On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

6-22

2010-03-14 20:41:58 | OnTheRoad第6章
 「姫、行きましょう。姫を送り届けるのがナイトの務めですから」クサイセリフが簡単に言えた。
 あずは下を向いたまま助手席に座った。助手席のドアをしめてから、僕は運転席に回った。

 「長い旅でしたね。でも僕が王子様のところまでお連れします」と僕がエンジンをかけて、あずは鼻をすすった。「コージ君はナイトなの?」

 「王子になるにはもっとアイテムや経験値をためないと」
 「私が壁に投げ付けるとか」

 魔法でカエルにされた王子の話にたどり着くまで、すこし時間がかかった。ナイトっていうよりカエルのほうが僕らしいかな。

 「王子になれるまで待ってくれますか?」
 「OK」

 あずは目を押さえたまま、ときどきしゃくり上げた。ハンカチをダウンのポケットに入れていたのを思い出して、僕はすこし後悔した。

6-21

2010-03-13 11:08:11 | OnTheRoad第6章
 「僕はすぐにへばるよ」
 「OK」
 「あずはあきれるかも」
 「一緒に走れればいいよ」

 カッコ悪いとこを見せたくないなんて言わなくていい気がした。「僕が走れなくなったらとまってもいい?」
 「OK」
 あずは後ろに手を組んで体を回した。「私が倒れたらおぶってくれる?」
 僕は脚の屈伸を終えて立ち上がりながら「OK」と言った。「あずがもう降りるって言っても病院まで連れていく」

 「助けてくださーいって?」
 セカチュウのなかでサクちゃんが叫ぶセリフだ。助けてって誰を?アキを?自分のことなんじゃないの?
 サクちゃんにヤキモチを焼いたわけじゃない。僕はサクちゃんになれないし、なりたくない。
 「あずは僕が助ける」考えるまえにコトバが出た。「サクちゃんにだけは負けない自信がある」
 あずが急に下を向いて目を押さえた。

6-20

2010-03-13 11:06:29 | OnTheRoad第6章
 僕はホントの僕じゃないとあずに思われていて、あずに思われている僕に僕はムリしてなろうとしていたから、僕たちはいつまでも恋人どうしになれなかったのかも。

 クモはホントは毒なんか持っていないんじゃないかと考えながら、僕はコンビニの駐車場に車を入れた。
「トイレ休憩。ジュースも買おう」

 あずはコンビニでジュースを見て、僕は先にトイレに入った。「ジュース買っておいた」と僕にコンビニの袋を渡して、あずもトイレに行った。
 初心者コースは合格かな、と僕は思った。

 車に戻るまえに、僕はすこし体を伸ばした。身長はそんなに高くないけど、ずっと座っているからキュウクツな気がした。
 あずも軽くストレッチしながら、「今度一緒に走ろうか」と聞いた。「次の病院は木曜休診だから」
 あずと走って勝てる自信はない。ブランクだってありまくりだ。「僕は速くないよ」と言ったら、「大会に出るわけじゃないから、話せるくらいのスピードでいい」とあずが言った。

6-19

2010-03-13 11:05:07 | OnTheRoad第6章
 僕が黙ってしまったので、あずは1人で話しはじめた。「走りたくなくなったって言ったら、コージ君はやめてもいいって言ってくれた?」
 今の僕なら言えると思う。でも、いい先輩でいたかった僕は「がんばれ、スズキさんならできるよ」なんて言ったかもしれない。スズキさんが弱音をはくなんてアリエナイよとか。

 一番苦しい35キロメートルあたりではいつもカッコよくゴールする自分をイメージしながら走っていたと、あずは言った。さっそうとゴールする姿は僕もよく覚えている。2年生最後のレースでイメージ通りのゴールができなくて、「ドンマイ」なんて僕は言ったけど、それからいいイメージができなくなってしまった。
 レースだけじゃなくて自分の将来や現在や過去までつまらない気がして、僕とつきあったら元に戻れると思ったけど、僕は優秀なランナーのスズキさんを育てようとしていて、自分のつまらない大学生活を楽しそうに話すばかりで、あずがバリアと表現した壁みたいなものを感じたと言われた。

 頭の中のクモは隅のほうで動きをとめた。秋生まれの僕が19歳になる直前の夏、スズキさんを選手としか見ていなかったわけはない。もしそうだったら、デートのまえにあわててHな雑誌を片付けたりしなかったはずだ。

6-18

2010-03-12 06:58:12 | OnTheRoad第6章
 「ケンカしないで仲良く帰ってね」とオバサンが手を振って、「またきます」とあずが頭を下げた。今、夕方ということは、家に着くのは夜だ。

 オーナー夫婦に見送られて、僕たちは車に乗り込んだ。はじめの有料を降りてもできるだけ一般道を避けて高速を使おうと僕は思った。あずを早く帰してあげたいし、来る途中で古ぼけたホテルがいくつかあるのを見てきたから。

 「今頃、内房では花が咲いているから、内房から房総半島をぐるっと回ってみるのもオススメなんだって。疲れるまえに一宮に着いて、ここに泊まれば楽だって奥さんが言ってた」。あずが話しながらCDを取り替えた。
 力強い女性ボーカルが甘すぎないラブソングを歌っていて、あずが小さく口ずさんでいて、僕がドリカムだって気付いたのはしばらく走ったあとだった。「いつでも運転かわるから、疲れたら言ってね」とあずはまだ僕を心配しているようだ。

 来るときよりスピードが上がっているのは自分でもわかる。僕が何から逃げようとしているのかも知ってる。