野叟解嘲(やそうかいとう)ー町医者の言い訳ー

老医師が、自ら患者となった体験から様々な症状を記録。その他、日頃、感じていることや考えていることを語ります。

閑話休題その2

2023年03月19日 | 日記

前回、硝子体手術を受けたことをお知らせし、術後に「24時間のうつ伏せ」が指導されたことも記しました。

予想はしていましたが、、前回話した通り、きわめて辛い経験でした。術後はその姿勢を保つ以外にすることがないので、何故、こんな姿勢をとり続けなければいけなのか、ネットで調べてみました。

硝子体手術について、様々な眼科医療機関のホームページなど見てみると、確かにどこでも術後には俯せを続けることが説明されていました。その理由について、多くは「手術で眼科内に特殊なガスを注入し、その浮力で傷ついた網膜を圧迫して元の位置にくっつける」というようなことを言っています。一瞬、なるほどと思いましたが、少し考えてみるとおかしなことに気づきました。「浮力」とは液体中にものが沈んでいる際、深部と浅い部分の圧力の差を浮力と呼んでいる筈です。とすれば、気体層に病巣があるよりも液層にあった方が加わる圧力は高く、よりくっつける力が強いのではないでしょうか?また、眼球の内側にかかる圧力はどの場所も同じでなければ、眼球が歪むのではないか(そんなにやわではないでしょうが)。同じ力が加わっているならば、無理な姿勢を保つ意味がないのではないかと考えます。

別の理由があるに違いないと考察してみました。硝子体が取り除かれた後、何かしらの液体で満たすと考えますが、完全には液体で満たせなかった場合、つまり一部に気体部分が残ったとします(この場合、液体も気体も何でもいいです。想像に任せます。)。すると眼球内で液体は、頭の位置や体位により動くことになります。この場合、液体部分に病巣があると、言わば「波に揺られる海草のような」状態になり、安静が保てないことが予想されます。そこで、病変部を気体部分においておくことが出来れば、干潮時の磯の海草のように動くことはありません。乾燥してしまわないかと心配するかもしれませんが、気温(体温)36度以上、湿度100%の環境はかなりジメジメしていると思われ、細胞の乾燥は避けられるのではないでしょうか。ペットボトルに水を半分ほど入れて、水に触れない上の方に何か短冊を貼り付けたと想像してください。短冊を下になるようにボトルを回し、水に漬けてボトルを揺らすと、水の動きによって、短冊も揺れることでしょう。一方、短冊を水が触れない部分に保っていれば、ボトルを揺らしても短冊は動かないはずです。「これだ!」と勝手に結論づけました。

眼球内が完全に液体で待たすことが出来たとしても多少は眼球の動き(体位や頭の動き)によって、液体に波が生じれば、やはり病変の安静は保たれません。従って、故意に気体部分を残すことで病変の安静を保てるわけでてる訳です。

多くのホームページで「浮力により傷ついた網膜をくっつける」という説明は、この手術の(ガスを注入するという)方法を「ガスタンポナーデ」と名付けた(原著論文は存じませんが、硝子体手術の歴史について述べた文章にありました)ことが間違いの元だと考えます。

門外漢が勝手に理屈をつけたのですが、皆さんはどうお考えになりますか?


閑話休題その1

2023年03月18日 | 日記

投稿が間延びしてしまいました。実は、1月末から目の異常を自覚し、切迫黄斑円孔の診断で、急ぎ手術をすることとなり、人生5度目(?)の入院となりました。

さて、前回の腰で入院したときは、先にも書いたとおり、激しい痛みのため、手術前はピクリとも動くことができませんでした。今回の目の手術では、手術後に眼球の安静を保つため、24時間(!)俯せをを指示されました。硝子体手術についての記事をネットで調べれば、どんな姿勢で寝るようになるか、図や写真入りで解説がありますので見てください。

この動けない、或いは動いてはいけない状況では、ベッドマットが如何に硬く感じられるか、文字通り骨身に浸みました。一般に、硬めのマットの方が腰にいいと信じられているようですが、寝返りが打てる人にとってという条件付きだと思います。前回の腰の手術前は、わずかな動きでも激痛が生じるため、自らの意志でじっとしていたのですが、マットが石畳のように硬く感じられて、「これは間違いなく、褥瘡ができる」と思ったものでした。実際にはできませんでしたが。

今回は、ベッドの上で使う低反発素材の特殊なマットも支給され、ベッドの上でお尻を高くして顔を完全に下向きにするように指示されました。かなり柔らかなマットでしたが、同じ姿勢で1時間もいると、胸全体に打ち身が出来たような痛みが出現しました。実際、触れてみると、胸骨から肋骨にかけての関節部分や剣状突起が痛みました。この痛みは手術後5日くらい続きました。こんな状態ですから、数十分ごとに目覚めることを繰り返し、一種、拷問のように感じました。

今回主張したいのは、病人のベッドには適度な柔らかさが必要だということです。動ける患者なら柔らかくても自ら寝返りを打つなどして、腰痛の発生は防げるものと想像します。しかし、動けない状況では、話が違うのです。

全国の病院関係者の皆様に、入院ベッドの寝心地について、もっと研究していただきたい。

複数回の入院を経験した一人の患者からの提案、切なる願いです。

 


筋緊張の持続

2023年02月19日 | 日記

背中の緊張を和らげることで膝の痛みが緩和されたと書きましたが、この時、単に背中を丸くするのではなく、顎を出して「ホーっ」とため息をつく気持ちで体の力を抜かなければ、背中の緊張は取れませんでした。

