「これはこれは杉岡さんじゃ無いですか。お亡くなりになったと聞いていたのですが、まだ現世に未練でもあるんですか?」
「田所さん、五年ぶりだと言うのに悲しいくらい飛ばしてくるね。お亡くなりになったのは、共に青春を磨り潰す様に働いていた会社の方で、糖尿を発症したくらいの僕はとても元気だよ」
人生は冒険だ、みたいな事を誰が言ったのかは知りません。別に知りたいとも思いません。私はただ穏やかに、波風のない幸せな家庭で生きてきたいと思っていました。
ですが現実というものは、意外とすんなり思ったように行かないもので、気づいた時には取り返しの付かない事になっているものだと思って生きてきました。それが真実だと。しかし、最近気がついたのですが全くそんな事はなく、それなりに生きてくれば、それなりの人生を生きていく事ができるようです。
いま現在、僕が高卒の四七歳で、無職独身、お付き合いしている女性もいなければ、当然のように男性もおらず、高血圧で服薬中、糖尿病は経過観察。全て自業自得であるという事を教えてくれたのは彼女でした。
田所さんと初めて会ったのは彼女がまだ二十歳の頃です。
実際のところはまだ専門学校に通っている学生さんだったが、就職活動で僕の勤め先に何を血迷ったのか面接に来て、翌日から働き始めていた。
高卒で現場上がりの僕とは全く別の生き物であると言って良く、パソコンを使った作業ではさすがに専門学校を出ているだけあって、即戦力として期待の星でした。
元々、女性社員がほぼいない職場でしたので、負け戦の戦場に一輪の華が咲いたと言っていいでしょう。
そしてその華は鬼百合だったのです。
そんな可憐に咲いた一輪の華であった田所さんと、五年ぶりに再会したのは職業訓練校帰りの地下鉄のきっぷ売り場でした。五年という歳月を感じさせない言葉が、僕の心に綺麗に突き刺さります。
「私はずっと言ってましたよね?甘い缶コーヒーを一日五本も六本も飲んでいて、糖尿にならないはずがないと。さらには塩分過多に脂肪過多。喫煙は一日に二十本上でしたよね?生きているのが罪悪です」
「男には戦わなくちゃいけない時があるんだよ。そこで勝とうが負けようが、結果はそんなに重要じゃないんだ。重要なのは戦ったと言う真実なんだから」
「……などと負け犬が吠えまくり。良いですか?勝負というのは勝たねばなりません。負けたところで得られるものがあるなんて言うのは、いま現在負け続けている人間か、そういう人間を煽って金儲けする連中くらいです」
「……なんか胸が痛くなってきた。田所さんの言葉に、胸がキュッキュッキューって変な脈を打ったよ。ちょっとAEDを持ってきて」
「モッタイナイ」
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