猫語のブログ〜ねこさんの、ぼくによる、ねこさんのためのよみもの〜

「猫語の教科書」をだいざいに、しもべいくせいほうほうなど。

ねこさんののりもの、ルンバ

2023-02-10 | 日記
ねこのみなさんごきげんよう

ねこさんがうごけば、はぐれ毛が
ふわりとまうきせつとなりました。
おけなみのおてていれがかかせないので、
あごちんがつかれます。

ぼくのおたくに、すこしばかりまえに
ねこさんののりものがやってきたことは
すでにごほうこくしました。
こんかいは、こののりものについて
いいたいことがありますのでおつきあいねがいましょう。

゜:・*˙゜:†・º∞º*:˙˚・🐾。*˙˚。º:¨。•.・゜†:・.゜・。

ぼくは、このねこさんののりものが
ねこさんかいわいをさわがせていることは
ずっと前におみみにしました。

ちょうどこのあたらしいねこさんののりものが
この世に顕れたころのことだったかと思います。

しもべたちがこぞって
ねこさんが、あたらしいこののりものにのっている
おすがたを、つぶやいたりうぷしたりしていたものです。

かといって、
ぐたいてきにどういうものか
しっていたわけではありません。

そののりものにこねこさんたちがのって、ころんとおちるだとか
サメの毛皮をかぶったねこさんがのっているとか
しっているのはそういうことでした。

ですからぼくはてっきり、
ぼくがなれしたしんでいるのりものと
それほどかわりはないだろうと
おもっていたのです。

ぼくがなれしたしんでいるのりものは、
ごくごくかんたんなもので、
もとはしもべのまくらですとか
ねこさんのためのたおるとか
そういうものです。

しもべがつるつるのゆかに
まくらですとかそういうものをおきます。
ぼくがのります。
しもべがぜんりょくで
ひっぱったりまわしたりおしたりして、
ぼくははおちてしまわないようにきゅっと
おつめをたてておいて
そうやっていどうします。

しもべは
ジェットコースターァですよ
とおおきなこえをだします。

ぼくはそんなしもべのようすをたのしみながら
ぼくがおすわりになっているのに、
おめめにうつるけしきが
おめめまぐるしくかわったり
おからだがゆさぶられるのをおもしろくかんじます。
おもわず、おひげのねもとがふくらんじゃう
そんなきもちです。

ぼくにとって、ねこさんののりものとは
こういうものです。

では、ねこさんののりものとはこういうもの、と
しっているぼくのようなねこさんに、
さっこん話題のねこさんののりものルンバを
ねこさんののりもですよと、としょうかいしたら
みなさんどうなるとおもいますか。

ぼくというねこさんは、
しもべがルンバをそうぼくにしょうかいしたとき、
たいへん腹立たしくおもいました。

こんな、くろく、かたく、おもく、つめたい
むきしつで、じぶんでうごくくせに
ねこさんにあいさつもしないものが
ねこさんののりもであっていいはずがない!

なんのみやびやかさもかんじられないこれが、
ねこさんののりものだなんて
れいをしっするにもほどがある、と。

そんなぼくのおきもちをよそに
しもべといえば、あさはかにも
ぴっかりなどとなまえをつけて、
ときにはうらっかえしてていねいに
ブラシをし、なでたりしていますから、
おへそでおちゃがわきそうです。
あきれてにゃーのこえもでません。

なにしろ、このぴっかりは、
初対面にもかかわらずぶしつけにぼくに
ちかづいてきて、あろうことか
おててをふんで、しらんかおで
さってゆきました。

もういちどいいますと、
ぶしつけにちかづいてきて
ぼくのおててをふんで
さっていったのです。

さらには、しもべがふらりとおでかけすると
ふらふらとうごきだし、
ぼくのおへやの戸にごんごんたいあたりをしきます。
ぼくがきもちよくうたたおねんねしていても
ぼくがはばかりにごようじをしていても
おかまいなしなのです。

よくよくぼくははらをたていますのに、
しもべは、よかれとおもってなのか
ぼくをおにもつのようにもちあげて、
ぴっかりのうえにおこうとします。
これはねこさんののりものですから、
のってみたらどうですか、とこういうわけです。

このような扱いをうけたぼくがどうしたのか、
これいじょう、なにかもうしあげるのは
よそうとおもいます。

ひとつだけいえることは、
ぼくというねこさんが、
ぴっかりとわかいすることはない、
ただそれだけです。

おわかりいただきたいのは、
ねこさんのなかには、もちろんこののりものを
おきにめして、たのしんでいるかたもいるでしょう。
そのねこさんたちを、ひはんするものではありません。

ぼくのようにがぴっかりをゆるせないねこさんのきもちも
ぴっかりがだいすきだというねこさんのきもちも
ほうこうがちがうというだけで、
どちらもねこさんのいだくいつわりのない
おきもちだということにかわりはなく、
その点において、どちらのおきもちも
おなじだけの価値があるのですから。

最後に、ぼくがぴっかりにおててをふまれたときの
しょうこをのこしておきますのでおひまなときに
ごらんください。







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