C-7の一角に佇む、「寒鰤屋」の看板を掲げた骨董屋。店主の住居も兼ねたこの店は、奥が居住空間となっている。
そしてその茶の間には、現在一人の男子高校生がいた。
整った身だしなみが清潔感を感じさせる彼の名は、音無伊御という。
(わけがわからない……。いったいこれはなんなんだ……。なんで普通の……いや、あんまり普通でもないか。
とにかく、善良な高校生の俺たちがこんな物騒な事件に巻き込まれなきゃならない!)
どこを見るでもなく視線をさまよわせながら、伊御は心の内で呟く。
いきなり殺し合いの場に放り込まれるという異常事態を前にして、本来高い適応力を持つ彼もさすがに混乱していた。
(真宵あたりのいたずら……ってことはないよな。いくら無茶苦茶なやつっていっても、あいつだって一介の高校生だ。
ここまで大規模なことが出来るとは思えない。それに、真宵は人殺しがどうこうなんて話を持ち出してくるような悪趣味なやつじゃない。
そうなると……本当に殺し合いをしなきゃいけないのか?)
フル回転する伊御の脳裏に、つい先程首輪を爆破されて死んだ老人の姿が蘇る。
伊御はそれほど老人の近くにいたわけではないが、それでも彼の死に様ははっきりと見えていた。
自分や友人たちも、あんな風に死んでしまうのだろうか。そんなことを考えた伊御は、頭の中で友人たちが死ぬ光景をリアルに思い浮かべてしまう。
鈍器で後頭部を割られる榊。拳銃で眉間を撃ち抜かれる真宵。刃物でめった刺しにされる姫。そして、首を絞められ苦悶の表情で死んでいくつみき……。
「うぐっ!」
自分の妄想してしまったシチュエーションに激しい嘔吐感を引き起こされ、伊御は近くにあったゴミ箱に慌てて顔を突っ込む。
不幸中の幸いと言うべきか、伊御が空腹状態であったために吐き出されたのは少量の胃液だけだった。
だがそれでも、胃を抉るような痛みと胃液に焼かれた喉の灼熱感は彼を容赦なく襲う。
伊御は手探りでカバンから水の入ったペットボトルを取り出し、一気に中の水を口の中に流し込んだ。
「はあ……はあ……」
ペットボトル半分ほどの水を消費したところで、伊御はペットボトルから口を離す。
ある程度は落ち着いたものの、それでもまだ心身共に本調子とは言い難い状態だ。
(落ち着け……。あんな光景、現実にしてたまるか……! 俺が守らなきゃ……。あいつら誰一人だって、死なせてたまるか!)
不安定な精神状況の中でも、伊御はおのれの目的を見つけ出す。それは大切な友人たちを守ること。
みんなを死なせたくない。今の伊御が考えられるのは、ただそれだけだ。
(そうと決まれば、早くみんなを見つけないと……)
無造作にペットボトルをカバンに戻すと、伊御はそれを背負い部屋から出ようとする。
だがその矢先、彼が開けようとしたふすまが外側から開けられた。
「え?」
面食らう伊御の前に現れた人物。それは、茜色の髪を長く伸ばした美女だった。
「あら。何か物音がすると思ったら、やっぱり私以外に人がいたのね」
動けずにいる伊御に対し、彼女は無造作に歩み寄る。その顔には微笑が浮かんでいたが、それはかえって伊御の疑念を掻き立てていた。
この殺戮遊戯という恐怖の舞台に立たされながら、笑みを浮かべている事実。それは伊御には、他人を欺くための偽りの笑顔にしか見えなかったのだ。
「近寄らないでもらいましょうか」
カバンの中に武器がなかったかどうか確認しなかったことを後悔しながら、伊御は後ずさる。
「警戒しなくてけっこうです。私はあなたに危害を加えるつもりはありませんから」
笑みを浮かべたまま、女性は伊御に一歩歩み寄る。しかしそれに合わせて、伊御も一歩後退する。
「近寄らないでもらいたいと言ったのが、聞こえませんでしたか?」
「そちらこそ、警戒しなくてけっこうと言ったのが聞こえませんでした?」
「そう言われて、はいそうですかと警戒を解くわけがないでしょう。ここは殺し合いの場なんですよ?
