硝子のスプーン

そこにありました。

裕子の話。

2013-06-02 19:27:52 | オリジ小説(SS)

だから言ったじゃない。
友人の言葉が、頭の中に木霊する。

痛むこめかみを押さえて窓を見上げれば、気だるい灰色を抱え込んだ不機嫌な空がそこにあった。
気象庁が梅雨入りを発表してからこっち、連日雨だ。気圧の影響か雨天時は決まって偏頭痛に悩まされる裕子の鎮痛剤の箱は、もう空っぽだった。
ずきずきと一定のリズムで鈍く痛む頭に辟易して、裕子は枕に顔を沈めた。
自分以外、人間のいない部屋に響くのは、外を行きかう車の音と、冷蔵庫が立てるモーター音だけ。朝からずっと聞こえていた雨の音は、今はしない。恐らく、一時休止しているのだろう。ならば、今のうちに行動せねば。そう思うものの、頭痛のせいで体が重い。
こんなとき、誰かがいてくれたなら。自分の代わりにドラッグストアに赴き、鎮痛剤を購入し、水の入ったコップと一緒に枕元までそれを持ってきてくれる誰か。
その思考が、甘えであることを裕子は知っている。その一方で、人は人に甘えて甘えられて生きていくものであることも、知っている。では何故今この部屋に、甘えの矛先になる誰かがいないのか。その答えも、裕子は知っている。

だから言ったじゃない。

昨晩、久しぶりに一緒に食事した友人が言った言葉が木霊する。それは頭痛と同じように、一定のリズムを持って裕子の心をずきずきと鈍く痛めつけた。

だから言ったじゃない。あの人と結婚しておけば良かったのよ。ビールジョッキを片手にした友人の言葉を、あの人って誰よ。と、運ばれてきた冷奴に醤油をかけながら、裕子は笑って交わした。あの人よ、あの人。ほら。そうしつこく特定しようとする友人に、ねえお刺身食べたい。と、メニューを広げながら話題を逸らした。
わざわざ特定しなくても、友人が誰のことを指してあの人と言っているか、裕子は分かっていた。分かりすぎるくらいに、分かっていた。

あの人。友人がそう呼んだ彼と、裕子は三年近く付き合っていた。三年近く付き合った結果、別れた。
彼を好きでなかったわけではない。枕に顔を沈めたまま、言い訳ではなく思う。いつかの話として彼との間に結婚の話題が出たときだって、ぼんやりとながら幸せな家庭図を思い描くことが出来た。だけど、実際に彼の口からその二文字が出たとき、裕子はどうしても頷くことが出来なかった。その後、少しずつ二人の空気がちぐはぐになっていって、どうしようもないところまできて、別れた。
好きでなかったわけではない。もう一度、裕子は思う。確かに好きだった。彼の仕草や言葉を好ましく思ったし、一緒にいて些細なことで温もりを感じられた。逆に言うと、彼に対して好きしかなかった。それが裕子には怖かった。そして、その気持ちを上手く伝えることが、裕子には出来なかった。

仰向きになって深く息を吐きながら、裕子は目を瞑る。頭痛は相変わらず、一定のリズムで頭を締め付ける。それに倣うように、友人の言葉も、一定のリズムで胸を締め付ける。
言われなくても分かってる。結局すべて、自分の責任なのだ。分かっているから、黙っていてほしい。心が自分だけのものであるならば、選択も後悔も痛みも、自分だけのものであるはずだ。
心配してくれているのだろうことは、裕子にも分かっている。それでも、口を挟まないでなんて反抗期の子供のように、感情がささくれ立ってしまう。
きっと頭痛のせいだ。そう思い込むことにして、痛む頭を覆うように腕をクロスさせた。雨の音は、まだ聞こえない。鎮痛剤を買いに行くなら、今がいい。だけど、頭が痛くて体が重い。
こんなときに甘えさせてくれる誰かがいる人生を、自分は選ばなかった。でも、甘えさせてくれる誰かがいたらいいなと胸の奥でひっそり思う甘えくらい、持っていてもいいだろう。自分の心の中だけのことで、誰の迷惑や邪魔になるわけでもない。
裕子は開き直って、目を開ける。

