診療報酬:National Fee Schedule vs. Reimbursement

2011-07-19 20:31:10 | 医療用語(看護、医学)
 日本の医療で特異的な仕組みに、「診療報酬」がある。通訳者になったころ、日本人話者が、「診療報酬では。。。」と発言を切り出すのに、困っていた。会議の参加者の外国人が日本の医療制度について、ある程度、知識がある場合や場面では問題はないのだが、そうでないときは、「日本では、医療費が公的保険制度ですべて賄われている」ことを、通訳者の私が、補足しなければならない。そうしなければ、話がつながらないからだ。だから、最小限に、そうした補足はしていた。何回か、仕事を重ねる中で、日本人話者も気づいたようで、「診療報酬は、」と突然言い出すことは、なくなり、必要なときは、「日本の医療は諸外国とは異なり、すべてが公的保険から、『診療報酬』として、病院に支払われる」と、冒頭、説明するようになった。

 通訳の場面では、通訳者は、その集団や場の規範(暗黙の内のルールのようなもの)に則した行動をとる。必要であれば、内容その他について、クライアントや話者らと打ち合わせをして、調整する。
 こうした適応は、通訳を介した会議の場面では、クライアントや話者にも生ずることを、この経験から学んだ。最初は、日本人どうしで話しているような日本語を話していた日本人参加者が、異文化の言語に訳せる(訳しやすい)日本語で発言するようになるのだ。


 診療報酬を reimbursement と訳されることが多い。ただ、これは、「払い戻し」という意味だ。一度は支払ったものを、保険で払い戻しされることである。日本の健康保険でいう「診療報酬」は、「払い戻し」ではない。単純に「保険で支払ってもらえる薬の値段」といった程度のことだと、話は通じるのだが、具体的な医療制度のことになると、reimbursement では行き詰ってくる。

 診療報酬は、national fee schedule だ。健康保険で支払われる医療処置や製品(医薬品、医療品)すべてをリストにしたものだ。そうした診療費について、各病院は毎月、レセプト(診療報酬明細書)を提出する。それを審査されて、病院は診療報酬を受け取る。病院の営利活動は認められていないので、診療報酬で、(政府の補助金は若干、あるものの)、職員の給料、設備投資、運営費のすべてを賄う。
 例えば、医療職の労働問題で、給料に関して、「原資が診療報酬だけなので、需給メカニズムが働かない」などという発言が出たとき、診療報酬をreimbursement で訳していると、話がつながっていかない。おそらく、そのあと、本来だったら発言の応酬になるはずのものが、出てこなくなってしまう。

 参考までに、患者の病院での「窓口払い」は、co-payments (for medical services)


 大東文化大学大学院経済学研究科の通訳プログラム(日本で初めての大学院の通訳プログラムで、プロ通訳者も何人も出ている)では、私は、2コマ、通訳実習のクラスを持っているのだが、その1つが、医療の通訳に特化した内容だ。4月から医療通訳者の倫理について学んだが、今、ちょうど、日本の医療システムについて学習を進めている。今回は、非常に優秀な学生ばかりで、2人は国費留学生だ。2人とも、国民健康保険証を持っている。「そうしなければならない」と言っていた。だから、国民皆保険の話は、比較的、入りやすかった。教材は、John Creighton Campbell, Naoki Ikegami (1998):The Art of Balance in Health Policy Maintaining Japan's Low-Cost, Egalitarian System, Cambridge University Press.(邦訳:池上直己、J.C.キャンベル著(1996):『日本の医療 統制とバランス感覚』中公新書)
 
 私が、日本の医療を英語でどのように説明するかを勉強した本だ。自民党政権下の内容にはなっているので、最近のもろもろの問題は、いくつか、別の資料で補足をしている。ただ、診療報酬の仕組みなど、日本人でもよく分からない話を、英語で学ぶには恰好の書だ。このブログで出ている訳語の出所でもある。
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