こんばんは。
世の中、殆ど人の最初の印象など、対面でのその姿で決まるようなモノです。それに、つけて足す「あぁ、やっぱり」は会話に現れます。
恰好を気にしないで趣味に走る人はいいんですが、趣味に走って相手がどう思うかまでは、考えないモノです。ついでに、走り過ぎる人は、一般的などうでもいい会話が膨らみません。適当な会話や、人をかわす術がないからです。オタクと呼ばれる由縁は、自分の守備範囲の知識は広いけれど、守備範囲外の会話が全くできない事を言われます。ちょっと前まで、私もこういう人間でした。
例え話として、相手が、あなたのお隣の桜井さんと岩井さんがさ、と話をしたとしたら、大概真面目すぎる人は、こう答えると思います。
「隣とは知り合いではない事実。」
「そもそも、隣は桜井さんと言う名ではない。岩井さんもいない事実」
「角部屋に住んでいるので、該当するお隣はひとりである事実。」
・・・・・うーん。何でこんなに、事実しか述べない、生真面目さを会話に持ち込むんですかね。じゃぁ「お隣を桜井さんと仮定して」と言えば最後、「お隣は桜井ではないし、知り合いではない。」と答えてしまう人がいます。仮定してと言っても、自分の身に置き換えてないものはないと答えるのは、想像力が無い為でしょうか。何でも真面目に、正直に答える事が会話力ではないと思います。
何話しても、正直に事実を伝えれば会話が進む訳ではなく、その「会話が意図している事を汲み取ること」が大事です。例えば、桜井さんだとして、桜井さん宛ての郵便物があなたの所に入ってたとして、もし、あなたの名前が、桜木さんだったらあり得る話よね、と、人の会話は、そこまで、全部説明したモノではないです。
僕は桜木じゃないからと言われたら、普通に会話が成り立ちません。
会話はセンスや、あと若干の、Guess(ゲス)が必要でね。ゲスってのは、察するって意味ですわ。
お隣が桜井であろうが無かろうが、相手はどうとも思っていなくて、会話の中の、単純な話題に、こんなケースはどう?と上げた単なる仮説に、喰ってかかって、本気丸出しで叫ぶあなたの方が病んでいると私は思います。
自分の専門的分野に一歩でも入れば、専門用語で相手をやっつけてしまいがちですが、自分自身の世界が、人に理解される為の努力が「会話」です。そして、人の事を理解するのも「会話」です。
四角四面になり過ぎて柔軟性を失った時、会話は本当に成立しません。人が本気でそんな事を聞くかどうかの真偽はいいとして、会話を適当に相槌を打ってやり過ごすのも、人間として必要な事ではないですか。何でも、言葉の額面通りに受け取って、すぐ喧嘩だとか、嫌われたと嘆く人も多いんですが、ある程度相手の状態を知るのに、会話は必要です。自分を知ってもらうにも、会話は必要です。けれど、自分だけ喋っていなきゃいけない状態では無ければ、相手の話を聞くのも大事です。
何でも専門的に詳しく語ったところで、相手が興味がない話題は、正直相手は聞いてくれません。それを怒るあなたの方も、空気が読めないという状態でしかないです。
会話は自分と相手のキャッチボール。だけれど、話したくない事まで話す必要は無いんです。そういう事を聞かれたら、サザンの曲じゃありませんが、
「そーね、大体ねー」
位の勢いで、流してください。多少嘘が入っているんじゃ困りますけれど、どこに住んでるの?と聞かれて、東京とか、関東とか、東日本とか言う事もいいでしょう。何も詳しく、練馬区関町5-5-とか言う必要は全くないんですよ。いいじゃないですか。練馬区あたりとか、西武新宿線沿線あたりとか。如何様にも言い方はあります。
若い頃の私の友人で、超調子モノがいましてね。どんな人にも必ず最初に会ったらこう聞くのがいるんですよ。「どう、調子。」
英語で言うと、「What's up」って所でしょうか。それを、今日は具合が悪いとか、朝からお腹を壊して、午後医者に行って、薬はこんなのが出てってところまで、こいつは尋ねていないんですよ。こいつの、「どう?調子」ってのは、今はご機嫌かどうか、それだけの事なんですよ。
