9月22日(土)に、東京ビッグサイトで開催された「JATA旅博2012」へ行ってきました。
内外の観光当局や航空会社等の旅行・観光業界の組織が一堂に会したビッグイベント、会場内は大盛況でした!
日本ではほとんど馴染みのない国のブースもあって、日本にいながらにして世界を旅している気分にも浸れることができて、久々に海外の空気に触れた感じがしました^^
少し横道に逸れますが、この記事を書きながらふと思い出した昔の話も差し込んであります(^^;
京都ホテルオークラ前にある、大阪国際空港(伊丹空港)行リムジンバスの「京都市役所前」停留所。
早朝5時台、6時台、7時台にそれぞれ1便ずつ計3便のみが停車する停留所です。
現在はANAが使用している、伊丹空港の南ターミナル。
関西国際空港が平成6年(1994年)に開港するまでは、国際線のターミナルでした。
懐かしい出入国スタンプ…この南ターミナルから海外へ出発し、帰国した時のものです。
「大阪国際空港」の正式名称が実体を伴っていた頃は、伊丹空港での出入国時、パスポートに押されるスタンプには "OSAKA" と記されていました。
今日では、関空で出入国すると、スタンプには "KANSAI" の文字が記されています(リンク先画像の入国スタンプ)
因みに左のページのスタンプは、今は無き「ドイツ民主共和国(Deutsche Demokratische Republik/DDR)」(東ドイツ)の、在留資格(Aufenthaltsberechtgung für die Deutsche Demokratische Republik)と出国ビザ(VISUM gültig zur AUSREISE aus der Deutschen Demokratischen Republik)のスタンプです(懐かしさついでに(^^;)。
訳あって(犯罪絡みではありません;)通常なら滞在したホテルで代行して行なってもらえる手続きを行えず、当時の東ベルリンはアレキサンダー広場駅前にあった警察署(つまり東ドイツの人民警察(Volkspolizei))で手続きした際に押されたものです。
これがないと出国できないので、必ず警察へ行くようホテルで申し渡されました;
旅行当時は、既にベルリンの壁は崩壊して数ヶ月経過していたとはいえ、制度上では、未だガチガチの共産圏、即ち、「東側」=ソ連=КГБ(KGB)の脳内イメージでしたので、それに繋がっていそうな権力機関の一端に、しがないペーペーの旅行客とはいえ「西側」の人間がノコノコ足を踏み入れたが最後、スパイ容疑でタイーホ!!なんてことになったら((((;゜Д゜)))…等々荒唐無稽な妄想を膨らませて緊張しながら出頭したものですがw、それも今となっては貴重な思い出です^^
署内では、妙にガランとした、窓のない個室に連れて行かれましたが;;、もちろん何事もなく、無事に出国許可をもらいましたよ!
閑話休題。
伊丹空港の北ターミナルです。
現在はJALが使用しています。
関空開港前は、国内線のターミナルでした。
JALに「鶴丸」のマークが復活して、初めて実物を間近に見ました。
やはり、JALにはこのマークこそが相応しいですよね!
ターミナルビル屋上の展望デッキを、北ターミナルから南ターミナルへと移動、東京へ向け私の搭乗するANA機が到着したようです。
搭乗口で間近に見ると、迫力がありますねぇ!!
正味45分程の飛行時間の後、11時過ぎの定刻に東京国際空港(羽田空港)に到着しました。
羽田空港から東京ビッグサイトへは、以前に行った時は電車を使いましたが、今回は発車時間的にも丁度良いタイミングであったので、乗り換えの手間いらずなリムジンバスで直行することにしました。
羽田空港から約30分~40分程で、東京ビッグサイトへとやって来ました!
バスを利用したのは初めてだったので、何だか初めて訪れたような気分になりましたw
この入口から、「JATA旅博2012」が開催されている、東1・2・3ホールへと向かいます。
「世界へのゲート」まで、あともうひと息です♪
内外の観光当局や航空会社等の旅行・観光業界の組織が一堂に会したビッグイベント、会場内は大盛況でした!
