高倉健が徳島大尉を演じた映画が有名である。私も映画は三回くらい観たが、原作を読むのは初めてのことだった。
記録文学というのは、事実経過を述べようとして説明が冗長になったり、逆に著者の主観が入り過ぎて作りものの傾向を帯びがちだ。
しかし本作は、そのあたりのバランスが絶妙で、常に緊張感を持って読みすすめることができた。また、わざとらしい説明で済ませてしまいそうな人間関係についても、さりげない描写のうちに様々な伏線が張ってあり、著者のなみなみならぬ力量を感じた。
また引用の仕方も自然で、つっかかることなく、すらすら読めてしまう。この滑らかさには感心してしまった。
読み終えてから知ったが、新田次郎は気象学者で、長らく気象庁に勤めたという。論文などお手の物だったろう。どおりで作中の学術的な記述も、素人の付け焼き刃とは違って、文体に溶け込んでいるわけだ。
ところで、映画と原作を比較したらどうか。原作を超える映画というのは、まずめったにないが、映画『八甲田山』は、昔の邦画の割にはまずまず原作に引けを取らぬ出来だろう。
映画は時間の制約上、細部は省略されて、短絡的になるのは仕方ないが、ひとつ疑問なのは、原作と映画において描かれ方の違う徳島大尉である。
映画では、地元の案内人に対しても礼を失わぬ人間味溢れる将校、という演出である。観ていて後味が良い。
しかし原作は、案内人への扱いがひどく、軍隊の非人道性が描かれている。
娯楽と文学を分ける境界線が、ここに隠されている。
最新の画像もっと見る
最近の「大衆文学」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事