On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

6-17

2010-03-12 06:57:37 | OnTheRoad第6章
 ペンションの駐車場に4WD車がとまって、サーファーのカップルがおりてきた。「寒くなってきたよ」と色の黒い男が言って、冬の日が暮れはじめていることに僕は気付いた。
 オバサンは「この子たちはここをよく知ってるから、すぐ戻るね」と、2人を部屋に案内しにいった。「シャワー借りていいっすか?」と男が言った。

 夜の運転に慣れてないわけではないけど、僕は暗くなりかけた外の景色を見て不安な顔をしたんだろう。「のんびりしすぎちゃった?」とあずが聞いた。

 「僕は明日休みにしてもらったけど、あずは早いよね」と僕が言って、「明日は夜勤だから夕方から」とあずが答えた。頭の中で原色の毒グモが動きだしたみたいで、ちょっと目まいがした。

 「帰りは私が運転する。コージ君は寝ていてもいいよ」と心配そうにあずが言った。
 「だいじょうぶ、僕が運転する」と僕は言って、小さく「クモになんか負けないから」とつけたした。

 オバサンにランチのお金を払っていたら、コック服のオーナーもあいさつに出てきて、脱サラしてから料理を習ったと話してくれた。「順番が逆よね」とオバサンが言って、四人で笑った。

6-16

2010-03-12 06:56:49 | OnTheRoad第6章
 「僕も大人になるよ。ヤキモチを焼いちゃうから、カレのことはもう話さないで」

 コーヒーを飲んだりミッキーに手を振ったりしながら、あずはコトバを探していた。「かくさないで言うことしか考えてなかった。元カレの話なんか聞きたくないよね」

 「あずが言いたいことは全部聞くつもりだったけど、僕はまだそこまで大人じゃないんだ」。認めてしまうとすごく楽だ。「でも、大人になるから」

 あずはまたしばらく黙っていた。今度はじっとしたまま、自分の指先を見ている。「私は甘えたかっただけなんだね」

 甘えていいよと言えればよかったけど、ヤキモチを焼かない自信はなかった。「あずのお兄さんも僕のアネキも、大好きな人を取られた経験があるんだよね。でも、僕は知らなかった」僕はユリナちゃんのことを思い出しながら言った。

 「そう言えば、私は女のクセにってよく言われたな」「僕はアネキの子分にされてたよ」2人で笑っていたら、黄色いシャーベットが運ばれてきた。
 「甘酸っぱいお二人にレモンシャーベット。今度は泊まりにきてね」とオバサンが言った「夏は混むけど」。オバサンはあずが笑うまで待っていてくれたんだと、なぜか思った。
 「連休とれるかな」とあずが言った。レモンシャーベットはもちろん冷たいけど、部屋と胸の中があたたかかった。

6-15

2010-03-11 07:26:00 | OnTheRoad第6章
 やっとクリームスパゲッティを食べ終えたところで、オバサンがコーヒーを運んできて、「最後にシャーベットを出すけど、すこしおしゃべりでもしていてね」と言った。朝のブラックコーヒーにこりた僕は砂糖を1杯、あずはミルクだけコーヒーに入れた。
 オバサンがお皿を下げてキッチンに行ってしまうと、コーヒーを一口飲んであずが話しはじめた。「私は7年間何をしていたんだろうね」

 何をしていたのかはあまり知らないけど、こうしてまた会えたし、前より恋人どうしみたいになれたし、結果オーライって気もする。
「きっと、あずにも僕にも時間が必要だったんだよ」

 「それにしても7年は長いでしょう」。あずはコーヒーカップのふちをナプキンで拭いた。「おかげで私は余計なレンアイをケーケンしちゃうし」

 「あずの前のカレシのこと、3つだけ聞きたい。どこが僕より好きだった?僕はカレに勝てない?あずはまだ好きなの?」

 あずは首を横に振りながら目を伏せた。「もう好きだったのかどうかわからない。とにかく大人だった」

6-14

2010-03-11 07:24:22 | OnTheRoad第6章
 あずも髪から砂を落とすのを手伝ってくれて、さっきのオバサンが「彼女にいいとこ見せようとして転んだ?」と聞いた。
 「そんなとこです」と僕は答えて、あずとダイニングに向かった。大きなお皿に3種類の料理がすこしずつ載っていて、サトウさんの和菓子みたいだと思った。
 「本格的だね。おいしそう」とあずはフォークを持ってエビを食べた。「うん、おいしい」
 僕はあずを見ながらエビとトマトを一緒に突き刺した。「うん、ホントおいしい」

 オバサンは僕たちが食べはじめると一度キッチンに戻って「好評よ」とダンナさんに言った。ダンナさんは何かを焼きはじめたようで、バターとかニンニクとか魚が焼けるニオイがした。

 ペンションのオーナーオススメランチは、1品も期待を裏切らなかった。僕たちはゆっくり時間をかけて食事をした。


6-13

2010-03-11 07:23:28 | OnTheRoad第6章
 あずはまっすぐ走って僕にぶつかった。僕はあずが力をぬいて止まると予測していたから、全身で衝撃を受けて尻もちをついてから、思い切って後ろに倒れた。ホント情けないけど。

 「ごめん。力入っちゃった?」とあずが言って「空がきれいだよ」と僕が答えた。冬の空を見上げていると、いろんなことがどうでもいい気がした。

 あずの手を借りて僕が立ち上がって、僕たちは誰もいない砂浜で何も言わずに抱き合った。あずの体温が伝わって、僕は生まれてはじめて、もっと幸せになりたいと思った。

こんなに寒くても、海の上ではサーファーたちが波を待っているのが見えた。

 砂浜ダッシュで上がった息が整うと、熱くなったのかあずはコートを脱いだ。それから、僕の後ろに回って砂をはたいてくれた。「セーシュンっていうより子供みたいだよ」
 「ごめんなさい、ママ」と僕が言って、2人で砂浜を引き返した。砂の上には2人の足跡が並んでいくんだろう。前しか見ていない僕には見えないけど。

 ペンションに戻ると食事の用意はもうできていて、僕はダウンを脱いで砂をはたいてから手を洗った。洗面所の鏡をのぞいたら、髪から落ちた砂が肩にもかかっていて、僕は洗面所に顔をつっこんで砂を払った。