よい子の読書感想文 

読書感想文307

『川釣り』(井伏鱒二 岩波文庫)

 高校生のころ、しきりに太宰治を読み耽っていた私は、その作品を通して井伏鱒二を知った。達観したような、温かい人柄。懐かしい気がして、こうしてたまに読むのである。
 川釣りをちょっとかじって、以来、ろくに上達する機会を得ず、そわそわと憧れだけを抱いて、たまに糸を垂らしてきた私が、本作を手にするのは必然だったろうと思う。
 ほのぼの読める。技巧的に上手いのでなく、自然なのである。釣りに関して書き綴った作品集だが、マニアックに偏るでなく、誰が読んでもわかるように、さりげない工夫がされている。しかもその工夫に、読んでいる最中には気づきもしないのだ。この自然さはなんだろうか。
 おそらくそれは、著者の素養だけでなく、たゆまぬ文章修養の成果なのだろう。
 随筆は、さりげなく淡い風味漂う作風だが、『白毛』とか『掛け持ち』とか短編小説は、思わぬところに滑稽味があって良かった。その味に作りものめいた、エンタメ臭の無いのが良い。最後の『ぐだり沼』は、聞いたことがあると思ったら八甲田山を旅した話であった。井伏鱒二がこんな僻地にまで足を延ばして、わくわくしながら釣り糸を垂らしたのかと思うと、私も久しぶりに八甲田山中の温泉宿に行きたくなった。
 人間くささは余すところなく描かれながら、高踏派的な後味。それは著者が鍛えた分厚い濾紙にこされての故だろうか。

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