戦国期に四国を制覇した長宗我部元親を軸に展開される歴史小説ですが、全編通じてホームドラマのような温かみが感じられる、司馬さんにしては異色な味付けの作品なのではないかなと思っています。
物語は、明智光秀の家老として歴史に名を残す斎藤利三の妹、菜々の縁談から始まります。この「菜々」が元親の正室になりますが、この人が実在の人なのか、司馬さんがよく創作する架空の人かは存じません。この菜々が明るくきらきらと描かれていてたいへん素敵です。
国境を越えて外に出る感覚や、中央から隔絶された僻地の、荒々しくも可愛げのある風土の描き方、「臆病者は知恵が沸く」(この発想は司馬さんの信玄が家康に対し「だからこそ手強い」と評させているのと同じ発想です)等々元親の合理的な考え方の数々、期待をかける長男、与三郎信親との父子の語らい。信親は英傑ですが、元親は信親に見えないものを見ています。いつもながら普通の人が思いも及ばないような場所から 新鮮に歴史を掘り起こしてくれています。
最後の「戸次川」のくだりはいつ読んでも切ないです。ここまで読み進めてきた頃には、いつの間にか、元親や菜々や信親、家臣や一領具足たちに親しみを覚えるようになっているからでしょうか。
主人公の最後の悲しいところは、詳述せずにあっさりと筆を置くのも司馬さんの特徴の一つです。
この作品はいつか大河ドラマにしてもらいたいです。元親を継いだ盛親を描く『戦雲の夢』と繋げると、うまい具合に1年に収まるのではないでしょうか。
「利家とまつ」に負けない、きっと良いドラマになると思います。