当たり前の事ですが何度も何度も頭の中で確認しています.......
おいらの思考方法では逆算的に学んでそれを集約して結果に繋げる仕事でなければ納得できないことは明らかです。
そして仕事をするに当たってはちゃんとお金を貰えるようになるまでには前積みというのは絶対的に必要です。
んでその前積みの段階でお金を貰うなんて出来ませんよね~。
今のMassageの仕事も父上と同じ金額を貰うことに非常に抵抗を覚えました。
このMassageの基本的な知識もなく自分がこる部分を元にImageをふくらませて発展させて治療することになっています。
もちろん今の治療は始めたばかりの頃とは全く質的に異なるぐらいにはなっている事を感じます。
加えて父上にアドバイスを頂いたことを必死に改善しようと努力もしています。
また父上の兄上に解剖学の本をお借りして筋肉の流れを分析してこりのルーツを辿ることも少しずつ理解できるようになってきました。
こうしたことを考えるとかなり無知だった頃から比べると改善できているのだと結論できます。
んでおいらがしたい仕事について考えました。
本来おいらがしたい事は何かしらを作り出すCreatorやArtistになりたいと考えていました。
それはパティシエから美容師、MakeupArtist、DTPやWEB、IllustratorなどのMacに関するCreativityな活動でChristianとして相応しい事すべてに関心がありますし、そしてカメラマンとしてまたRetoucher(レタッチャー)など今自分で自分の写真に関して行っていることなどもあります。
少しは知識を有することが出来ている分野は写真関連の事でしょうね。
よって純粋に写真のRetouchに関してはある程度の助言なども出来るでしょう。
しかし加工を加えるとなるとかなり改善の余地というか勉強の余地がありすぎて本などから知識を取り入れなければならないと事は明白です。
でも本からはあまり情報を得ることが出来ないことを感じます。
んでそのような分野に強い人と一緒に仕事をすることがもっとも勉強になるでしょう。
するとどうしても都心部の方にしか仕事がないという自体になって手も足も出ない状態になります。
まあ自分で何とかするなんて出来ないと言うことは痛感していますし、自分の力なんて「風前の灯火」以下で殆ど何も出来ないでしょう。
しかし必要を顧みて下さる方が居るのですから依り頼んで生活するのであれば100パーセント賄われます。
この100パーセントほど心強いことはないでしょう。
だってBackboneは神様なのですからどんなに強大な組織でも、どんな政府でも、例え国連が敵に回っても不安を覚えることさえないでしょう。
そして依り頼んでいる限り必要は賄われると保証されているのですから疑う余地は無く、まったき確信を抱いて生活できるはずです。
ただしこれには前提があります自分に出来る事を最善を尽くして行っている必要があります。
そして学び続けることもしていかなければなりません。
これは聖書の知識には当然当てはまりますが、仕事に関しての知識も同様に当てはまるでしょう。
よって最善のQualityを達成する為の道具や知識を得たいという欲求が湧いてきます。
少なくともBaseとなる部分の堅牢さは不可欠で簡単に破綻するようなSystemでは仕事は出来ません。
この堅牢さや確実性と言うことをおいらは出来る範囲のことはすべてで求めてしまう傾向にあります。
例えそれが一生涯アマチュアレベルでしか行えないと分かり切っていることでも信頼性を求めてしまい妥協の余地があることが許せない自分がいます。
何事も納得してからでしか物事を進めようとはしないんですな。
信頼性を求める点でおいらはかなり頭の堅い人間となっているでしょう。
しかしこれはおいらの性格上では当然のことであり、「石橋を叩いて渡る」と言うよりも「強固な岩塊をハンマーで叩いて渡る」ぐらいでないと駄目だとも考えるんですよね。
石橋というのは下には川か何かありますよね~。
んで岩塊というのはかなり巨大な石の上で石橋なんかよりも安心感があるはずで、それでも大丈夫かハンマーなんかを用いて大丈夫かどうかを計りながら渡るぐらいの気持ちで居たいと願っているんです。
こんな考え方だからこそDatabaseというのをなるべく大きなものにしたいと願っていますし、確実性を確保できる道具に拘りたい、そしてそこから良いモノを送り出したいと願うんです。
そして仕事に見合った適切な評価をして貰いたいとも願っている訳です。
これは家族の仕事や対人関係に対しての姿勢に関しても思うんですよね。
おいらの父上の仕事の質というのはMassage界では非常に良質のモノとなっているはずで、こんな田舎で安い金額で使われるようなモノではありません。
母上に関してもいつも明るくて、両親ともですが愚痴を言わず人の為に一生懸命に行動します。
妹君たちも自分の出来る範囲で最善を尽くし素晴らしい子たちです。
弟君も卒業したばかりですが、良くやっていると思います。
まあ必要は賄われていることは言うまでもありません。
「天に宝を蓄えている」モノは他の方達の比ではないでしょう。
しかしそう考えてももう少し認識して貰いたいと感じる訳です。
周りの人間の評価が低すぎるんですな。
おいらに関しては別になんと言ってくれても良いですし、評価の対象なんかにもならないでしょう。
でももっとおいらの家族を高く評価して貰いたいと感じるんですよ。
すこし仕事の話と少し離れましたね~。
おいらの仕事はまず基本的に必要な情報がありそれを臨機応変に対応できるぐらいにこなせるようになってやっと仕事と呼べるとも考えます。
仕事に対しての姿勢というのは聖書の勉強と同じだけ真摯に取り組んでいきたいと願っています。
なんだか訳のわからない記事になってしまいましたが、仕事と呼べる用になるまでには非常に長い道のりがあることは確実です。
その道のりをまっすぐ歩けるように識別力を訓練していきたいモノです。
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