初対面のあなたを、簡単に信用するわけにはいきません」
殺気立った声で告げる伊御。その言葉を受けた女性は顔から笑みを消し去り、自分の荷物を床に放り投げる。
そして、その中に手を突っ込む。
(やっぱりだまし討ちをするつもりだったか!)
その行動をカバンから武器を取り出すためと判断した伊御は、打って変わって距離を詰めるために走る。
女性がカバンから包丁を取り出したことで、伊御の予感は確信に変わる。
だが、その確信はすぐさま打ち砕かれた。彼女は包丁を自分の手に握らず、それを伊御に差し出したのである。
「え……?」
戸惑う伊御に、彼女は真顔で告げる。
「私が信用できないのでしたら、いつでもそれで私を刺してかまいません。ですからまず、私の話を聞いてください」
真剣そのものの口調で紡がれる言葉に、伊御の心が揺らぐ。目の前の女性に対する猜疑心が、少しずつ溶けてゆく。
(ここまでされたら、さすがに信じないわけにはいかないか……)
溜息を一つつくと、伊御は差し出された包丁を押し返した。
「わかりました。そのアピールだけで充分です。ですから、手の中の物騒なものはカバンに戻してください」
「わかっていただけたんですね」
女性の顔に、笑みが戻る。だがそれも一瞬のこと。彼女はすぐに真顔に戻り、本題を切り出す。
「単刀直入に言います。私に力を貸してください」
「……単刀直入すぎますね。もう少し具体的な説明をお願いします」
「名簿を信じれば、私の友人たちがこの殺し合いに参加させられているんです。
彼らを助けるためには、殺し合いそのものを破綻させるしかないと私は考えています。
でも、私一人の力ではやれることなんて限られています。ですから、同志が欲しいんです。
同じように、殺し合いの破綻を望む仲間を。どうか、私に力を貸してはもらえませんか?」
女性の長い言葉が終わり、その場を静寂が包む。数秒の間を置いて、伊御がその静寂を破った。
「……俺も、友人たちがここに連れてこられています。あいつらが死ぬなんて、俺には耐えられない。
だから、あなたの気持ちもよくわかります。もちろん、あなたの言葉に偽りがなければ、ですが……。
とりあえずこの場では、俺はあなたを信用しましょう。俺は、あなたの味方になります」
「ありがとうございます」
伊御から賛同の意志をもらえたことで、女性の顔がほころぶ。それは今までの微笑とは一線を画す、聖母のごとき笑みであった。
「そういえば、お互い名前も名乗ってませんでしたね。私は那波千鶴といいます」
「音無伊御です。いちおう高校生やってます」
「あら、やっぱり年上さんでしたか」
「え?」
千鶴の発言に、伊御は思わず驚きをあらわにする。
「……なんですか、その反応は」
「いや、だって千鶴さんが俺より年下って……」
「私、中学生ですよ?」
「ええ!?」
さらなる驚きを見せる伊御。だがすぐに、彼はその反応を後悔することになる。
自分の反応を見た千鶴の纏う雰囲気が豹変したのだ。
浮かべている表情自体は先程の聖母の笑みとほとんど変わらないというのに、今の彼女はまるで鬼神のごとき威圧感を放っている。
「音無さん……。少し、お話ししましょうか? 今後のために、お互いをよく知っておく必要があると思うんです」
「いや、それは悪くないと思うんですが……。もう少し落ち着いて……」
「あらあら、私は充分に落ち着いているつもりですよ?」
数分後、二人が骨董屋の外に出てくるまで、両者の間で何があったのかは定かではない。
だが、伊御は後にこう語った。
「あれほどまでに恐ろしい思いをしたのは、人生で初めてかもしれない」と。
【一日目・深夜 C-7 骨董屋前】
【音無伊御@あっちこっち】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:友人たち(つみき、姫、真宵、榊)を守る。
1:千鶴に協力する
2:千鶴を怒らせることは極力避ける
【那波千鶴@魔法先生ネギま!】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、沼藺の包丁@里見☆八犬伝、不明支給品0~2
【思考】
基本:この殺し合いを破綻させる
1:知人(ネギ、小太郎、のどか)との合流
※麻帆良祭終了後からの参戦です
※支給品紹介
【沼藺の包丁@里見☆八犬伝】
小文吾の妹・沼藺(ぬい)が、亀篠に操られて信乃を襲った時に武器として使った包丁。
前の話
そしてその茶の間には、現在一人の男子高校生がいた。
整った身だしなみが清潔感を感じさせる彼の名は、音無伊御という。
(わけがわからない……。いったいこれはなんなんだ……。なんで普通の……いや、あんまり普通でもないか。
とにかく、善良な高校生の俺たちがこんな物騒な事件に巻き込まれなきゃならない!)
