読書好きな後輩と、「おすすめの本を貸し合おう」ということになり、私は原民喜『夏の花・心願の国』を、後輩は本書を渡してくれたのである。
吉本ばなな作品は『キッチン』しか読んでいなかった。その作風の、磨き抜かれた文体と天衣無縫とも思える感性に魅せられながらも次に手が伸びなかったのは、失望を怖れる気持ちがあったからかもしれない。あれだけのデビュー作を書いてしまえば、あとは墜ちていくだけなのではないか。“文壇”や出版業界によってスポイルされてしまうのではないか、と。
しかし本作を手にして杞憂に過ぎなかったことを知った。いっけんマンガ風な文体は、よくよく見れば贅肉を削いで、軽やかに舞っており、著者の並々ならぬ文章への注意を感じさせる。描写は『キッチン』より詩的な表現において発展している。美文ではないが、やや的を外したところに響かせる。響かせているのか意図を超えて響くのかはわからない。
ともかく強い引力を持った作品だった。友人が死にかける以外に、大した事件もなく、ありふれた話題で、しかし最後まで集中力を持続させる筆力。連載小説ゆえになされた工夫なのかもしれないが、その工夫の形跡が見えないというのも驚かされる。
ほんわかした文体。この文体で、悲劇的な小説があるなら読んでみたい。というのが、最終的な私の感想である。本作に非は見当たらない。けれど、はたして悲惨なことも描けるのだろうか。描くならばいかように、彼女はそれと向き合い、作品化するのだろうか。