日本ではほとんど馴染みのない国のブースもあって、日本にいながらにして世界を旅している気分にも浸れることができて、久々に海外の空気に触れた感じがしました^^
少し横道に逸れますが、この記事を書きながらふと思い出した昔の話も差し込んであります(^^;
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京都ホテルオークラ前にある、大阪国際空港(伊丹空港)行リムジンバスの「京都市役所前」停留所。
早朝5時台、6時台、7時台にそれぞれ1便ずつ計3便のみが停車する停留所です。
現在はANAが使用している、伊丹空港の南ターミナル。
関西国際空港が平成6年(1994年)に開港するまでは、国際線のターミナルでした。
懐かしい出入国スタンプ…この南ターミナルから海外へ出発し、帰国した時のものです。
「大阪国際空港」の正式名称が実体を伴っていた頃は、伊丹空港での出入国時、パスポートに押されるスタンプには "OSAKA" と記されていました。
今日では、関空で出入国すると、スタンプには "KANSAI" の文字が記されています(リンク先画像の入国スタンプ)
因みに左のページのスタンプは、今は無き「ドイツ民主共和国(Deutsche Demokratische Republik/DDR)」(東ドイツ)の、在留資格(Aufenthaltsberechtgung für die Deutsche Demokratische Republik)と出国ビザ(VISUM gültig zur AUSREISE aus der Deutschen Demokratischen Republik)のスタンプです(懐かしさついでに(^^;)。
訳あって(犯罪絡みではありません;)通常なら滞在したホテルで代行して行なってもらえる手続きを行えず、当時の東ベルリンはアレキサンダー広場駅前にあった警察署(つまり東ドイツの人民警察(Volkspolizei))で手続きした際に押されたものです。
これがないと出国できないので、必ず警察へ行くようホテルで申し渡されました;
旅行当時は、既にベルリンの壁は崩壊して数ヶ月経過していたとはいえ、制度上では、未だガチガチの共産圏、即ち、「東側」=ソ連=КГБ(KGB)の脳内イメージでしたので、それに繋がっていそうな権力機関の一端に、しがないペーペーの旅行客とはいえ「西側」の人間がノコノコ足を踏み入れたが最後、スパイ容疑でタイーホ!!なんてことになったら((((;゜Д゜)))…等々荒唐無稽な妄想を膨らませて緊張しながら出頭したものですがw、それも今となっては貴重な思い出です^^
署内では、妙にガランとした、窓のない個室に連れて行かれましたが;;、もちろん何事もなく、無事に出国許可をもらいましたよ!
閑話休題。
伊丹空港の北ターミナルです。
現在はJALが使用しています。
関空開港前は、国内線のターミナルでした。
JALに「鶴丸」のマークが復活して、初めて実物を間近に見ました。
やはり、JALにはこのマークこそが相応しいですよね!
ターミナルビル屋上の展望デッキを、北ターミナルから南ターミナルへと移動、東京へ向け私の搭乗するANA機が到着したようです。
搭乗口で間近に見ると、迫力がありますねぇ!!
正味45分程の飛行時間の後、11時過ぎの定刻に東京国際空港(羽田空港)に到着しました。
羽田空港から東京ビッグサイトへは、以前に行った時は電車を使いましたが、今回は発車時間的にも丁度良いタイミングであったので、乗り換えの手間いらずなリムジンバスで直行することにしました。
羽田空港から約30分~40分程で、東京ビッグサイトへとやって来ました!
