監視カメラ再び。
ネットワークに繋がっている他人のPCを踏み台にした犯罪の容疑の決め手のひとつとして検察が出した監視カメラの映像が、映っている人がガッツポーズをしたかどうかも分からない映像だったそうです。それでは都合のいいように「解釈」出来てしまう。「主張」のし合いになってしまう。「証拠」にならない。こういうニュースを見ても、つくづく思う。宇宙から人ひとりが把握できるくらいのカメラがあるのだから、揉め事や犯罪の加害者から人々の身を護るために、街中の監視カメラは、指一本一本の動きまでわかる高精細のものを、くまなく途切れることなく死角なく設置して欲しい。
ネットワークに繋がっている他人のPCを踏み台にした犯罪の容疑の決め手のひとつとして検察が出した監視カメラの映像が、映っている人がガッツポーズをしたかどうかも分からない映像だったそうです。それでは都合のいいように「解釈」出来てしまう。「主張」のし合いになってしまう。「証拠」にならない。こういうニュースを見ても、つくづく思う。宇宙から人ひとりが把握できるくらいのカメラがあるのだから、揉め事や犯罪の加害者から人々の身を護るために、街中の監視カメラは、指一本一本の動きまでわかる高精細のものを、くまなく途切れることなく死角なく設置して欲しい。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます