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千駄ヶ谷一丁目の大樹

2020-10-09 15:09:10 | 随想

千駄ヶ谷一丁目の大樹

 

――鳩森八幡神社境内一の大樹――

 

大都会の中心に住まうあなたを訪れるのはいつも夜

街灯から届く明かりほの暗く

粗粗しく逞しい幹に向き合う

掌を押し当てると土色の乾いた樹皮は

意想外に柔らかく押し返してくる

すぐ頭上には濃密に入り組んだ枝葉

あふれ満ちている

こうしてあなたは昼となく夜となく呼吸して幾百年


一所に根を張り呼吸を続けるあなたは

火薬も羅針盤も発明するでなく

誰を虐げも滅ぼすでもなく

誰に悲しみを苦しみを与えるでなく

誰を裏切りも陥れもせず

そんなあなたなしに大地は大地でない

あなたと大地が合わさって大地だ


私たちは大地に根を張りながら

私たちの生命いのちは互いにあまりにも違うと思いなし

私たちは伝え合えない生命であると思いなし

数十年で朽ちる生命の気まぐれや思いつきの算盤づくで

いつでもあなたの大きな身体からだのいずくをもいかようにも

あなたの枝を刈り樹皮を剥ぎ幹を抉り

あなたの呼吸を停めようがどうってことなしと思いなす

呼吸を止めたあなたの大きなむくろはたちまち朽ちる

あなたをモノと思いなすヒトたちの

呼吸を止めた小さな骸がたちまち朽ちるように


昼となく夜となく呼吸を続けて幾百年

大きな身体、大きな生命

私たち、大地の子の傍らで

 

(了)

 



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