昔から読みたいと思っていて、ようやく手にする機会を得た。“ドン・キホーテ型”とか“ハムレット型”と喩えられたり、様々な文学作品にその名が登場する古典中の古典である。大筋は知っていたし童話化されたものは読んだことがあったが、短くないし、古くさい古典の文体を勝手に想像して、後回し後回しになってしまっていた。
でも、絶対に読もうと思っていた。ドン・キホーテという人物に、(その風聞から判断して)親しみ以上のものを感じていたからだ。
旅に出で発つ経緯を語り手はこう表現している。
〈かの郷士は騎士物語を、夜は暮れぬうちから明けきるまで、朝は白み渡らぬ頃から暗くなるまでも、見つづけた。それで、眠りが少なすぎ、読書が多すぎた結果、脳味噌をぱさぱさに乾かせて、ものごとの弁別を失うに至った。物語に出てくるあらゆるもの、幻術をはじめとして、鞘当、合戦、果し合、すごい深手、口舌、恋慕、難儀のいろいろ、荒唐無稽のかずかずによって空想がふくれあがり、頭のはたらきを占めつくしたから、読んでいるおそろしい夢そらごとの一切合切を、ほんとうにあったことと思いこんでしまった。〉
他人事ではない。笑い事ではない。しかしこの作品が楽しいのは、真面目さと滑稽味の際どいところをついてくるバランスである。ついでに言うと訳文も古いものにしてはとても読み易い。
作者がどういう意図で書いたかはわからないが、いろいろな読み方ができそうな作品だと思う。騎士物語に通じていた当時のヨーロッパ人にとっては、いわゆるネタ的に面白い話だったろう。人生のタイプのある雛型として語られ(揶揄され)る近代以降にあっては、読者がいかに、なにを投影させて読むかで汲まれるものもそれぞれだろう。
名訳に感謝しつつ二編をひもとく……。