どこを見るでもなく視線をさまよわせながら、伊御は心の内で呟く。
いきなり殺し合いの場に放り込まれるという異常事態を前にして、本来高い適応力を持つ彼もさすがに混乱していた。
(真宵あたりのいたずら……ってことはないよな。いくら無茶苦茶なやつっていっても、あいつだって一介の高校生だ。
ここまで大規模なことが出来るとは思えない。それに、真宵は人殺しがどうこうなんて話を持ち出してくるような悪趣味なやつじゃない。
そうなると……本当に殺し合いをしなきゃいけないのか?)
フル回転する伊御の脳裏に、つい先程首輪を爆破されて死んだ老人の姿が蘇る。
伊御はそれほど老人の近くにいたわけではないが、それでも彼の死に様ははっきりと見えていた。
自分や友人たちも、あんな風に死んでしまうのだろうか。そんなことを考えた伊御は、頭の中で友人たちが死ぬ光景をリアルに思い浮かべてしまう。
鈍器で後頭部を割られる榊。拳銃で眉間を撃ち抜かれる真宵。刃物でめった刺しにされる姫。そして、首を絞められ苦悶の表情で死んでいくつみき……。
「うぐっ!」
自分の妄想してしまったシチュエーションに激しい嘔吐感を引き起こされ、伊御は近くにあったゴミ箱に慌てて顔を突っ込む。
不幸中の幸いと言うべきか、伊御が空腹状態であったために吐き出されたのは少量の胃液だけだった。
だがそれでも、胃を抉るような痛みと胃液に焼かれた喉の灼熱感は彼を容赦なく襲う。
伊御は手探りでカバンから水の入ったペットボトルを取り出し、一気に中の水を口の中に流し込んだ。
「はあ……はあ……」
ペットボトル半分ほどの水を消費したところで、伊御はペットボトルから口を離す。
ある程度は落ち着いたものの、それでもまだ心身共に本調子とは言い難い状態だ。
(落ち着け……。あんな光景、現実にしてたまるか……! 俺が守らなきゃ……。あいつら誰一人だって、死なせてたまるか!)
不安定な精神状況の中でも、伊御はおのれの目的を見つけ出す。それは大切な友人たちを守ること。
みんなを死なせたくない。今の伊御が考えられるのは、ただそれだけだ。
(そうと決まれば、早くみんなを見つけないと……)
無造作にペットボトルをカバンに戻すと、伊御はそれを背負い部屋から出ようとする。
だがその矢先、彼が開けようとしたふすまが外側から開けられた。
「え?」
面食らう伊御の前に現れた人物。それは、茜色の髪を長く伸ばした美女だった。
「あら。何か物音がすると思ったら、やっぱり私以外に人がいたのね」
動けずにいる伊御に対し、彼女は無造作に歩み寄る。その顔には微笑が浮かんでいたが、それはかえって伊御の疑念を掻き立てていた。
この殺戮遊戯という恐怖の舞台に立たされながら、笑みを浮かべている事実。それは伊御には、他人を欺くための偽りの笑顔にしか見えなかったのだ。
「近寄らないでもらいましょうか」
カバンの中に武器がなかったかどうか確認しなかったことを後悔しながら、伊御は後ずさる。
「警戒しなくてけっこうです。私はあなたに危害を加えるつもりはありませんから」
笑みを浮かべたまま、女性は伊御に一歩歩み寄る。しかしそれに合わせて、伊御も一歩後退する。
「近寄らないでもらいたいと言ったのが、聞こえませんでしたか?」
「そちらこそ、警戒しなくてけっこうと言ったのが聞こえませんでした?」
「そう言われて、はいそうですかと警戒を解くわけがないでしょう。ここは殺し合いの場なんですよ?
初対面のあなたを、簡単に信用するわけにはいきません」
殺気立った声で告げる伊御。その言葉を受けた女性は顔から笑みを消し去り、自分の荷物を床に放り投げる。
そして、その中に手を突っ込む。
(やっぱりだまし討ちをするつもりだったか!)
