Migration:移住/移動

2011-08-23 10:51:07 | 医療用語(看護、医学)
 猛暑から一転、お天気はよくないけど、気温は下がってホッとしている。8月も終わりに入った。

 前回の第二次大戦中の日系移民の話から、今度は、現在の医療職者のmigrationに話を移す。
 
 migrationは、「移住」「移動」のことだ。前回、少し触れたが、人間のmigrationは、失業や貧困、教育やキャリアアップの機会がない、政治的不安定などの送り出し要因(push factor)がある所から、仕事の需要、高い給料、魅力的な教育や上級キャリアへの機会、安定した生活などの引き付け要因(pull factor)を持つ場所へ、生じる。一国の中では、農村部から都市部への移動となり、国際間では、途上国から先進国への移動となる。国際的にmigrationという場合は、「国際労働移動」のことを指すことがほとんどだ。

 労働移動で問題とされているのは医療職者で、特に看護師の移動は、2000年代、特に半ばから後半にかけて大きな議論になった。

 この話をとり上げた会議で最初に関わったのは、確か、2004年のカナダ関連のシンポジウムだった。カナダでの移民受け入れの状況の説明があり、専門職では医師の受け入れは厳しく、むしろ、看護師の資格の方が受け入れられやすいという話があった。カナダ人スピーカーは、「カナダでは、タクシードライバーに、医師資格のある移民が多い。(このように医師としての受け入れを制限しているのは)まさか、政権幹部が自分がタクシーに乗って心臓発作を起こしたときのために、そうしているわけではないだろうに」といって、会場からドッと笑いが出たのを覚えている。

 そのあとぐらいからだ。医療職者の国際労働移動については、ICN関連で、非常に活発に出てくるようになった。背景は、WTO(世界貿易機関)のウルグライラウンドで締結されたGATS(サービス貿易の自由化の枠組みで1995年発効)である。それまでの貿易協定は物だけだったが、サービスの自由な取り引きの枠組みができたのだ。その中に、個人が海外に出てサービスを提供することが含まれる。医療職者の国際労働移動にあたる。ただ、自由といっても、受け入れには資格や適格性、能力、そして言語の要件、審査はある。言語に関しては、英語圏の英国、オーストラリア、カナダ、アメリカも要件は厳しい。

 先のカナダのシンポジウムであった話はそのとおりで、医師資格での移民は難しく、途上国の大学の医学部には、先進国の看護師で働けるようにするプログラムが整備されていたりする。自国で医師で働くより、先進国の看護師の方がずっと給料は高く、家族に十分送金(remittance)できるのだ。

 このあたりの話にもし関心があれば、下記の本をお薦めする。
Mireille Kingma (2006):Nurses on the Move Migration and Global Health Care Economy, New York: Cornell University Press.(キングマ、ミレイユ著、井部俊子監修、山本敦子翻訳(2008):国を超えて移住する看護師たち、エルゼビア・ジャパン社)

 私は、原著が2006年出版されてすぐに読んだ。とても良い本だった。アメリカで働く途上国のナースに、たくさんインタビューをしている。読みやすい。でも英語の質は大変高い。
 邦訳は看護学名著シリーズに入っているが、もっと一般的な本として出しても、全くおかしくない。どちらかといえば、社会学的な内容なので、その筋の研究者にとって貴重なものだと思う。医療職自体の国際労働移動についてこれ以上の本はまだ、出ていない。また、一般的な読者が読めることを想定したものでもある。
 
(ちなみに、エルゼビア・ジャパン社の看護学名著シリーズには、拙訳である、ジュリア バルザー ライリー著(渡部富栄訳)(2007)『看護のコミュニケーション』がある。400頁本だが、2007年に発行以降、各大学や大学院、学会で文献として使われている。このシリーズは、これまで海外の看護学で教科書に近い状態でよく使われてきた本で邦訳されていないものが多々あり、その翻訳を出そうということで企画されたシリーズだ。日本の看護関係者にとっては、どれも良書で貴重な文献になっている)。

 キングマ氏は、ICNの看護および保健医療政策のコンサルタントとして長く活躍されてきた。現在は、フリーのコンサルタントとして国際会議でもお目にかかる。2005年最初にお会いしたとき、私は、世界のナースにはこんなステキな人がいるのだとびっくりした。知的で冷静、凛としており、ゆっくりと、明瞭な誰にでも分かる言葉を使う。アサーティブだけど、人の話はよく聴く。でも譲れないときは毅然と対決する。ICNを辞めると聞いて、世界の多くのナースはとても残念がった。5歳のとき両親とともに、スイスからアメリカに移住ている。国際移動に関心を持ったのもそうした経験があってのことだ。

 看護師の国際労働移動で問題になるのが、MRA(Mutual Recognition Agreement)である。資格の相互認証のことだ。EUなど域内では認められることになるのだが、例えば、ポーランドなど、看護の制度管理が不安定なところはレベルも低く、加盟国との格差があって問題になっている。
 
 看護師の国際労働移動の話は、途上国から先進国への移動により、途上国の厳しい保健医療が、さらに打撃を受けることや、ブローカーの暗躍などなど、大きな問題になって、2008年ウガンダのカンパラで保健人材に関するフォーラムが行われ、カンパラ宣言と世界世界行動アジェンダが採択された。受入国は外国人看護師を「倫理的に採用する」ことが宣言された。そのあと、この問題は、少し落ち着き、今は、フォローアップしている状況のようだ。

 外国人看護師を大量に採用してきたのはイギリスだった。サッチャー政権の民営化以降、自国での医療職者の養成を減らして、不足分を外国人をどんどん、受け入れてきた。でもそれは安定的な医療職者の確保ではなかった。その後、ブレア政権になってNHS改革が行われ、状況は徐々に是正されてきている。結局、結論として、保健医療職者を「輸入」することは、長期的対策として有効なものではなかったのだ。

 カンパラ以降、共通の認識は、国際労働移動が問題なのは、先進国および途上国ともに、自国の潜在労働力を有効活用できていないことが問題だということになっている。医療は国民の生産性を支える重要な要素であるのであれば、教育、採用、定着、それができる働きやすい職場の整備は、国の重要な政策であるべきだということだ。
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