私たち家族が去年の7月から、悪夢のような現実のうずのなかに叩き込まれ、苦しみ、もがき、それでも時にはかすかな光を求めて、どうしようもない苦悩を舐めてきたことをここに書き記そうと思います。
今まで書けなかったのは、なかなか裁判が始まらなかったからです。
3月10日息子は2回目の被告人尋問を終えました。
事件は去年の7月の26日の朝から始まりました。
いきなり朝6時ごろ、刑事が5人で家に入ってきました。
「ストーカー容疑で家宅捜索する」と言われ家中押入れの中まで布団を出して息子の部屋をぜんぶ引き出しのものを出して、調べられました。
そうじをしない息子の部屋は、家宅捜索で逆にきれいにはなったのがおかしかったですが・・・
わたしたちの部屋も娘の部屋も写真をとられ、山のような本も何を読んでいるかまで?見られ、台所まで写真とられました。(何の意味があるんか?)
結局、何も持っていくものがなく、息子の携帯電話だけを証拠として持って行き、そしてそのまま息子は逮捕されてしまい、それから70日間、留置場、拘置所に勾留されました。
今の日本の司法は「やってない」と言い、否認すればけして出してはもらえません。(これを人質司法と呼ぶ日本独自の方法であることを弁護士さんから聞きました)
たぶん「それでもボクはやってない」の映画を見た人はわかると思いますが・・・
息子はおととしの10月ごろから交際している人がいて、彼女はうつ病、パニック障害を持っていました。
むすかしい病気を持つ人との交際はとても大変なのだからと私たち家族は心配していました。
家にも2回ほど泊まりにきていますが、初めてきたときも、息子より4つも年が上なのに、あまりきちんと挨拶もしない彼女を家族はなんだか変な人という印象が一番大きかったと思います。話をするにも目を合わさないので、印象がすごく普通でなかったのです。
息子から病気のことを聞いたときは、交際に反対しましたが、もう大人なので、自分で努力するしかないとも思いました。
彼女はとにかく感情の起伏がものすごく激しいひとで、息子はそれにうまく対応できず、けんかもあったようですが、12月車のなかで言い合いになり、彼女が走っている車から飛び降りようとしたので息子はあわてて止め、その時胸の辺りをぼんと殴ったということで、パニック障害の発作が起き、彼女が「警察呼んで」としか言わないので、息子は警察に電話しました。
そのことで、被害届けを出され、1月に「暴行事件」として検察に呼ばれました。
それは彼女が自分で検察に告訴取り下げたので、不起訴になり、検察官から「病気のひとを君はよく支えている。これからもがんばって」と言われたそうです。
ただ私たち家族はそのことで、交際には大反対しました。
それから1ヶ月ほどは息子も連絡をしなかったのですが、彼女から電話がかかってきて、元の彼に復縁をせまったら断られた・・・ということで泣きながら電話してきたので、また会うことになり、交際はまた始まりました。
元の彼という人は結婚するつもりで家を建てたとかで、母親の同居に彼女が話が違うという理由で結婚を断ったということは息子から聞きました。
私たち家族が反対していたのもあって、その後、家には連れてこなくなりました。
6月私が病気で入院しているとき、泊まりのデートの次の日、メールでケンカになったらしく、彼女はそのメールを持って警察に行き、ストーカーとして息子を訴えました。
(その後、彼女の証人尋問では彼女はいつも財布を忘れたと言って、食事代はみんな息子が払っていたので、ケンカになったメールで息子が別れるなら今まで、自分で食べたぶんぐらい返して、と言ったので、お金のことで警察に相談に言ったら、警察がお金は返すな、と言ったと証言しました)
この事件のひどさは、警察が警察署でパニック障害の発作を起こした彼女を一方的に被害者として、むりやり息子をストーカーにしてしまったのでは?という疑問がすごくあります。
ボタンはもう最初から掛け間違えられたという気がします。
わたしが病気で入院しているとき、息子は警察から警告文を受けました。
たぶん心配かけたくなくて黙っていたとは思うのですが、いつも何でも話をし合う家族だったんだからこの時言ってくれたらよかった・・・(ホントに、バカ)
と思ってもあとのまつりでしたが。
普通に交際している人たちが会ったその日にメールでケンカしたものを、なぜ警察はよく調べもせず、一方的に彼女の発作や言い分だけでストーカーと判断したのかも、わたしには警察の怠慢だとしか思えないのです。
相手を待ち伏せしたわけでもなく、住所も知らない、家も知らない、
まだきちんと別れたわけでもなく、そして彼女の電話の最後は「警察にお金のことで相談に行く」というもので、それがいきなりストーカーに入れ替わっていたことで息子は警察によく調べてくれと言いましたが、その時の刑事の言葉は「国家権力に逆らうのか!」ということ。
国家権力は普通に交際しているふたりをいきなり入ってきて切り裂く権力ですか?