その行動をカバンから武器を取り出すためと判断した伊御は、打って変わって距離を詰めるために走る。
女性がカバンから包丁を取り出したことで、伊御の予感は確信に変わる。
だが、その確信はすぐさま打ち砕かれた。彼女は包丁を自分の手に握らず、それを伊御に差し出したのである。
「え……?」
戸惑う伊御に、彼女は真顔で告げる。
「私が信用できないのでしたら、いつでもそれで私を刺してかまいません。ですからまず、私の話を聞いてください」
真剣そのものの口調で紡がれる言葉に、伊御の心が揺らぐ。目の前の女性に対する猜疑心が、少しずつ溶けてゆく。
(ここまでされたら、さすがに信じないわけにはいかないか……)
溜息を一つつくと、伊御は差し出された包丁を押し返した。
「わかりました。そのアピールだけで充分です。ですから、手の中の物騒なものはカバンに戻してください」
「わかっていただけたんですね」
女性の顔に、笑みが戻る。だがそれも一瞬のこと。彼女はすぐに真顔に戻り、本題を切り出す。
「単刀直入に言います。私に力を貸してください」
「……単刀直入すぎますね。もう少し具体的な説明をお願いします」
「名簿を信じれば、私の友人たちがこの殺し合いに参加させられているんです。
彼らを助けるためには、殺し合いそのものを破綻させるしかないと私は考えています。
でも、私一人の力ではやれることなんて限られています。ですから、同志が欲しいんです。
同じように、殺し合いの破綻を望む仲間を。どうか、私に力を貸してはもらえませんか?」
女性の長い言葉が終わり、その場を静寂が包む。数秒の間を置いて、伊御がその静寂を破った。
「……俺も、友人たちがここに連れてこられています。あいつらが死ぬなんて、俺には耐えられない。
だから、あなたの気持ちもよくわかります。もちろん、あなたの言葉に偽りがなければ、ですが……。
とりあえずこの場では、俺はあなたを信用しましょう。俺は、あなたの味方になります」
「ありがとうございます」
伊御から賛同の意志をもらえたことで、女性の顔がほころぶ。それは今までの微笑とは一線を画す、聖母のごとき笑みであった。
「そういえば、お互い名前も名乗ってませんでしたね。私は那波千鶴といいます」
「音無伊御です。いちおう高校生やってます」
「あら、やっぱり年上さんでしたか」
「え?」
千鶴の発言に、伊御は思わず驚きをあらわにする。
「……なんですか、その反応は」
「いや、だって千鶴さんが俺より年下って……」
「私、中学生ですよ?」
「ええ!?」
さらなる驚きを見せる伊御。だがすぐに、彼はその反応を後悔することになる。
自分の反応を見た千鶴の纏う雰囲気が豹変したのだ。
浮かべている表情自体は先程の聖母の笑みとほとんど変わらないというのに、今の彼女はまるで鬼神のごとき威圧感を放っている。
「音無さん……。少し、お話ししましょうか? 今後のために、お互いをよく知っておく必要があると思うんです」
「いや、それは悪くないと思うんですが……。もう少し落ち着いて……」
「あらあら、私は充分に落ち着いているつもりですよ?」
数分後、二人が骨董屋の外に出てくるまで、両者の間で何があったのかは定かではない。
だが、伊御は後にこう語った。
「あれほどまでに恐ろしい思いをしたのは、人生で初めてかもしれない」と。
【一日目・深夜 C-7 骨董屋前】
【音無伊御@あっちこっち】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、不明支給品1~3
【思考】
基本:友人たち(つみき、姫、真宵、榊)を守る。
1:千鶴に協力する
2:千鶴を怒らせることは極力避ける
【那波千鶴@魔法先生ネギま!】
【状態】健康
【装備】なし
【道具】支給品一式、沼藺の包丁@里見☆八犬伝、不明支給品0~2
【思考】
基本:この殺し合いを破綻させる
1:知人(ネギ、小太郎、のどか)との合流
※麻帆良祭終了後からの参戦です
※支給品紹介
【沼藺の包丁@里見☆八犬伝】
小文吾の妹・沼藺(ぬい)が、亀篠に操られて信乃を襲った時に武器として使った包丁。
前の話