目だけで見上げた窓の向こうには、灰色を抱え込んで不機嫌そうな空が広がっている。
開き直ったところで変わりなく、頭は一定のリズムでずきずきと鈍く痛む。
きっと今日はもう、鎮痛剤を手に入れることは出来ないだろう。
その結論にさえ開き直って、裕子はもう一度、深々と息を吐いた。


* * * * * * * * * * * * * * * * * *

思いつきで、練習用に、三人称一視点で書いてみた。
オチも何もないぜ。だから何だって話だぜ。思いつきっていうか気分だけで書いたから、そこらへんは容赦してほしいんだぜ。
てか、これ、三人称になっているのかしら。もうよく分かんない。頭ぱあん。



最新の画像もっと見る

7 Comments

コメント日が  古い順  |   新しい順
すごい (naoだよ)
2013-06-02 22:39:51
引き込まれてしまっただよー
やはりあなた、文章がとても上手!!!
続きが読みたいです、裕子のその後が気になりますw
返信する
Unknown (のん)
2013-06-02 23:24:55
ちょっと待って。待って待って待って。
naoってなお? 私の本名やら家族やらを知っているなお? いやん。なにあなた、このブログを何故どこでどうやって知った? 軽くパニったぞ、おい(笑)
文章が上手なんて、最高の優しさをありがとう、友よ。
ちなみに、裕子の話は突発的思い付きなので、今後も何もないんだけど、どうしよう(笑)。
naoは多分ファンタジーとか読まないかなあとも思うけど、もし良かったら、「脳内ヘブン」のほうにも遊びにきてね。のんちゃん、頑張ってるから、今あっちで。

と、ここまで書いて、naoがなおじゃなかったらどうしようって思ってます(笑)。違ったらごめんなさい、naoさん。コメント嬉しかったです。ありがとうございます。
返信する
のんのん (nao)
2013-06-03 01:44:11
のんたん、こないだだいぶ前に教えてもらっただよ♡
何もかも知ってますnaoですよ、笑。
ちゃんとお気に入りにしていただいていて♡ありがとう♡
裕子さんの続きを是非ともお願いしたいww
気になりすぎます。。。
ホームページにnaoもブログリンクしてるからたまに
遊びに来てね、独り言帳みたいだが。。笑
「脳内ヘブン」にも参ります♡
返信する
わお (nao)
2013-06-03 01:45:16
文字化けしていやがる!!!
全部はあとマークやけん!! ラブラブ。笑
返信する
Unknown (のん)
2013-06-03 11:49:36
わあw 本当ににゃんにゃんだったのねww ていうか私、教えたっけ??←既に耄碌始め。まあnaoは、私が二次元変態なの知ってるから、今更引かないよね、信じてる(笑)。
naoもブログ始めたのね~、遊び行くね~♪
裕子の話はだってあなた、本当に何の構想もないのよ。ただその時私が頭痛くて、でも薬がなくてくそ~~と思ってたから書いただけで……(笑)。どうしたらいい?(笑)
でも、naoが読みたいと言ってくれるなら、頑張ってそのうちつづきっぽいのを書くよ、きっと、多分、恐らく……。←オイ。
こんなブログだけど、nao、是非また遊びにきてね~! 脳内ヘブンのほうにも、是非…!(←しつこいw) 待ってるに~!!!
返信する
Unknown (赤猫)
2013-06-04 17:22:19
ふふふ…気付いてないようですが、「脳内ヘブン」俺も行ってますよ。

裕子の続きも期待してます。
返信する
Unknown (のん)
2013-06-04 22:32:39
赤猫さーん、ありがと~~~!!! 気づかなくてすみません(笑)。んもう、来てくださってるなら、来たよと一言、言ってくださいよう。感想なんぞ贅沢なこと望みません。読んだよ、あなたのその一言がただ欲しい。(←物凄い贅沢&我が侭(笑))
裕子……。どうしよう、単なる練習用の使い捨てだったのに……(笑)。
返信する