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津和野神社(島根県津和野町)を掲載しました。
津和野神社(つわのじんじゃ)
<通称>元武さま(げんぶさま)
【鎮座地】〒699-5617 島根県鹿足郡津和野町大字田二穂1051 旧石見国 鹿足郡
【御祭神】埴山姫命 大國主命 宇迦能魂神
(配祀)龜井茲矩 龜井茲監
【例祭】4月26日 春季大祭
【旧社格等】県社
【御由緒】
津和野神社 御由緒記 (旧県社)
御祭神 埴山比賣命 宇迦能魂神命
亀井茲矩公 亀井茲監
本社は明徳元年吉見直頼公の時代祭祀を興すもの、降つて明和五年津和野城主亀井家八代貞公の御代に亀井家中興の祖で文武に秀れ、山中鹿之助、織田信長等の諸公に属し武巧を立て、就中豊臣秀吉公に属して朝鮮xxに功績顕なる茲矩公神霊を勧請相殿に祀る。
五穀豊饒武術の神として藩主領民の信仰篤く元武社と称し藩内三大社の一つに数えられた。その後、明治維新の大業に偉巧を建てられた亀井茲監公の神霊を合祀する。
社殿は県下有数の壮麗偉容を誇っていたが遇々昭和二十五年七月原因不明の出火により社殿その他多くの宝物悉く消失する、現社殿はその後再建されたものであり御祭神茲矩公朝鮮xxの記念として持帰られた大砲ほか一部の宝物は郷土館に蔵する。
明治四十年中原、山入、鳥井、虹ヶ谷、喜時雨の各鎮座社五社と合併され現集落の氏子方々を中心として奉仕管理される。
大祭日 四月二十六日
(社頭由緒掲示板より)文中「朝鮮xx」のxxは削り取られています。
*裏に平成八年四月吉日 謹書 xxxxとあります。
鷲原八幡宮から津和野川沿いに県道17号線(津和野田万川線)を数百m北上、喜時雨バス停から右折山方向にさらに数百mの山麓に鎮座しています。
階段の参道
鳥居をくぐり、だらだら道の参道を進むと広場にでます、ここから文久元年、二年などの灯篭が数基並んだ急な階段の参道が続きます。
宝物の大砲
御祭神茲矩公が秀吉の朝鮮征伐に従軍、顕著な功績を残しその記念として持帰られた大砲です。
境内入り口の狛犬
参道を登りきった境内入り口に灯篭と狛犬が各一対あります。狛犬には文久元年(1860)の文字が読み取れます。
拝殿
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階段を上りきると境内は2段に分かれて、一段上に社殿があります。
社殿全景
この地方特有の赤茶色の美しい石州瓦の社殿です。
かつては県下でも有数の偉容を誇った社殿でしたが、昭和25年不審火により消失、その後立て替えられました。
本殿
創始は明徳元年(1390)吉見直頼公の時代とされています。
社殿全景
津和野城主亀井氏の時代には、藩内三大社(鷲原八幡宮・弥栄神社・津和野神社)のひとつに数えられていました。
境内からの景観
のどかな田園地帯がひろがっています。
参道の燈篭
苔むした燈篭です。
明和五年(1768)とありますので社伝にある「明和五年津和野城主亀井家八代矩偵の御時亀井家中興の祖で文武に秀れ、山中鹿之助、信長、秀吉の諸公に属し武巧を立て、中でも秀吉公に属し朝鮮に渡り功績顕著なる茲矩公神霊を勧請し相殿に祀る。」この時のものと思われます。
桜とこいのぼり
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桜並木の向こう社前の広場にこいのぼりが泳いでいました。
津和野神社(つわのじんじゃ)
<通称>元武さま(げんぶさま)
【鎮座地】〒699-5617 島根県鹿足郡津和野町大字田二穂1051 旧石見国 鹿足郡
【御祭神】埴山姫命 大國主命 宇迦能魂神
(配祀)龜井茲矩 龜井茲監
【例祭】4月26日 春季大祭
【旧社格等】県社
【御由緒】
津和野神社 御由緒記 (旧県社)
御祭神 埴山比賣命 宇迦能魂神命
亀井茲矩公 亀井茲監
本社は明徳元年吉見直頼公の時代祭祀を興すもの、降つて明和五年津和野城主亀井家八代貞公の御代に亀井家中興の祖で文武に秀れ、山中鹿之助、織田信長等の諸公に属し武巧を立て、就中豊臣秀吉公に属して朝鮮xxに功績顕なる茲矩公神霊を勧請相殿に祀る。