バスを利用したのは初めてだったので、何だか初めて訪れたような気分になりましたw
この入口から、「JATA旅博2012」が開催されている、東1・2・3ホールへと向かいます。
「世界へのゲート」まで、あともうひと息です♪
そしてようやく制度も整い日常生活も表面上は大変革をなしとげたとしても、人々の考え方の変化に至るまでにはさらに長い年月が必要なのではないでしょうか。
古今東西、思考の変化には最低でも百年から2百年ぐらいの時間がかかるのではないかと思っています。
東京ビッグサイトでtaろうさんがどんな世界を目の当たりにされたのか今からとても楽しみです。
ビロード革命を成し遂げ昂揚したチェコスロヴァキアと、国民に見限られた国家の空気を実感した東ドイツと、強烈な印象を受けた旅となりました。
これまで当然だった価値観を突然全否定されることを強いられた人々の労苦は、察するにあまりあります。
人の心というものは時にこのように頑迷にもなって、そのケアはとても難しいものですね。
中々海外旅行の機会のない身には、世界を直接肌で感じられるイベントはとても有り難いものです^^
次の記事まで、しばしお待ちくださいね!
旧東ドイツ出身の友人が1名いるのですがやはり突然変わった学校での教科書や価値観についていくのに違和感があったと前に話していました。さらに親世代では若者よりももっと苦労されたと思います。
関空は遠いので伊丹でも羽田のように国際便を飛ばしてくれたらと思ってしまいます・・・・。
旅博とはどのようなイベントなのか興味あります!観光PRに来るのでしょうか??続きが楽しみです♪
えっ!taろうさん戸塚住民だったとは!!!母の実家が戸塚で今もすぐ上の兄が戸塚に住んでいるので横浜帰るといつも行きます。戸塚駅も新開発されて駅ビルなんてできてしまって便利になりましたよ♪
時期はは全く未定ですが、そのうちスキャナを買って、この初海外旅行も紹介できたら…と思っています(気合い入りまくりで記録もバッチリw)^^
私も親から、前日まで鬼畜米英と教えていた学校の先生がある日を境に米国軍は解放軍と言い始め、子供心にショックを受けた、という終戦直後の頃の話を聞いたことがあります。
伊丹の代替と騒音問題で関空ができた経緯を考えると、伊丹の再国際化は難しそうですね。。。
旅博は、各国観光局等が自国をPRする楽しいイベントです♪
実は関空でも毎年開催されるので、kikiさんも機会があれば、参加なさってみてはいかがでしょう?
親の仕事の関係で、3年程戸塚区民でした。
今の東戸塚駅の近く(当時はまだ駅がなかった)で、横浜市内というのが信じがたい程ノンビリしていて、カブトムシやクワガタ捕りに熱中していました!
戸塚も東戸塚も、再訪したらすっかり浦島太郎状態でしょうね…そういう訪問も面白そうですw
特に東ドイツが好きだったわけではないのですが、東ドイツの国歌が好きで、国歌を聴くためにオリンピックでは東ドイツチームを応援していた変わり者の私。
慌てて世界の国歌が入ったカセットテープ(CDは見つからなかった)を購入。
そのカセットも行く度かの引っ越しで紛失。
もう2度と聞けなくなってしまったと思った東ドイツ国家も今はyoutubeのお陰で聞くことができます。
でも、オリンピックで流れた歌なしバージョンがヨレヨレのものしかないのが実に残念。
すっかり感傷に浸ってしまいましたが、旅行好きのtaろうさんがどんな発見をされるのか楽しみです。
女子の競泳は無敵の強さ(統一後に選手は筋肉増強剤のドーピングが発覚しましたが)、あと女子フィギュアスケートのカタリーナ・ビットとか、懐かしいですね。
私も、その国自体の好き嫌いとは全く切り離して、お国柄を良く表わしている国歌を聴くのが好きです。
世界の国家のCDも何枚か(!)持っています(^^;
長野五輪の時には、小澤征爾さんが五輪で流す国歌をアレンジしたそうで、そのCDも持っていますが、流石の旋律の美しさに唸りました!
東ドイツ国歌、歌詞(ドイツ統一のくだりがあり、東ドイツが統一を放棄して後はソ連からのクレームで歌われなくなりました)付きの結構クリアなバージョンのリンクを知っているので、次の記事のおまけに張っておきますね^^
見物記は、大いにへそ曲りな私の主観と嗜好とに基づいているので、お楽しみいただけるか、些か心配ですw
それでも、ちょっとした旅行気分に浸れるし、情報収集もできるし、旅好きには楽しいイベントでした!