「家では三本に見える煙突が、川向うでは二本に見えるよ」
(「煙突の見える場所」から久保健三の言葉)
あらすじ
昭和30年前後の東京下町。北千住のお化け煙突(四本の煙突が見る角度で1-2-3-4本に見える)が、3本に見える場所に緒方陸吉(上原謙)は住んでいる。家は借家で向かい側の法華宗の祈祷所を営む大家から月3千円で借りている。仕事は日本橋の「奴足袋本舗」に勤め、妻弘子(田中絹代)と二人暮らし。家が二階建てなので、二階の二間を独身の久保健三(芥川比呂志)と東仙子(高峰秀子)に朝飯付月2千円と月1千7百円で又貸ししている。二階の久保は税務署の督促係勤務で区内を督促して回っている。また、仙子は上野の商店街のアナウンス係をしている。
緒方陸吉は2年前に初婚で弘子と結婚した。弘子は再婚で、前夫は戦死したという。お互いに愛し合っていた。ある日、弘子が帰宅して緒方の部屋を覗くと陸吉と弘子が抱き合っていた。陸吉と弘子は驚いて、その場を取り繕ったが仙子はしばらく見詰めてしまった。すぐ仙子は二階に上がり、帰っていた久保に「じゃれてるのは見る方もいやなもの。でも、見てやった。愛情なんて情けないものね。私は見られても平気よ」と言う。久保は「残酷だな。下の夫婦に悪いよ」と答える。
陸吉と弘子は仲がいいが、時たま隙間風も入る。弘子は陸吉に内緒で競輪場の両替のバイトをしていた。通帳に積んだ金額を見て「相談もせず」と陸吉は不機嫌になる。弘子の前夫は空襲で死んだと言われていたが「殺したのか」とか嫌味も言う。また職場で「女房が他人の気がする」などと漏らしたりした。ある日、弘子は肉の安売り目当てで、遠回りして帰宅するとき偶然、久保に出会った。そのとき久保は「煙突が2本に見える」と弘子に教えた。自宅近くからはいつも3本に見えていたのだ。そのときお化け煙突は見た場所で本数が違うのだと弘子は気づいた。
その日弘子が玄関に入ると赤ん坊が泣いていたので驚く。夫の陸吉が「どうしたの」と聞いたが「知らない」と答えた。咄嗟に「捨て子よ」と言い放ったが赤ん坊の下に弘子宛ての手紙があった。差出は塚原とあり、前夫だった。「重子はあなたの子です。育ててやってください」とある。そして戸籍謄本が添えてあった。弘子は「警察で相談します」と陸吉へ言ったが、陸吉は自分の持ってる戸籍を見て「二重婚になってる。僕も罰せられる」と警察へ行くことを止めさせる。二階の久保も仙子も赤ん坊の泣き声に閉口している。久保は「緒方さんにも分からないらしい。煙突みたいだ、川向うでは2本に見えたよ」と耳を塞いだ。
赤ん坊は泣きやまない。弘子は寝ないであやしてる。見兼ねた陸吉は自分も抱っこしてあやす。陸吉は「なぜ他人の子の面倒をみなけれならないのか」と文句を言う。弘子と陸吉は口喧嘩になる。喧嘩は二階に筒抜けだ。久保も仙子も寝られない。久保は仙子に「君は僕が好きなのか」と聞く。仙子は「好きな気もするし、嫌いな気もする」という。「じゃんけんで決める」と言い出し、勝負はつかない。そんな騒ぎは緒方たちにも聞こえた。緒方夫婦の喧嘩は極限に達して、弘子は「お世話になりました」と外へ出て行く。それを追う陸吉。その後を久保と仙子も追って行く。川まで来ると弘子は入水し始めた。それを見た久保は慌てて岸辺に連れてきて介抱する。弘子は意識を取り戻し家に帰る。
一段落した久保は仙子に「これは個人の問題ではない。正義の問題だ」と前夫塚原を探すこととした。そんな久保に仙子は「愛している」と言ったので久保は更にやる気を出す。苦労の末塚原(田中春男)を見付けたが、妻の勝子(花井蘭子)に話してくれと責任逃れを言い出す。赤ん坊は勝子が生んだ子だった。勝子が子どもを塚原に押し付けたもので、塚原は親戚に預けたと勝子に嘘をついていたようだ。
一方、緒方家の赤ん坊は高熱を出して危篤状態になる。医者もどうなるか分からないと診断した。そこへ久保が帰ってきて塚原とその妻のだらしなさを嘆く。それを怒る仙子。しかし、赤ん坊は突然、意識を取り戻し元気になった。そんな中、勝子が赤ん坊を返せと緒方を訪ねてきた。緒方夫婦はそんな身勝手な勝子に「返したくない」と追い返す。すごすご帰る勝子。それを見た弘子は気が変わり「可愛いが返してやりたい」と言う。それを聞いた仙子は勝子を追いかけ、赤ん坊は勝子に返した。
そんな事件が一段落して、緒方夫婦の結びつきは一段と固いものとなった。そして久保と仙子の一緒になる約束をしたのだった。
感想など
・ この映画は、「煙突の見える場所」に住む一組の夫婦が、ひとつの災難を契機に愛情を確認しあい、それに関わった二階に下宿する二人の独身男女が前向きに結ばれるという話です。そこには4本の煙突が見る場所によって違う本数に見える現象を人間の心の距離感に譬えているようです。
・ 人間の疑心暗鬼とか、心の曖昧さ、狡さや身勝手さが描かれ、深刻なテーマですが、どこか風刺的ユーモアに満ちています。周辺には愉快な人達が登場し、旦那は刑法184条を持ち出したり、パチンコの景品を持て余したり、独身男女の決め事はジャンケンで決めたりして笑わせます。
・ 東京大空襲で役所の戸籍簿が焼失したところもあるので、戸籍の二重登録もあったのかもしれませんが、緒方陸吉の刑法184条で罰せられるから警察に届けられないというあたりは、あまりにも戦後民主主義に慣れていない庶民の端的な心情かもしれません。
・ 芥川龍之介の長男芥川比呂志が出演し、音楽を次男の也寸志が担当しています。映画の内容以上の迫力を感じる音楽でした。芥川比呂志さんは朴訥でよかったし、高峰さんはだぶだぶのズボンをはいて粗末な格好もしましたがやはりお顔は美しいです。上原謙と田中絹代は下町ではちょっと上品すぎる感じもしました。
・ 中学生の頃、この映画のポスターを横目に通学したことを覚えています。自宅から直接「お化け煙突」は見えなかったが、歩いて15分もすれば見えたし、北千住の名物だとは知れ渡っていた。ただ、当時はこの映画には関心なく時代劇や活劇を面白がっていたのでとうとう見過ごしてしまった。大人になり煙突も撤去されてみるとやはり懐かしいものです。いつか見たいと思いつつ機会を逃していました。東京下町ものの映画にはいつもシンボルのように出ます。最近、やっと見られました。
・ 北千住の火力発電所の4本の煙突は、見る角度や場所によって、1本から2本、3本、4本と見えました。そこで周辺の人達は「お化け煙突」呼んで、ひとつの名物のようになっていたのです。大正15年に出来て昭和38年に老朽化して取り壊されました。当時、下町を描いた映画には下町のシンボルのように出ています。「東京物語」「見上げてごらん夜の星を」「いつでも夢を」「女が階段を上るとき」などがあります。