン(27)、パク・ユチョン(26)、キム・ジュンス(26)のイケメントリオが登場して派手なパフォーマンスとともに歌い始めた。観客が手にする赤いペンライトが揺れ、さながら花畑のようだ。韓国語の歌詞を口ずさんでいる女性も少なくない。
JYJは5人組歌手グループ「東方神起」のメンバーだった3人が所属プロと対立、独立して結成。その後もトラブル続きだったが人気は衰えず、ようやく実現したのがこの公演だった。「3人が一番怖がっていたのは『時間』だった。でも、このステージに立って、ばかだったなと思った……」。3時間に及んだステージの終わり近く、ジェジュンが日本語で語りかけると客席は割れんばかりの歓声と一体感に包まれた。
公演の前後、最寄りのJR水道橋駅まで続く長い長い行列のほとんどは中高年の女性だった。「久しぶりに3人に会えて幸せ」。大阪から来た会社員の女性(50)が上気した表情で言う。やぼは承知、あえて尋ねた。日韓関係がこじれていますが。「領土問題とか韓国との間の嫌なことは関係ありません。彼ら(JYJのこと)を韓国人だと思っていません。何人だっていいの、好きなんだから」
「政治と文化は別」。妹と一緒に訪れた京都府の女性(64)はこちらの質問を遮るようにそう言い切った。「政治の問題は政治家が解決してくれはったらええの。私らは文化で交流するんです」
「冬ソナ」の放送がNHKBS2で始まったのは、サッカー・ワールドカップ日韓大会翌年の2003年4月。「ヨン様」ことぺ・ヨンジュンさんらが切ない恋物語を演じて女性視聴者の心をわしづかみにし、ロケ地巡りのツアーがにぎわうなど社会現象に。その後も「宮廷女官チャングムの誓い」「太王四神記」など次々とドラマが放送される一方、東方神起が日本デビューした05年ごろからは若手アイドルが歌う「K−POP」が音楽チャートの上位に進出。11年のNHK紅白歌合戦には東方神起、KARA、少女時代の3組が出場した。
多くの韓流ドラマの日本語版を監修した国立民族学博物館の朝倉敏夫教授(文化人類学・韓国社会研究)は「韓国のタレントや政治家から食べ物の名前まで、当たり前のように現地の読み方で呼ぶようになったのは韓流の力が大きい。この10年は日韓の距離を大幅に縮めた」と話す。
しかし、11年8月には男性俳優のツイッター発言をきっかけに「フジテレビの番組編成が韓流ドラマに偏っている」という不満の声がインターネットで拡大し、デモ隊が同局前に押しかける騒ぎに。昨年8月、韓国の李明博(イミョンバク)大統領(当時)が竹島に上陸し、さらに従軍慰安婦問題が再燃すると緊張は頂点に達した。韓国料理店やグッズ店が並び「韓流ファンの聖地」とされる東京・新大久保などでは、在日韓国・朝鮮人に向けて「出ていけ」「殺せ」といった過激な「ヘイトスピーチ」を連呼するデモが行われている。
◇肩身の狭い思い
再び東京ドーム周辺。
8年前に東方神起にはまって以来、メンバーの「追っかけ」をしているという札幌市の主婦(54)は「韓国にはコンサートや観光で何度も出かけていますが、領土問題が深刻化してからは行くのをためらうようになりました」と打ち明ける。「現地で日本人と分かって、何か言われると怖いからと旅行を諦めた友人もいます」。娘と二人連れの川崎市の主婦(50)は「親しい友達と話すとき以外は韓流の話題を避けるようになった」と言う。その隣にいた別の女性は「夫に『韓流、韓流と騒ぐのはやめろ』と言われたんです」とため息をついた。
やはり程度の差はあれ、肩身の狭い思いをしている人は多いようだ。
「そんなのおかしい。何を好きになり、かっこいいと感じるかは私たちの自由」。そう憤るのはコラムニストの北原みのりさん(42)だ。かつては「冬ソナ」に熱中する祖母に冷ややかな視線を送っていたが、今では自分も完全に「落ち」、ソウルに短期語学留学するまでになった韓流ファンだ。「私自身を含め日本人にはどこか、韓国を見下していたところがあった。でも日本が停滞しているうちに、韓国は経済でも文化でも躍進し、アジアや世界を席巻した。嫌韓を叫ぶ人たち、特に男性の中には、それを認めたくないという心情があるのではないか」と指摘する。
◇日本女性を変えた
韓流好きが高じて韓国留学した経験を持つ富山市の主婦(40)は「現地の友人とも理解し合えているつもりだったのに、ある時『あなたたちはヨン様にしか興味がないんでしょう』と言われて。ショックだったし、もっと自分たちのことを知ってほしいんだと痛感しました」と吐露した。
「逆風」を前向きにとらえるファンもいた。「韓国で道に迷い、地図を広げて立ち往生していると、必ず『どうしたの』って声をかけられる。感情的なところもあるけど、人なつっこくて親切。いい面も悪い面も含め、隣の国を知るきっかけをくれたのが韓流なんです」。横浜市の主婦(55)は笑顔でそう言った。「私たちまで韓国にそっぽを向いたら、お互いに何も知らなかった時代に逆戻りじゃないですか。こんな状況だからこそ頑張らなくっちゃね」
JYJのコンサートには北原さんも出かけた。「私の隣の席で、おばあさんが娘さんと一緒に目を輝かせてステージを見つめていたんです。お年を尋ねたら83歳ですって。こんな現象、10年前には考えられなかった。韓流は日本の女性たちを変え、アジア全体に広がっている。いくらたたかれても韓流ファンの情熱は冷めませんよ」
「韓流の10年」は日韓の溝を埋め得なかったかもしれない。だが、それがなかったら事態はもっと殺伐としていただろう。感動を分かち合い家路を急ぐファンの後ろ姿を眺めながら、そう思った。
==============