失礼ながら五木寛之は特に好きな作家ではない。けれど『ジョニー』への愛着が私にこの本を読ませた。『ジョニー』とは陸前高田市にあるジャズ・カフェバーで、店名は標題作に由来するらしい。
『海を見ていたジョニー』は、ストーリー性・事件性重視の短編に感じた。〈オール読み物〉にでも掲載されていそうな軽さが気になったが、米軍基地のある街における微妙な戦争の影が、ジャズをリアルに演出する。
作中、黒人兵ジョニーはいう。
〈ブルースって音楽は、正反対の二つの感情が同時に高まってくる、そんな具合のものさ。絶望的でありながら、同時に希望を感じさせるもの、淋しいくせに明るいもの、悲しいくせに陽気なもの〉
なるほどなと思う。これは文学にもあてはまるだろう。後からじわじわ効いてくる毒、絶望。それらが微かな赦しや希望の欠片を垣間見せる。文学やジャズはそのコントラストを絶妙に演出するものだと思う(もちろん写真や絵画のようにはっきりしたものではなく、ときとしてドロドロと分別のできないものであっても)。
併録されている『素敵な脅迫者の肖像』、『盗作狩り』、『CM稼業』はいずれも放送・広告業界に材を取った作品。未知の分野なので興味をそそった。著者の経歴に由来した内容で、経験者にしか書けないような話だが、そのネタをもって表現したい切実なものがいまいち訴えてこなかった。
最後の『私刑の夏』は終戦直後の引き揚げを題材にした短編。五編の中ではいちばん良かった。緊張感がある。しかしこの絶望は何に由来しどこへ帰結するのか。という疑問は標題作以下、他の三編の読後感でもあるのだが。
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