同じ頃、臥床した際に再びハムストリングスや大腿二頭筋に「こむら返り」が起こるようになりました。様々な臥床姿勢を試すうちにたどり着いたのが俯せでした。それも敷き布団から顔を外し、円座を置いた上に頭を乗せるようにし、上体には布団の上にタオルケットを折りたたんだものを重ねて、腰の位置より上半身が高くなるようにします。この姿勢で完全に体の力を抜くと、何処にも「こむら返り」は起こりませんでした。この姿勢で4時間は眠れました。

さて、手術直後から足の痺れは消失していたのですが、1か月を過ぎる頃から、初めの頃と同じ足の裏の痺れ感が出てきました。執刀してくれた先生の話では、「オリジナルの症状は、なかなか消えないでしょう」とのこと。そういうものかと気にしないでいたのですが、上記の俯せ寝をするようになると、そのシビレが取れることに気づきました。そして、起床後、歩き出すと間もなく症状は再燃してくるのです。その状態で半年ほど経って、今度は智歯を抜くことになりました。当初は、腰の手術後、すぐにでも行うつもりでいたのですが、周囲から連続して手術するのは止めるように説得されて、延期していました。というのも、抜歯予定の智歯は2本で、いずれも埋伏していたため、口腔外科の担当医からは一度に抜くなら、全身麻酔が必要と言われていたからです。体に負担がかかるというので、抜歯が延期されていました。。

待ちに待った手術を行い、手術翌朝(手術は前日午後からでした)、麻酔が漸く、完全に覚めた時、足の痺れが消失していました。この時の目覚めたときの姿勢は、ギャッジベッドでわずかに頭側が上がった状態で、やや俯せの格好でした。この姿勢(腰の角度?)に秘密があると考え、その後、臥床姿勢を工夫することとなります。続きは、またこの次にしましょう。


反射・・・的な?

2023年01月29日 | 日記

手術後しばらくして、仰臥位で寝ることが難しくなりました。

何が起きたのか、いまだに分かりませんが、まず仰向けに寝ていると、当然、拇趾に掛け布団がふれます。すると拇趾が底屈するような筋の痙攣がおきるのです。足底に「こむら返り」が起きると思ってください。わずかに触れる布団の重さに抵抗するようにギューっとtonicな痙攣です。やむを得ず、側臥位になりますが、今度はハムストリングスや大腿二頭筋に「こむら返り」が始まります。いずれの動きも、恰も腱反射のように刺激に拮抗するように筋収縮が起こります。反射の亢進でしょうか?しかし、痙性麻痺の患者さんたちに見られるclonicな動きではなく、tonicなのです。後々、思い出したのはmyotonic dystrophy患者で観察される、母指球を叩打した際に見られる筋収縮に似ています(外科医ですが、1例だけ、myotonic dystrophyの患者さんを見たことがあります)。いずれにしろ、この筋収縮を落ち着かせる方法は、クローヌスを止めるのと同様に筋のテンションを下げることです。つまり、拇趾に背屈する刺激を加えない。膝関節を軽度屈曲させることです。具体的には、仰臥した時には膝裏にクッションを置くこと、つま先には何も触れないようにすることです。しかし、長い時間、このような姿勢で寝ていることはできません。色々試すうちに見つけた方法が、うつ伏せ寝でした。それも背中に緊張が生じないように、円座に顔を乗せ、完全に真っ直ぐな俯せです。これはかなり有効でした。2,3時間は熟睡できました。この姿勢については、後日、代替療法についてお話しする際に詳しく述べますが、大腿に関して、膝関節屈曲とは矛盾するようですが、大腿屈筋群は膝の屈曲と股関節の伸展(骨盤を起こす)働きがあります(解剖学の教科書に記述されています)。膝を屈曲させなくても、股関節を伸展することで、ハムストリングスや大腿二頭筋に対する張力は軽減されるのです。

なんにせよ、様々な症状との闘いが続きます(今も続いています)。


闘病のつづき

2023年01月09日 | 日記

前回、右膝(脛骨)の痛みをお話ししましたが、これが改善した後、今度は腓骨頭に痛みが出てきました。鵞足の時と同じように大腿に触れてみると、今度は大腿二頭筋の緊張が強くなっていました。(写真矢印)

前回同様、座った時に背中を丸めて、顎を出す、老人の姿勢をとるように心掛けたところ、これも軽快しました。

一体、何が起きているのだろうと考えました。おそらく次の絵に示すように、背中(腰)を無意識に防御する姿勢をとり続けていたものと想像します。自覚的には手術直後から、一貫して全く腰や傷に痛みは感じていなかったのですが、体は侵害刺激に反応していたのでしょう。通常、赤矢印のように背中や腰の辺りに何かがぶつかった場合、反射的に体が反り返ると思います。所謂、「屁っ放り腰」」の格好です。

この時、次の図に示すように大腿後面の筋群は骨盤の回旋に伴って、下腿を引っ張ります

。ハムストリングスは坐骨結節に起始し、脛骨内側面に一部が終止します。大腿二頭筋は同じく坐骨結節に始まり、一部が腓骨頭に終わります。それほど強い力でなくとも、引っ張り続けることでそれぞれの筋の終わる骨の骨膜には負担がかかったものと想像しています。

いずれにしろ、どうにか解決しましたが、腰の病変で膝(下腿)が痛くなることもあるという1例です。

ここまで術後経過の一部を紹介してきましたが、誤解していただきたくないのは、手術に対する不満を並べているのではないということです。手術直後のところで書いたと思いますが、麻酔が覚めた直後から、ヘルニアによる激痛や、馬尾神経障害によるシビレから完全に解放され、執刀してくださった先生、麻酔を担当してくださった先生、その他のスタッフの皆さんには深く感謝しているものです。

小生が紹介しているのは、「こんな症状も出る」ということを、経験の浅い先生方に知ってもらいたいというのが一番の目的です。それを忘れないでください。

次回以降、まだまだ闘病は続いていきます。