五穀豊饒武術の神として藩主領民の信仰篤く元武社と称し藩内三大社の一つに数えられた。その後、明治維新の大業に偉巧を建てられた亀井茲監公の神霊を合祀する。
社殿は県下有数の壮麗偉容を誇っていたが遇々昭和二十五年七月原因不明の出火により社殿その他多くの宝物悉く消失する、現社殿はその後再建されたものであり御祭神茲矩公朝鮮xxの記念として持帰られた大砲ほか一部の宝物は郷土館に蔵する。
明治四十年中原、山入、鳥井、虹ヶ谷、喜時雨の各鎮座社五社と合併され現集落の氏子方々を中心として奉仕管理される。
大祭日 四月二十六日
(社頭由緒掲示板より)文中「朝鮮xx」のxxは削り取られています。
*裏に平成八年四月吉日 謹書 xxxxとあります。
鷲原八幡宮から津和野川沿いに県道17号線(津和野田万川線)を数百m北上、喜時雨バス停から右折山方向にさらに数百mの山麓に鎮座しています。
階段の参道
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鳥居をくぐり、だらだら道の参道を進むと広場にでます、ここから文久元年、二年などの灯篭が数基並んだ急な階段の参道が続きます。
宝物の大砲
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御祭神茲矩公が秀吉の朝鮮征伐に従軍、顕著な功績を残しその記念として持帰られた大砲です。
境内入り口の狛犬
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参道を登りきった境内入り口に灯篭と狛犬が各一対あります。狛犬には文久元年(1860)の文字が読み取れます。
拝殿
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階段を上りきると境内は2段に分かれて、一段上に社殿があります。
社殿全景
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この地方特有の赤茶色の美しい石州瓦の社殿です。
かつては県下でも有数の偉容を誇った社殿でしたが、昭和25年不審火により消失、その後立て替えられました。
本殿
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創始は明徳元年(1390)吉見直頼公の時代とされています。
社殿全景
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津和野城主亀井氏の時代には、藩内三大社(鷲原八幡宮・弥栄神社・津和野神社)のひとつに数えられていました。
境内からの景観
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参道の燈篭
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苔むした燈篭です。
明和五年(1768)とありますので社伝にある「明和五年津和野城主亀井家八代矩偵の御時亀井家中興の祖で文武に秀れ、山中鹿之助、信長、秀吉の諸公に属し武巧を立て、中でも秀吉公に属し朝鮮に渡り功績顕著なる茲矩公神霊を勧請し相殿に祀る。」この時のものと思われます。
桜とこいのぼり
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桜並木の向こう社前の広場にこいのぼりが泳いでいました。
現在では津和野神社の知名度はかなり低くその昔、亡き祖父が畑で仕事をしていたら神社から煙が出ていたという話を子供心に聞きました。
また神社の境内には馬の銅像やら建物には、国宝級?の彫刻が施されていたとか?現物を見てないからなんともいえもせんが
拙ブログにお立ち寄りいただきありがとうございます。
参拝した時、丁度地元の方と鳥居の前でお会いしてかつてのお話を色々と伺うことができました。
昨年は津和野神社400年の記念事業として、参道左斜面にオオヤマザクラ、ソメイヨシノなど100本の桜を植栽され、今年早くも開花して大変お喜びのご様子でした。今年は社殿の右側に植えられるとのことでした。
数年後にはきっと桜の名所となることと思います。その時また参拝したいと思います。