まぁ、もっとも、私も若い頃は、真面目に答えて、随分馬鹿にされましたね。けれど、そうこうするうちに、カールスモーキーと自身が呼ばれるほど、軽く人を煙に巻いて行かなければ、隠し通せない「事実」が出来てしまいましてね。
「どう?調子」と聞かれたら、「ぼちぼちでんがな」って最後の方は答えてた記憶があります。同じように子供に聞くと、やっぱり子供はどう説明していいんだか、悩むようですけれど、子供はそれでもいいんです。大人になったら、会話の場所や状態を考えて、「あっそ」で話を逸らす事を覚えないと、困るようになります。
人間、会話の時、自分を主人公として捉えて会話しがちですが、そうじゃない話し方もあるでしょうし、「ふーん」で終わりにしてもらいたい時もありますし、カットインの手法を使われた時には、気がついてもらいたいもんです。
熱く語るのは、「同じ趣味を持つ人と、その事で語る時」だけでしょうかね。そうでない場合には、浅く軽く行く面も持った方がいいでしょうね。故に、イギリス人は、他愛もない会話をする時は、「お天気の話題」で始まります。非常に有名な話です。一方的な蘊蓄(うんちく)もいいんですが、聞かされる方としては、自分と相手とでの弾みのある会話の方が楽しいです。
膨らまない会話に悩む人は考えてください。
朋
Guessし過ぎて、時々、ゲスの勘ぐりと言われる(苦笑)・・・・ってのは、ダジャレの法螺話ですが(笑)。「下衆の勘ぐり」品のない勘ぐりであるという意味ですね。
世の中、殆ど人の最初の印象など、対面でのその姿で決まるようなモノです。それに、つけて足す「あぁ、やっぱり」は会話に現れます。
恰好を気にしないで趣味に走る人はいいんですが、趣味に走って相手がどう思うかまでは、考えないモノです。ついでに、走り過ぎる人は、一般的などうでもいい会話が膨らみません。適当な会話や、人をかわす術がないからです。オタクと呼ばれる由縁は、自分の守備範囲の知識は広いけれど、守備範囲外の会話が全くできない事を言われます。ちょっと前まで、私もこういう人間でした。
例え話として、相手が、あなたのお隣の桜井さんと岩井さんがさ、と話をしたとしたら、大概真面目すぎる人は、こう答えると思います。
「隣とは知り合いではない事実。」
「そもそも、隣は桜井さんと言う名ではない。岩井さんもいない事実」
「角部屋に住んでいるので、該当するお隣はひとりである事実。」
・・・・・うーん。何でこんなに、事実しか述べない、生真面目さを会話に持ち込むんですかね。じゃぁ「お隣を桜井さんと仮定して」と言えば最後、「お隣は桜井ではないし、知り合いではない。」と答えてしまう人がいます。仮定してと言っても、自分の身に置き換えてないものはないと答えるのは、想像力が無い為でしょうか。何でも真面目に、正直に答える事が会話力ではないと思います。
何話しても、正直に事実を伝えれば会話が進む訳ではなく、その「会話が意図している事を汲み取ること」が大事です。例えば、桜井さんだとして、桜井さん宛ての郵便物があなたの所に入ってたとして、もし、あなたの名前が、桜木さんだったらあり得る話よね、と、人の会話は、そこまで、全部説明したモノではないです。
僕は桜木じゃないからと言われたら、普通に会話が成り立ちません。
会話はセンスや、あと若干の、Guess(ゲス)が必要でね。ゲスってのは、察するって意味ですわ。
お隣が桜井であろうが無かろうが、相手はどうとも思っていなくて、会話の中の、単純な話題に、こんなケースはどう?と上げた単なる仮説に、喰ってかかって、本気丸出しで叫ぶあなたの方が病んでいると私は思います。
自分の専門的分野に一歩でも入れば、専門用語で相手をやっつけてしまいがちですが、自分自身の世界が、人に理解される為の努力が「会話」です。そして、人の事を理解するのも「会話」です。