息子がおかしい人ではあれ、一生懸命彼女の病気を気づかってもいたし、ケンカしても、自分で治そうと努力してほしいと思っていたし、彼女も治したいと言っていたし・・・
でもこうなった今、彼女は病気を治そうというより、病気をたてにして警察を利用したような気さえしますが。
いきなりぶったぎられたような交際に息子はケジメをつけたくて、警告文から1ヶ月たった頃、彼女が病気が落ち着いた頃をみはからって、最後にきちんと話をしたいというメールを3通送ったら、逮捕されました。
いとも簡単に人を逮捕するのが今の日本の現実でした。
それから「やってない」と言い続けた息子は暑い夏の70日を勾留され続けました。
続きはまた書きます。
今まで書けなかったのは、なかなか裁判が始まらなかったからです。
3月10日息子は2回目の被告人尋問を終えました。
事件は去年の7月の26日の朝から始まりました。
いきなり朝6時ごろ、刑事が5人で家に入ってきました。
「ストーカー容疑で家宅捜索する」と言われ家中押入れの中まで布団を出して息子の部屋をぜんぶ引き出しのものを出して、調べられました。
そうじをしない息子の部屋は、家宅捜索で逆にきれいにはなったのがおかしかったですが・・・
わたしたちの部屋も娘の部屋も写真をとられ、山のような本も何を読んでいるかまで?見られ、台所まで写真とられました。(何の意味があるんか?)
結局、何も持っていくものがなく、息子の携帯電話だけを証拠として持って行き、そしてそのまま息子は逮捕されてしまい、それから70日間、留置場、拘置所に勾留されました。
今の日本の司法は「やってない」と言い、否認すればけして出してはもらえません。(これを人質司法と呼ぶ日本独自の方法であることを弁護士さんから聞きました)
たぶん「それでもボクはやってない」の映画を見た人はわかると思いますが・・・
息子はおととしの10月ごろから交際している人がいて、彼女はうつ病、パニック障害を持っていました。
むすかしい病気を持つ人との交際はとても大変なのだからと私たち家族は心配していました。
家にも2回ほど泊まりにきていますが、初めてきたときも、息子より4つも年が上なのに、あまりきちんと挨拶もしない彼女を家族はなんだか変な人という印象が一番大きかったと思います。話をするにも目を合わさないので、印象がすごく普通でなかったのです。
息子から病気のことを聞いたときは、交際に反対しましたが、もう大人なので、自分で努力するしかないとも思いました。
彼女はとにかく感情の起伏がものすごく激しいひとで、息子はそれにうまく対応できず、けんかもあったようですが、12月車のなかで言い合いになり、彼女が走っている車から飛び降りようとしたので息子はあわてて止め、その時胸の辺りをぼんと殴ったということで、パニック障害の発作が起き、彼女が「警察呼んで」としか言わないので、息子は警察に電話しました。
そのことで、被害届けを出され、1月に「暴行事件」として検察に呼ばれました。
それは彼女が自分で検察に告訴取り下げたので、不起訴になり、検察官から「病気のひとを君はよく支えている。これからもがんばって」と言われたそうです。
ただ私たち家族はそのことで、交際には大反対しました。
それから1ヶ月ほどは息子も連絡をしなかったのですが、彼女から電話がかかってきて、元の彼に復縁をせまったら断られた・・・ということで泣きながら電話してきたので、また会うことになり、交際はまた始まりました。
元の彼という人は結婚するつもりで家を建てたとかで、母親の同居に彼女が話が違うという理由で結婚を断ったということは息子から聞きました。
私たち家族が反対していたのもあって、その後、家には連れてこなくなりました。
6月私が病気で入院しているとき、泊まりのデートの次の日、メールでケンカになったらしく、彼女はそのメールを持って警察に行き、ストーカーとして息子を訴えました。
(その後、彼女の証人尋問では彼女はいつも財布を忘れたと言って、食事代はみんな息子が払っていたので、ケンカになったメールで息子が別れるなら今まで、自分で食べたぶんぐらい返して、と言ったので、お金のことで警察に相談に言ったら、警察がお金は返すな、と言ったと証言しました)
この事件のひどさは、警察が警察署でパニック障害の発作を起こした彼女を一方的に被害者として、むりやり息子をストーカーにしてしまったのでは?という疑問がすごくあります。
ボタンはもう最初から掛け間違えられたという気がします。
わたしが病気で入院しているとき、息子は警察から警告文を受けました。
たぶん心配かけたくなくて黙っていたとは思うのですが、いつも何でも話をし合う家族だったんだからこの時言ってくれたらよかった・・・(ホントに、バカ)
と思ってもあとのまつりでしたが。
普通に交際している人たちが会ったその日にメールでケンカしたものを、なぜ警察はよく調べもせず、一方的に彼女の発作や言い分だけでストーカーと判断したのかも、わたしには警察の怠慢だとしか思えないのです。
相手を待ち伏せしたわけでもなく、住所も知らない、家も知らない、
まだきちんと別れたわけでもなく、そして彼女の電話の最後は「警察にお金のことで相談に行く」というもので、それがいきなりストーカーに入れ替わっていたことで息子は警察によく調べてくれと言いましたが、その時の刑事の言葉は「国家権力に逆らうのか!」ということ。
国家権力は普通に交際しているふたりをいきなり入ってきて切り裂く権力ですか?
息子がおかしい人ではあれ、一生懸命彼女の病気を気づかってもいたし、ケンカしても、自分で治そうと努力してほしいと思っていたし、彼女も治したいと言っていたし・・・
でもこうなった今、彼女は病気を治そうというより、病気をたてにして警察を利用したような気さえしますが。
いきなりぶったぎられたような交際に息子はケジメをつけたくて、警告文から1ヶ月たった頃、彼女が病気が落ち着いた頃をみはからって、最後にきちんと話をしたいというメールを3通送ったら、逮捕されました。
いとも簡単に人を逮捕するのが今の日本の現実でした。
それから「やってない」と言い続けた息子は暑い夏の70日を勾留され続けました。
続きはまた書きます。