
出張先で、短い余暇時間の散策中に、ふと入った『BOOK・OFF』で手にした。
末期がんの妻を夫視点で描く。表紙裏には「がん患者が最期まで社会人でいられるのかを問う、新しい病院小説」とある。
私は山崎ナオコーラ、末期がん、というキーワードで、本書は読むべきものと判断した。最近、身内に同様の病気が見つかり、何か考えるよすがが欲しかった。
デビュー作に溢れ出ていた山崎ナオコーラらしさは、いまも纏っている。
それは本人が、「誰にでもわかる言葉で、私にしか書けないことを」と語ったところの文体なのだろう。
細やかな心理描写も、平易な文体でさらさらと紡がれる。しかし、かつてのような、危うい美しさは感じない。年齢なりに熟成したということもできそうだが、“らしさ”に呪縛されているのではないかと、余計な想像をしてしまった。
安定しているのだが、そのぶん作り物めいた完成度を見てしまう。出版サイドの描く物語に応じなければならない、そういう呪縛もあるのかもしれない。
予定調和的や結末も、同様の印象を強めてしまった。それは『美しい』終わり方ではあったけれど、若くして死ぬ妻の不在を、そんなにすんなり『美しい距離』と捉えて落ち着けるのだろうか。
そういえば、作中、小川洋子『完璧な病室』の模倣かなと思える描写もあった。模倣というのは酷だけど、既視感を感じたのは確かだ。
病院小説なんていうジャンルがあるのかは知らないが、ディテールで既視感が出てくるのは仕方ないのかもしれない。狭い病室の、静的な場面が多いのだから。
と、書きながら、私が珍しく山崎ナオコーラ作品に微かながらも不満を覚えた一因に思い至った。他に美しすぎる病院小説があったからだ。原民喜の。
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