四角四面になり過ぎて柔軟性を失った時、会話は本当に成立しません。人が本気でそんな事を聞くかどうかの真偽はいいとして、会話を適当に相槌を打ってやり過ごすのも、人間として必要な事ではないですか。何でも、言葉の額面通りに受け取って、すぐ喧嘩だとか、嫌われたと嘆く人も多いんですが、ある程度相手の状態を知るのに、会話は必要です。自分を知ってもらうにも、会話は必要です。けれど、自分だけ喋っていなきゃいけない状態では無ければ、相手の話を聞くのも大事です。
何でも専門的に詳しく語ったところで、相手が興味がない話題は、正直相手は聞いてくれません。それを怒るあなたの方も、空気が読めないという状態でしかないです。
会話は自分と相手のキャッチボール。だけれど、話したくない事まで話す必要は無いんです。そういう事を聞かれたら、サザンの曲じゃありませんが、
「そーね、大体ねー」
位の勢いで、流してください。多少嘘が入っているんじゃ困りますけれど、どこに住んでるの?と聞かれて、東京とか、関東とか、東日本とか言う事もいいでしょう。何も詳しく、練馬区関町5-5-とか言う必要は全くないんですよ。いいじゃないですか。練馬区あたりとか、西武新宿線沿線あたりとか。如何様にも言い方はあります。
若い頃の私の友人で、超調子モノがいましてね。どんな人にも必ず最初に会ったらこう聞くのがいるんですよ。「どう、調子。」
英語で言うと、「What's up」って所でしょうか。それを、今日は具合が悪いとか、朝からお腹を壊して、午後医者に行って、薬はこんなのが出てってところまで、こいつは尋ねていないんですよ。こいつの、「どう?調子」ってのは、今はご機嫌かどうか、それだけの事なんですよ。
まぁ、もっとも、私も若い頃は、真面目に答えて、随分馬鹿にされましたね。けれど、そうこうするうちに、カールスモーキーと自身が呼ばれるほど、軽く人を煙に巻いて行かなければ、隠し通せない「事実」が出来てしまいましてね。
「どう?調子」と聞かれたら、「ぼちぼちでんがな」って最後の方は答えてた記憶があります。同じように子供に聞くと、やっぱり子供はどう説明していいんだか、悩むようですけれど、子供はそれでもいいんです。大人になったら、会話の場所や状態を考えて、「あっそ」で話を逸らす事を覚えないと、困るようになります。
人間、会話の時、自分を主人公として捉えて会話しがちですが、そうじゃない話し方もあるでしょうし、「ふーん」で終わりにしてもらいたい時もありますし、カットインの手法を使われた時には、気がついてもらいたいもんです。
熱く語るのは、「同じ趣味を持つ人と、その事で語る時」だけでしょうかね。そうでない場合には、浅く軽く行く面も持った方がいいでしょうね。故に、イギリス人は、他愛もない会話をする時は、「お天気の話題」で始まります。非常に有名な話です。一方的な蘊蓄(うんちく)もいいんですが、聞かされる方としては、自分と相手とでの弾みのある会話の方が楽しいです。
膨らまない会話に悩む人は考えてください。
朋
Guessし過ぎて、時々、ゲスの勘ぐりと言われる(苦笑)・・・・ってのは、ダジャレの法螺話ですが(笑)。「下衆の勘ぐり」品のない勘ぐりであるという意味ですね。
職場の或る男性がまさに天気の話題のみ、半年以上ふってきますが…膨らませようがないというか全然面白くなく、彼の意図が裏目に出ています。気持ちを察してくれという含みにしても、天気一辺倒じゃシラケます。
はあそーですね、で切り上げますが、いっそのこと無視した方がマシなのか。
さすがにアナタの話題はツマラナイです、とは言えない。
そればっかりですね、と皮肉で冗談ぽく言った方が効果的なのか。
そういうコミュニケーションをとるのさえイヤですが。
ダラダラとすみません。
いくつかのブログネタがシンクロするもので、あしからずです。
>彼の意図が裏目に出ています
というか、本気で真剣に語りたいが為に振る会話のきっかけは、本当に受け取る側にとって、思いが募っていればこそ、受け取りたくないですよね。
そんなのいたっけなぁ。最も、人が真剣に仕事やっている時に限って、暇そうに語るんですよ。互いに大変ですね。
ありがとう