これもブックオフの¥100コーナーで拾ったもの。久々に大岡昇平の戦記文学などを読みたいなと思っていてこちらが目につき、大変な見落としをしていたものだとすかさず手に取った。表紙の紹介が期待を膨らませた。
『死の淵から奇跡の生還をとげた著者が、悪夢のような苛烈な体験をもとに、軍隊内部の極限状況を緊迫した筆に描く』
しかも野間文芸賞、川端康成文学賞受賞作という。私のアンテナもひどく小さかったものだなと思った。
海軍予備学生に志願した著者の自伝的作品である。阿川弘之などにも似たような作品があるが、やはり比較の基準になってしまうのは『きけわだつみのこえ』だった。すると妙な違和感に「おや?」となるのだ。
老人がかつての苦労話や思い出を、やや誇らしげに、懐かしげに語るような雰囲気。美化こそされていないにしても、少なくとも“悪夢のような苛烈な体験”が “緊迫した筆”で描かれているとは思えなかった。
小説というより記憶を頼りに回想する長編のエッセイだろう。記憶が曖昧な部分もあり、それを包み隠さず覚えていないと書く。書く立場をもリアリティに徹するならこうなるのだろうが、あまりにこうした忘却が目についてしまい気になった。
特攻隊という特異な体験が過大評価されているように感じた。もっと若いころの同じ著者のものを読んでみたいと思った。文章については淡々と過不足なく、感傷に傾くこともなくて悪くないのだが、期待し過ぎていたのが悪かった。
わだつみ会の会員がその機関誌に投稿する昔語りもこんな口調に似ている。やはり生ある者と遺文でしかもの言えぬ側、比較するのがいけないのかもしれない。
