定刻になって演芸が始まった。と言っても、最初は小中学校の吹奏楽部による軽音楽であった。夕暮れ前の薄明るい時に何の前触れもなく、音量のある吹奏楽を始めたのは演芸会の始まりを知らせるためであろう。広場の周囲にいる人達を芝生のシートに集めるためであろうか。
吹奏楽による軽音楽が数曲終わったなら、新垣利治村長よる演芸会の開会宣言が行なわれた。村長の挨拶により、今夜の演目が始まった。演者も観客も日頃からの顔なじみである。この日は、舞台に上がる演者にとって一年間の練習の発表会である。観客にとっては、芸達者な知人の演技が昨年よりどの程度上達したかを観察する機会と言える。内地でのこのような演芸会では、観客席側からは「待ってました」とか「がんばれよー」などの掛け声があがることが多い。南大東島での演芸会では掛け声やヤジなどはなく、皆様は行儀良く鑑賞されていた。余りにも付き合いが身近なため、演技を上手いとか下手とかという評価をせず、静かに見守るのが暗黙のルールになっているようだ。
三段目の写真は、琉球舞踊と三線の演奏である。演者は比較的高齢の人が多かった。在所集落には民謡教室があるらしく、そこの生徒と協力者が合同で出演していた。
この日の出演者の中に「ボロジノ娘&ボーイズ」というグループがあった。三線を弾きながら沖縄民謡やオリジナル民謡を唄うグループである。島にある新垣則夫民謡研究所で練習した南大東中学校生が代々このグループ名を引き継いでいるらしい。私はこのグループの詳細について不明であるが、沖縄県では有名のようで、本島や離島で開催される演奏会には招待で出演することが多い。