On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

6-7

2010-03-09 22:23:45 | OnTheRoad第6章
 「これだからやせないんだよね」と言いながらハンバーガーを食べるあずはカワイイ。それに僕的にはちっとも太ってないと思う。
 「イヤラシイとか思われそうで言えなかったけど、僕は手とかだけじゃなくて、あずにふれてみたかったんだ」。頬のあたりが熱くなって、アイスコーヒーにすればよかったと僕は思った。

 「それって、あのくらいの年にはみんな経験するらしいって習った。そう言われるとフツーだったのに、自分だけ?って思ってたでしょ」あずがハンバーガーの紙をグシャッと丸めた。「ハンバーガー久しぶり。おいしかった」
 腹減ったと言ったのは場所を変える口実だったけど、僕もおいしいと思った。モスだからなのかあずと分けたからなのか、わからない。どうしようもなく僕も男だって、カミングアウトできたからかもしれない。

6-6

2010-03-08 22:41:29 | OnTheRoad第6章
 僕とつきあいはじめたころはフツーの女の子になりきろうとしていたスズキさんがアキになるためには、白血病とただ見守ることしかできないサクちゃんが必要で、僕はサクちゃんにはなれなかった。
 デートの定番だから夏の海にも行きたかったけど、陸上をやめてもすぐには落ちない筋肉と陸上をやめたから増えた体重のことを考えたら、水着を僕に見せるのがユーウツで、とあずが言った。「コージ君は優しいからデブとは言わないだろうけど、きっと心の中ではうわー、スゲェデブ!とか」

 「細すぎる女の子には興味なかったな。水着なら特に」と僕は言って、大学時代の僕のことを思い出した。だれにも言ったことはないけど、僕だって自分とはちがう胸とか太股とか、興味があったんだ。
 あずのセーターの胸元をチラッと見た瞬間にコーヒーとバーガーとホットチョコを持ったオバサンの店員が来て、僕はちょっとあわてた。紙に包まれたハンバーガーはおいしそうだけど、これからコース料理を食べに行くことを考えるとやや重い気がして、僕は半分にちぎった。「食べる?」と紙に包んだほうの半分を差し出したら、「うん」とあずが受け取った。

6-5

2010-03-08 22:40:56 | OnTheRoad第6章
 「でもね、コージ君は私がいくら呼んでもこっちに来てくれなかったの」。僕は呼ばれた覚えはない。あずが離れていってしまう感じがしただけだ。
 「それでね、走りたくないのに走るようにきたえた脚がみっともない気がして、折れそうに細い脚になりたくて」。あずがお茶のペットボトルに手を伸ばしたとき、だいぶ先にモスの看板が見えた。
 「あず、腹減ったからハンバーガー食べよう」と僕は言ってウインカーを出して左に寄った。運転しながら聞いていい話ではないと思った。
「うん、ホットチョコ飲みたい」あずはペットボトルをホルダーに戻した。

 平日の午前中だからモスはそんなに混んでいなくて、腹減ったと言った僕はハンバーガーとコーヒー、あずはホットチョコを注文した。それから僕たちはレジから一番離れた奥のテーブルに行って座った。
 頼んだものが来るまえに、あずはポツリポツリと話しはじめた。「自分がフツーの女の子なんだってわかってきて、でも認めたくなくて」
 「ふーん、そんなことって僕にもあった気がする」と僕はあずの目を見て言った。ロードレーサーへのこだわりとか。

6-4

2010-03-08 22:39:30 | OnTheRoad第6章
 車が見慣れた道を離れたころ、「セカチュウって覚えてる?」とあずが聞いた。僕はすこし考えて、「『瞳を閉じて』って歌が流行ってたね」と答えた。

 「私はアキになりたかったんだ」とあずが言って、しばらくしてから僕は映画の主人公の名前だったと思い出した。陸上競技をやっていたけど、白血病になって死んでしまう女子高生の名前だ。

 あずは高2まで長距離の記録が伸びていて、進学も就職も陸上で楽勝と言われていたのは僕も知っている。僕はそんなスズキさんのことを実はすこしうらやんでいた。
 2年最後の記録がそれほど伸びなかったのは、女の子にはありがちなバイオリズムみたいなもののせいだと僕は思っていたけど、僕が卒業したあともスランプは続いたらしい。陸上をやめたいと思ったのが先か、セカチュウを知ったのが先かよく覚えていない、とあずは言った。

 看護師になったあずには白血病の患者さんの苦しみもすこしわかるから申し訳なかったと思うと言っていたけど、スズキさんは白血病になって走れなくなりたかったんだ。ずっと彼女を忘れられないサクちゃんのかわりには僕がなる予定だった。

6-3

2010-03-07 19:27:34 | OnTheRoad第6章
 僕がフロントに近付くと、運転席に座っていたあずが笑顔になって降りてきた。あずはぴっちりしたパステルっぽいオレンジ色のセーターと、刺しゅうのあるジーンズをはいている。肩よりすこし長い髪は、ゴムでゆったりまとめてあった。
 「おはよう。運転お願いします」とあずに言われて、僕はダウンを脱いだ。あずがダウンを受け取って、ミッキーとあずの白いコートの隣りに置いてくれた。

 「朝ご飯食べた?まだならマックに寄るけど」と僕が聞いて、「すこし走ってからお茶にしようよ」とあずが答えた。

 僕が運転席に座ったらドリンクホルダーにスポーツドリンクとお茶が並んでいて、「好きなほうを飲んで。私は両方好き」とあずが言った。すごく久しぶりに僕はスポーツドリンクのフタをあけた。さっぱりと甘い味がそこはかとなく口に残った。