On The Road

小説『On The Road』と、作者と、読者のページです。はじめての方は、「小説の先頭へGO!」からどうぞ。

6-12

2010-03-10 07:34:56 | OnTheRoad第6章
 「海まではすぐだけど、コートを着ていったほうがいいわよ。お昼までには戻ってきてね」とオバサンが言った。「ウチのがはりきって作ってるから」

 波の音を頼りに僕たちは砂っぽい道を歩いた。オバサンが言うように、セーターだけでは寒そうだ。
 ちょっとした防砂林の向こうはすぐ砂浜だ。防砂林を抜けたら風が強くなって思わず足が止まった。でも、あずは止まらない。

「あず」と僕は呼んだ。「急ぐと転ぶよ」。ホントはあずがまた離れていってしまいそうで恐かった。

 砂に足を取られながら「セーシュンを卒業しようよ」とあずが答えた。「クサイくらいセーシュンしよう」

 僕も足を取られながらあずにかけよった。「スズキさん、走って」。悪条件ながら、あずは全力で波打ち際を走った。
 「1周は終わったよ。すこし力をぬいて」。あずの力がゆるむのがわかる。

 「折り返して。ゴールだけを見て、まっすぐ」。僕は20メートルくらい離れて両手を広げた。
 「スズキさん、走って。ゴールはもうすぐだ。キミが目指すゴールでいい」

6-11

2010-03-10 07:34:06 | OnTheRoad第6章
 「私、高校の卒業が大変で、あのころのお母さんたちのケンカはいつも私のせいで、専門学校も1年遅れて入って」とあずが話しはじめたとき、レットイットビーがかかった。
 「あずだけに教えるよ。レットイットビーって僕の勇気が出るジュモンなんだ」あずはすこし黙ってビートルズを聞いた。「わかんないけど、わかるかも」
 「遅くなったけど、これから始めればいいよ、それでいいって言われてる気がしない?」と僕は言ったけど、うんと言ってほしかったわけじゃない。あずがじっと聞いているのが答えだと思った。

 レットイットビーを3回くりかえして聞いたころ、左側にペンションの黄色い建物が見えて僕は左に寄った。時間は11時半。ちょっと早いけど予定通りだ。
 木のドアをあけたらカランカランとドアベルが鳴って、「いらっしゃいませ、タカハシさん?」とお母さんくらいの年のオバサンが言った。テーブルの上にはテーブルクロスとランチョンマットが置かれているだけで、支度の途中なのは一目リョーゼンだ。

 「早く着いちゃったから、すこし散歩してきます。ちょっと歩きたいし」と僕が言って、「トイレどこですか?」とあずが聞いた。
 大きなミッキーと向き合って待つ僕に、「女の子に言わせるなんて、デート初心者ね」とオバサンが言った。言われなければわからない初心者の僕は、オバサンのコトバをありがたく受け止めた。

6-10

2010-03-10 07:32:42 | OnTheRoad第6章
 「いや、僕は一生弟の運命なのかと思ってさ」と僕が言って、「弟や妹のいる人と付き合ったことないの?」とあずが聞いた。
 告白ターイム!と誰かが叫んだ気がした。

 「付き合ったのは高校生のスズキさんとあずだけ。気持ちがすっきりしないまま恋はできなかった」。ちょっとカッコつけすぎ。「って言うか、僕はちっともモテなかった」

 ピンポーン!正解です。

 車は海岸線に近付いてきたけど、道路から海は見えない。右へ行けば有料という表示を見て、僕は右に曲がった。あとは有料を出ても道なりにずっと下っていけば、目指すペンションは左側に見えるはずだ。「海が見えなくてごめん。ペンションに着いたらすこし歩いてみようか」と僕が言って、「見えなくても海の近くにいるんだね」とあずが言った。窓をあけなくても、海のニオイがするみたいだ。

 「僕はそばにいても遠かった?」すこし沈黙。「遠くなかったけどバリアがあった」今度は僕が沈黙。


6-9

2010-03-09 22:25:42 | OnTheRoad第6章
 「ウチの先輩たちはケンカばっかりしてる」とあずは言った。「ケンカと仲直りのくりかえし」
 僕たちはケンカもしたことがないと僕は気付いた。

 あずはしばらくお父さんとお母さんのケンカの話をしていた。遅くなるって電話もしないで食事をしてくるくせに、遅くなって食事がないとスネるお父さん。お母さんが怒っていつも言う「もう知らない」。翌日お父さんがケーキや花を買ってきて、「ワンピースがよかったのに」とかお母さんが言ってまたケンカ。

 「もう知らないって言いたいのはお兄ちゃんと私だっつーの」とあずはしめくくった。

 あずにはお兄さんがいるんだ。はじめて知った気もするし、まえに聞いたことがある気もする。
 もしもあずと結婚したとしても僕はまた弟なんだ、と思ってしまって自分で驚いた。無責任に付き合っているわけではないけど、結婚なんてヒトごとだと思っていた。
 「結婚かー」と僕がついつぶやいてしまって、今度はあずが驚いて「誰の?」と聞いた。

6-8

2010-03-09 22:24:21 | OnTheRoad第6章
残ったホットチョコを一口飲んで、「ちょっと甘すぎちゃった」とあずが言った。砂糖を入れずに僕が飲んだコーヒーはちょっと苦すぎた。
 「お茶を残してくれてありがとう。車に戻ってお魚を食べに行こう」とあずがトレイを持った。「ミッキーにも会いに行かなくちゃね」と僕はあずに続いた。

 海まではまだ半分も来ていない。地図は頭にたたき込んできたけど、ペンションの近くまで行ったらスピードを落として見過ごさないように気をつけなければいけない。

 車を発進するまえに、僕はあずにCDを渡した。あずは何も言わないでCDをセットした。レットイットビーは1曲めではない。曲が流れはじめて、僕はあずが話しだすのを待った。

 しばらく聞いてからCDのジャケットを見て、「ビートルズとか聞くんだ。名曲多いって言うよね」とあずは言って、「車で聞くのははじめてかな」と笑った。「エグザイルなんかよく聞いてた」
 「僕も最近までビートルズはあまり聞かなかった。先輩に勧められてからなんだ」
「先輩ってサトウさん?」とあずに聞かれて「ウチのオヤジとオフクロ」と僕は答えた。「恋愛とかデートの先輩」