よい子の読書感想文 

読書感想文330

『日本改造法案』(北一輝 古谷綱正解説 鱒書房)

 興味はあったが、小難しそうだし店頭では手に入らないしで、なかなか機会がなかった。今回ようやく手にしたのは、見沢知廉『天皇ごっこ』に触発されて、一水会や楯の会、二・二六事件、北一輝と連なる昭和維新の系譜を辿りたくなったからだ。また、その目指したものが実は限りなく社会主義に近かったというのも私の知的欲求をくすぐった。
 執筆されたのが大正八年、ちょうど一次大戦が終結した直後であり、北一輝が展開する戦後来るべき国際情勢は予言に満ち、面白かった。
(北によれば一次大戦において日本はドイツと組んでロシアを東西から挟撃し、イギリスの中国進出を阻むべきであったとする。)
 その政策の大綱は社会主義的ではあるが、私有財産限度を百万円、私人生産業限度を千万円とし、それ以上を国有とする。紙幣を行灯に使うような大資本家は消滅させるが、経済活動に一定の自由を認めてそれを活性化させるという考え方は、当時のボリシェビズムをはじめとした急進的共産主義を鑑みた結果であり、後に中国やベトナムが市場経済を導入した経緯からすれば、一面において先見性ある議論だったろう。
(大きな政府による福祉充実の政策を取りながら産業の勃興に成功したスェーデン式の社民主義も、元を辿ればボリシェビズムを他山の石として発達したのだった。)
 とはいえ天皇を中心とした戒厳令下の改造は、特にその先兵として在郷軍人団を重視し、徴兵制を永久のものとするとし、天皇と軍隊を理想化し過ぎるきらいがある。それは日本の後進性を証明するものに見えてしまう。
 その根底にあるのは、鎖国により独自の文化・文明を守り、維新により諸外国の進出を排斥したという日本の歴史を神聖化する文脈である。欧米文化の直訳的導入や、マルクス主義の鵜呑みを批判し、国家それぞれには独自の生い立ちがあり文化があるのだという北一輝だが、その同じ口で朝鮮の併呑は、自立できぬ老婆のごときをロシアの侵略から守るのであって侵略ではないと言い切ってしまう。朝鮮や台湾は植民地にあらず日本なりと。彼ら特有の文化についてはどう解釈するのだろうか。
(文中、朝鮮は北海道同様に日本であり西海道と考えるという。そもそも北海道も千年にわたる長い侵略の末に日本化されたのだが。)
 西郷隆盛の征韓論をはじまりとする大亜西亜主義は、北一輝により独自のイデオロギーとなり、形を変えて社会主義者をも巻き込んだ挙国一致の翼賛政治・大東亜共栄圏という美名へと雪崩れていった。ナチスが労働者党として社民・共産党の票を奪って成長したのを見ても、これら国家社会主義の危険性は大いに認めるべきだろう。目指すものの美しさと呼号する声の勇ましさに釣られて、手段を選ばなくなっていく歴史を見れば……
 たとえば北は 国民の自由と平等を謳い、婦人や児童の保護も論じて人道的・進歩的でありながら、階級闘争が認められるなら国家間の階級闘争たる戦争も権利ありとする。持たざる国は奪う権利があるというのである。これが日本のファシズムの原点になったろう。ヒトラーの論調にかなり近い。
 解説で二・二六事件に与えた影響が論じられている。意外に平易な論文であり、また軍隊による国賊排除の外科手術というわかりやすく理想主義的な主張は、純真な青年将校らを感化しないはずがなかった。が、時期尚早な決起。またその決起は青年将校らが望んだのとは異なる形で侵略戦争への道を加速させてしまった。
 陸軍でもその政治的才能を期待され、生きていれば日米開戦の愚を避け得ていたのではないかと言われた永田鉄山も、皮肉なことに皇道派将校により斬殺されたのだった。
 地獄への道は善意が敷き詰められていた、という悲しい歴史の皮肉である。




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